第257話 何事もやり過ぎは良くない

 防衛隊車両の後部座席は対面式。

 車内には七海にエルムにイツキがおり、神楽とサキは当然として志緒とヒヨもいる。前座席に防衛官がいるものの亘の周りは女性ばかり。気心知れた相手ばかりとはいえど、男一人という事で微妙な居心地の悪さがあることは否めなかった。

 チャラ夫でも居れば良かったのだが、仲間と一緒にスクーターで移動するとの事だった。しかし、車内の窮屈さを考えると丁度良かったかもしれない。

 軽く十人は乗れる仕様の車内は手土産を満載し窮屈になっているのだから。

 亘の職場の場合は、人事異動が決まると引継ぎを受ける――ただし、一年分の仕事を僅か半日程度で受ける――のだが、その際には手土産を持って行く事が暗黙のルールになっている。

 そういった社会人としての意識があるため手土産を用意したのだ。

 ただしそれは米俵だったが。

「やっぱり米俵ってのは、ミスチョイスかもしれない。そんな気がしてきたな」

 呟いた亘が顎に手をやり悩むと、向かいで米俵に抱きつきウットリしていたヒヨが驚いた顔をする。そして力強いエンジン音にも負けないくりに声をはりあげた。

「そんな事ないです! お米様はお握り様に繋がる素晴らしい方なんですよ!」

「……米農家にでも転職したらどうだ」

「でも農地って簡単に買えないじゃないですか。農業委員会の許可もいりますし、面積は五反ごたん以上ないとダメとかルールもありますし。しかも農機具って結構高いですから」

「こいつ本気で検討していたのか。そうかだったら、うちの田んぼを貸してやろうか。どうせ耕作してないからな、ただし年貢は六分で」

「六公四民だなんて、どこの戦国武将ですか」

 言い合う二人だが、なかなかに息が合っている。

 実家に来て亘の母親と会話して以降、特に身構えることもなく普通に会話するようになったのだ。ただしそれは、遠慮がなくなったとも言うのだろうが。

 亘はヒヨの隣りに視線を転じた。

 少年っぽい見た目の少女は車酔いでぐったりしているのだ。

「イツキ大丈夫か?」

「俺は大丈夫……前ほど酷くないんだぞ」

「そうか、無理するなよ」

 亘は慈悲の心で言った。

 イツキが苦しんでいると、どうにも心配でならない。元から車酔いしやすい体質だったが、今はさらに車内に充満する米の臭いに参ってグッタリしている。何とか助けてやりたいと思うのは、やはり大事な存在になっているからだろう。

「でも、あれなんだぞ。小父さんの膝に座ったら元気になるかも」

「それよりは、エアコンの送風口近くの方が楽になるだろう。後は遠くの景色を見て楽な姿勢をとっておくんだ」

「……そーゆー事じゃないんだよな」

「うん? 助手席の方がよかったか?」

 亘が首を捻ると、呆れ交じりのため息が幾つも響いた。特に七海とエルムは顔を見合わせ深々としている。

 めげないイツキは席を動くと、七海と亘の間にお尻を押し込みちゃっかり入り込んだ。さらに膝上の先客をつついて退かそうとするのだが、そこを占拠するサキは唸って拒否した。

 譲れない場所を守るため、サキは金色の髪を揺らし何度も伸ばされる指先に噛みつこうとしている。それは次第に両者の気晴らし的な遊びに移行していった。亘の頭上に張り付く神楽が面白そうに、それを眺め寛いでいる。

「あと、ついでに志緒も車酔いしたなら無理するなよ」

 亘は慈悲の心なしで言った。

 向かいの志緒は先程からずっと、口元を押さえたり額を押さえたりと、忙しないのだ。なお、こちらについては車内で吐かれたら嫌だなという気分しかない。

 だが……車酔いと思ったのはどうやら勘違いだった。

「その姿……くっ、ぷっ……苦しい、ごめんなさい……笑え……」

「志緒さん志緒さん。思うんですけど、こういう時は見て見ぬ振りしてあげるべきなんじゃないでしょうか」

「でもヒヨさん見てよ。アロハ……似合わな……もうダメ」

 何かがツボにはまったらしい志緒は口を押さえ笑いを堪え、肩をふるわせた。

 以前の亘であれば、ここで拗ねて不機嫌になったところだ。

 しかし今は多少なりとも進化している。こんな時はむしろ冗談めかして自分から笑わせた方がよいとさえ学んでいた。

 他人の全部が自分の思い通り、都合の良い態度をしてくれるわけではない。相手に悪意がなくとも時に失礼な時もあり、それを上手くこなすのが人付き合いというものなのだろう。

