第12話 ハイリスク・ハイリターン! ランクAの大仕事

 一日が過ぎていく。

 日は西に傾き、道ゆく人々の影を少しずつ伸ばし始めていた。

 雷奈らいな響詩郎きょうしろうは本日の授業を終えてすぐに学校を後にする。

 級友として同じ教室で半日過ごした二人だが、何となく喋りにくくてあまり多くは言葉を交わさなかった。

 それでも二人共に並んで下校するその歩調は変わらない。

 やがて重苦しい空気を嫌った響詩郎きょうしろうの方から雷奈らいなに声をかけた。


「何だか居心地悪いよな。そろそろ普通に喋らないか?」


 響詩郎きょうしろうがそう口火を切ると、雷奈らいなも同じ事を感じていたようで大きくため息をついた。


「はぁ……今朝のこと、香桃シャンタオさんに相談するの?」

「いや。言いたくないだろ?」

「そりゃそうよ。あんなの最低。死にたくなるわ」


そう言って眉間にシワを寄せる雷奈らいなを見て響詩郎きょうしろうは恐る恐る尋ねた。


「お、怒ってんのか?」


 あんな姿を見られてしまい、雷奈らいなが女子としてどれだけ屈辱的だったのかを想像できないほど響詩郎きょうしろうも鈍感ではない。

 恐らく穴があったら入りたいくらいなのだろう。

 だが雷奈らいな悄然しょうぜんとした表情でうなだれた。


「あんたのことは怒ってない。響詩郎きょうしろうはいつも通りに霊力分与してくれただけだもん。変なのは私よ」

「……何やら珍しく殊勝な物言いだな。ま、あれだ。俺としては出来れば普通に話してもらいたいな。パートナーなんだし、意思疎通が出来ないと困る」

「私のあんな恥ずかしい姿を見ておいて普通に私と話そうっていうの? ふ~ん。あんたってそんな女慣れした奴だっけ?」


 そう言うと雷奈らいなはギロリと響詩郎きょうしろうにらみつけた。

 刃のように鋭い視線を向けてくる彼女に響詩郎きょうしろうは思わず首をすくめる。


「や、やっぱり怒ってんだろ?」

「ええ。怒ってるわ。私の頭をあんたの頭に100万回打ち付けて互いの記憶を消去できるなら、そうしたいくらい」

「お、おいおい」

「……冗談よ。普通に話してくれると助かるわ。変に気をつかったら逆にぶっ飛ばすから」


 ようやくそこでわずかばかりの笑顔を見せた雷奈らいなに、響詩郎きょうしろうはやっと肩の荷が少しは軽くなるのを感じて明るい調子の声を出す。


「フゥ~! それでこそ雷奈らいなさんだ。で、桃先生には……」

「香桃さんには私から相談するわ。あんたは黙ってて」

「了解。それでいこう」


 そう言うと響詩郎きょうしろう雷奈らいなとパチンと手を打ち合わせるのだった。


 そこからは二人で今後の霊力分与の対応についてひとしきり話しながら地下鉄と徒歩で移動を続け、30分ほどで二人は東京の古書店街にある『桃源堂とうげんどう』を訪れていた。

 入口の扉をノックすると、引き戸がガラリと開いて中から小学生くらいの女の子が一人、姿を現した。

 東南アジア系の浅黒い肌を持つ黒髪の少女だった。


「時間通りネ。二人とも」


 少女はその黒い瞳で高校の制服姿の二人を見ると、朗らかな笑みをたたえてそう告げた。


「よう。ルイラン。配達の仕事がんばってるか?」


 響詩郎きょうしろうがそう言って笑顔を向けると、ルイランと呼ばれた少女は細い腕に力こぶを作るような真似をしながら得意げに口を開く。


「もちろんネ。ルイラン超がんばってるヨ」


 響詩郎きょうしろうの隣では、雷奈らいながルイランに笑顔を向ける。


「元気そうね。ルイラン」


 ルイランは雷奈らいなの姿を足先から頭までながめ、親指を立ててニッと白い歯を見せた。


雷奈らいなサン。制服姿もイケてるね。盗撮して動画サイトにアップしたらアクセスうなぎ上り間違い無しネ」


 そう言って悪戯いたずらな笑みを浮かべるルイランに雷奈らいなも笑顔を崩さずに言った。


「ありがと。でもそんなことしたら鼻血が止まらなくなるくらい顔面パンチしてあげるわよ」


 その迫力にルイランは思わずまぶたをひくつかせながら一歩後ずさる。


「じ、児童に空手パンチとか虐待ぎゃくたいネ」

「アタシの倍も生きてるくせに何言ってるの。ほら。さっさとお茶でもれなさい」

 

 そう言うと雷奈らいなは無遠慮に店の中へと足を踏み入れた。

 ルイランは響詩郎きょうしろうににじり寄るとささやき声で言う。


きょうサン。嫁が強くて大変ネ」

「強いのは確かだが断じて嫁じゃねえよ。カンベンしてくれ」


 決して雷奈らいなに聞こえないように低く抑えたささやき声でそう言葉を交わすと、二人は雷奈らいなの後について店の廊下を通り抜け、奥の部屋へと入っていった。

 そこはこぢんまりとした応接スペースで、店の主人であるチョウ香桃シャンタオがソファーにゆったりと腰をかけて雷奈らいな響詩郎きょうしろうを待っていた。


「こんにちは。香桃シャンタオさん」

「お世話になってます。もも先生」


 そう言って頭を下げる二人に香桃シャンタオは穏やかな笑みを浮かべた。

 彼女の切れ長の目は何も見ていないようにも何かをじっくりと見ているようにも見える不思議な色をたたえていると雷奈らいなは思った。

 雷奈らいなにとって香桃シャンタオは祖母の旧友として幼い頃から面識はあったが、ちゃんと話をするようになったのは悪路王あくろおうを背負うようになったこの一ヶ月あまりのことだった。

