第11話 秘宝 転生玉

 紫水しすいはルイランと弥生やよいを両脇に抱えると、大穴の開いたフロアから直接下層に舞い降りて、白雪のすぐ隣に降り立った。


「姫さま……」


 紫水しすいにはそれ以上、白雪の背中にかけてやれる言葉が見つからなかった。

 悲しみに打ちひしがれる背中を紫水しすいに向けたまま、白雪は涙に震えながら言葉をつむいだ。


響詩郎きょうしろうさまの体はまだ少し熱を残しています。心臓が止まってからまだそれほど時間が経過していないということでしょう。今ならば間に合うかもしれません」

「……姫さま?」

紫水しすい。あなたは反対するでしょうけれど、私は転生玉てんせいぎょくの力を今こそ使います。女王であるお母様や部族の長老たちにご迷惑をおかけするのも承知の上です。響詩郎きょうしろうさまご自身に恨まれるやもしれません」


 転生玉てんせいぎょく

 風弓一族の王家に代々伝わる秘宝であり、人間を妖魔に、妖魔を人間に転生させる力を持つ。


「前に電話で話したでしょう? 転生玉てんせいぎょくのことを。響詩郎きょうしろうさまが命の危機にひんしていると聞き、今夜ここに来る前に私の体内に含んでおいたのです」

「ひ、姫さま。しかしそれは……」


 紫水しすいは言いかけて絶句した。

 振り向いた白雪の顔にはとめどなく涙があふれていた。

 その顔があまりにも美しくて、あまりにも悲しくて、それは紫水しすいが言葉を失ってしまうほどだった。


「私の夫になってもらえなくてもいいのです。二度と口を聞いてもらえなくても構いません。それでも私は響詩郎きょうしろうさまに生きていてほしいのです」


 心の底からしぼり出された白雪の言葉に、紫水しすいは彼女の気持ちを真に考えていなかった自分を心底恥じた。

 白雪はこんなにも響詩郎きょうしろうのことを想っているのだと思い知らされた。

 一時の気の迷いなどと考えていた自分の考えは浅はかだったのだ。

 紫水しすいは白雪の前にひざまずき、心からの忠義を果たすことを誓った。


「姫さま。姫さまの御心のままになさってください。どのような結果になろうとも、この紫水しすいが必ずや姫さまの背中を支えて差し上げます。決して姫さまをお一人にはさせません」


 紫水しすいの言葉に白雪はうなづいた。

 そして白雪は響詩郎きょうしろうの物言わぬ口に自分の顔を近づけると、息をしていない響詩郎きょうしろうの顔に優しく微笑みかけた。


響詩郎きょうしろうさま。響詩郎きょうしろうさまの望まぬ生かもしれません。もしそうであればこの白雪をお恨みください。私のワガママですから」


 白雪の胃の中に収まっている転生玉てんせいぎょくが主の願いを聞き届けようと熱を持ち始めた。

 体の中の妖気が奔流となって駆け巡るのを感じると、白雪は響詩郎きょうしろうくちびるに自分のくちびるを重ねた。 

 そして自分の舌で響詩郎きょうしろうの唇を押し開き、あふれんばかりの妖気を響詩郎きょうしろうの体内へと流し込むのだった。

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