第14話 幻術士ヨンスの誤算

 幻術士・ヨンスは背中に残る強い痛みをこらえながら、洋上で小型のモーターボートを走らせてヒミカとの合流場所へ向かっていた。


「光の矢……」


 ヨンスは呆然とつぶやく。

 1時間ほど前、響詩郎きょうしろうという男を誘拐ゆうかいするために向かった先のバスハウスでの出来事をヨンスは思い返した。

 仲間の結界士・倫の作り出した結界を利用して響詩郎きょうしろうを捕獲したヨンスがバスハウスの外に出てみると、サバドとフリッガーが響詩郎きょうしろうの相棒である雷奈らいなと交戦中だった。

 倫の結界に身を潜めたままその場を離れると、ヨンスはまず近くに待機させておいたタクシーに倫を乗せ、その隣に意識を失っている響詩郎きょうしろうを乗せた。

 タクシーの運転手はあらかじめヒミカが呪術によって骨抜きにしておいた人物であり、何も言わずにハンドルを握ってうつろな目を前方に向けている。

 ヨンスはそのままタクシーに同乗しようかとも思ったが、倫に結界を解除させ、彼女と響詩郎きょうしろうだけを乗せて出発させると自分はバスハウスの前で戦うサバドらに合流するために戻ったのだった。


 もちろん仲間を思ってのことなどではない。

 放っておけば脅威となり得る雷奈らいなという女をここで確実に仕留めておくためだった。

 だが、念には念を入れる自分のそうした性格が今回ばかりは災いしたとヨンスも認めざるを得なかった。

 結果、幻術によってそこに参戦したヨンスは思わぬ乱入者の攻撃を受けて手痛い傷を負わされたのだ。


 ヨンスは自身が幻術で生み出した何十体にも及ぶ亡者の中に紛れ込み、敵の背後に忍び寄って攻撃するという得意の戦法をとったが、昨夜の乱入者は正確かつ同時にすべての亡者を襲うというヨンスの想定外の攻撃を仕掛けてきた。

 致命傷こそ避けたものの光の矢が背中をかすめ、ヨンスは予期せぬ痛手を負ってほうほうの体で戦線離脱するのが精一杯だったのだ。

 結果、ヨンスは2人の仲間を失うことになったが、そのことについてはさほど重要視してはいなかった。

 もともとヒミカの命令では最優先すべきは響詩郎きょうしろう誘拐ゆうかいであり、必要のなくなった仲間は切り捨てるのがヒミカのやり方だ。

 ヨンスも主のやり方に従うのみだった。


「奴らは危険だ」


 ヨンスは本能的にそれを感じ取っていた。

 黒い鬼を操る人間の巫女みこと真正面から戦うのは分が悪い。

 さらには光の矢を放つ妖魔らしき助っ人の参戦。

 こうなるとこれ以上の痛手を被る前に引くべきだとヨンスは即座に決断した。

 仲間たちが捕まることについては彼は何の感情も抱かなかった。

 サバドやフリッガーとは付き合いが浅いこともあったが、ヨンスは同業者に仲間意識を感じるような男ではなかった。


「鬼の巫女みこ、そして光の矢を操る妖魔の女。次に会うときは殺さねばならない。必ず」


 夜の海のうねる水面を見つめるヨンスの目には、暗くよどんだ殺意がみなぎるのだった。

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