「なるほど、だったらウクレレでも抱えてアロハーとかどうだ」

「くふっ! うぐっふぅっ!」

「腰蓑つけて、チャラ夫と一緒にファイヤーダンスは?」

「ひうっ!!」

 志緒は口を押さえ痙攣しだした。

 あげく、そのまま前のめりになって足元に倒れ込んでしまった。まるで何かの発作状態だ。横で楽しげに笑っていた七海とエルムも、ぎょっとして手を差し伸べている。

「五条さんダメですよ、笑い死にって本当にあるんですから」

「そやでー。って、あれ? なんや志緒はん顔色が真っ青やん。ちょっと危なげな気配やあらへんか」

「そうですね、あのっ志緒さん。志緒さんしっかりして下さい」

「こらあかんて、あかん。深呼吸せな、深呼吸!」

「待って、これ過呼吸ですよ。志緒さん息を吐いて下さい!」

 床に倒れ込んだ志緒を介抱しようと、狭い車内は大騒ぎ。前の防衛官たちも何事かと振り向き身を乗り出そうとしているぐらいだ。

「なあ小父さん、あれなんか死にそうだぞ」

「まさかこうなるとは……ハワイダドンドコドーン」

 亘が試しに言ってみると、ついに志緒はビクンッと痙攣したかと思えば完全に動かなくなってしまう。もちろん車内は大騒動で、急停止したぐらいだ。

 かくして亘は学んだ、何事もやり過ぎは良くないと。そしてやはり人付き合いは難しいという事を。


◆◆◆


 ひと騒動あったものの、夕方までにNATS本部へと到着した。

 付近の平地には多数の仮設テントがひしめき、周囲には武装した兵士に戦闘車両が配置され哨戒している様子が確認できた。何とも物々しく、まるでテレビで見た難民キャンプのようだった。

 そして、それは実際にそうなのだ。

「分かるかしら、これが一般的なのよ」

 復活した志緒が何事もなかったように言った。

 涙や鼻水にまみれた顔も、今は周りの尽力もあって平常だ。本人なりに恥ずかしいのか、亘の暴挙を責めることすらなく無かった事にしようとしている。

 亘もスルーしておくのは、皆から非難されたからだ。めっ!と七海に叱られた事もあって、今は大人しくしている。

「なるほど、アマクニ様のような神様は希少って事か」

「他の神様系では、稲荷神の使いの御狐様から協力が得られたぐらいね。なんでも、御狐様たちに助力を願った方がいるらしいのよ。御狐様たちが感銘を受けたぐらい、とにかく素晴らしい方だそうよ」

「ほう、そんな人がいるのか」

「各地の人が生き延びているのは、その方のお陰なのよ。それで地域毎に神社やお寺を中心に避難生活をしているのが現状ね。でも、まだ怯えながら隠れて暮らしている人たちも大勢居るはずでしょうけど……」

 志緒が呟くと、ほぼ全員が物憂げな顔となった。

 もちろん亘は少しも気にしていない。サキの頬がどこまで伸びるか、試して引っ張り遊んでいると窓に張り付いた神楽が声を張り上げた。

「ねえねえマスターってばさ、あれ見てよ。お相撲さんだよ」

「本当だ……何やってんだ?」

 公園の一角では、化粧廻しを付けた力士が露払いと太刀持ちを従えつつ、土俵入りの型を行っていた。それを大勢の人が取り囲み見物をしているではないか。

 たちまちヒヨは興奮気味だ。

「今日は不知火型ですよ! 見て下さい、あのせり上がり! なんて堂々として力強い! 流石ですよね」

「誰もそんな事は聞いちゃいない。なんで土俵入りなんかをやっているかを聞きたいんだ。まさかこんな時に興行でもする気なのか?」

「夜に備え悪魔払いを行っているのですよ」

「はっ?」

 予想外の言葉に亘は戸惑う。それは七海とエルムも同様だった。

 皆が戸惑う中、ヒヨは指を立て解説しだす。

「相撲は神事で祭りです。特に四股しこには邪気を払う効果があって、転じて悪魔払いにも効果があります。ですから、毎年各地で興行が行われていたわけですね」

「あーそう……」

「ですが、これだけ大勢の人がいますから横綱級の四股でも一夜程度の効果しかありませんね。いえ、横綱級だからこそ維持できるのでしょうが」

「だが、あまり効果はなさそうだがな。ほら、これを見ろ」

 亘はサキの両脇に手を差し込み持ち上げてみせた。悪魔払いが間近で行われているというのに全く平然としており、それより急に持ち上げられた事が不満らしく、足をバタバタとさせ元の場所に戻せと訴えているだけだ。

 もちろん神楽も平気な様子で四股踏む真似をして遊んでいる。

「まあ、それは……ここまで力を持った存在には効果ありませんよ」

「とーぜんなのさ。ボクは凄いんだからさ。何か変な感じはするけどさ、大した事ないもん。でもさ、普通の悪魔なら目眩まし程度は効果あるんじゃないの?」

「あっ、そういうの分かりますか」

「ふっふーん、もちろんなのさ」

 神楽は両手を腰にやり、胸を反らし顎を上げ鼻高々と得意そうにした。

 車は一度停止し簡易ゲートで確認を受け、警備中の防衛官から敬礼を受けながら再発進。軍事色濃厚な仮設テントの間を低速で進み、やがて左折して建物の敷地に入り玄関前に横付けで停止。

 NATSの本部に到着した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る