 一方、響詩郎きょうしろうにとっては香桃シャンタオは幼い頃から霊能力の師であり、離れて暮らす両親の代わりとも呼べる存在だった。

 現在の家であるバスハウスに住む前は香桃シャンタオのマンションでともに暮らしていたが、中学卒業と同時に自立するために響詩郎きょうしろうは家を出たのだった。


 雷奈らいな響詩郎きょうしろうが応接スペースのソファーに腰を下ろし、ルイランがお茶をれに部屋を出て行くと、彼らの対面に座る香桃シャンタオがまずは話の口火を切った。


「さて、猿の一件はご苦労だったね。つつがなく処理してくれて安心したよ。コンビを組んでからこの一ヶ月足らずの間に二人が処理した案件はこれで12件。新人としちゃ、なかなかいいペースだ。そろそろ慣れた頃合だろう。次は報酬ランクの高い仕事を頼みたい」


 香桃シャンタオの話に二人の顔がほころぶ。


「ありがとうございます。Cランクですか?」


 響詩郎きょうしろうはそう尋ねた。

 彼らがこれまで主にこなしてきた仕事はD~Eランクであり、報酬はそれほど高くない。

 二人でさばける依頼件数には限りがあるため、出来れば高ランクの仕事で効率よく稼ぎたいところだった。

 だが、香桃シャンタオの言葉は二人の予想を大きく上回るものだった。


「Aだよ」


 あっさりとそう言う香桃シャンタオ雷奈らいなは驚いて声を上げた。


「Aですって? 私たちに?」


 Aランクとは報酬100万イービル、またはそれに準ずる報酬の大仕事を意味する。

 その一件の報酬だけで、二人が今のペースで稼げるおよそ一ヶ月分もの収入になる。

 まだ駆け出しの雷奈らいならには雲の上の依頼だ。

 信じられないといった顔をする雷奈らいな香桃シャンタオは落ち着いた笑みを浮かべて話を続けた。


「警視庁からの仕事依頼だよ。受けるかい?」


 香桃シャンタオの話に雷奈らいな響詩郎きょうしろうの顔を見た。

 少し考え込むような顔をしていた響詩郎きょうしろう雷奈らいなの視線を受けて香桃シャンタオの顔を見つめると、口を開いた。


もも先生。無名の俺たちに回ってくるAランクの仕事。何か事情があるんですね?」


 響詩郎きょうしろうの疑念の眼差まなざしに香桃シャンタオは当然という顔をした。


「ああ。そうさ」


 そう言うと香桃シャンタオは背もたれから腰を浮かせ、身を乗り出した。

 彼女の美しい金色の髪がはらりとその胸の上に落ちる。


「妖魔の密入国が年々増えていてね。警察の妖魔対策課も手を焼いているらしい」


 正式に入国許可を受けることなく不正な手段を用いて上陸する妖魔らは後を断たない。

 彼らの多くは他国で命の危険にさらされて安住の地を求めてやってくる者や犯罪行為を生業なりわいとしている者たちだった。


「密航者の取り締まりに当たっている警察幹部からの情報でね。密航者の情報を得て現場に駆けつけるも空振りに終わるケースが増えているらしい。どうも警察内部の情報が外部に漏れているようなんだ」


 その話に雷奈らいなは眉を潜めた。


「内通者がいるってことですね」

「そういうことだね」


 そこまで聞くと雷奈らいなは得心した様子で香桃シャンタオに問う。


「それをあぶり出すのが私達への依頼ですか?」


 だが、香桃シャンタオの意図は雷奈らいなの考えとは異なっていた。


「いや。それはこっちで処理する。おまえ達に依頼したいのは、その内通者から情報を得て密航の手引きをしている側の黒幕を仕留めることだ」


 香桃シャンタオの言葉に響詩郎きょうしろううなづいた。


「なるほど。あまり有名な仕事屋に依頼すれば目立ちますからね。俺達みたいな無名の駆け出しのほうが動きやすい。まあ、警察内部のことなんて俺達に手出しできるわけないですし、掃除屋仕事のほうが性に合ってますよ」


 そう言う響詩郎きょうしろうに釘を刺すように香桃シャンタオは告げる。


「ただし、掃除屋仕事と言ってもAランクだ。それだけ厄介やっかいな案件ってことさ。どうする? 自信が無いなら他を当たるが」


 穏やかな口調でそう言う香桃シャンタオを前にして、雷奈らいなは決然と立ち上がった。


「いえ。やります!」


 響詩郎きょうしろうの懸念をよそに雷奈らいなは勢いよく声を上げた。

 香桃シャンタオは張り切った様子の雷奈らいなうなづき返すと次に響詩郎きょうしろうを見やる。


響詩郎きょうしろうはどうだい?」


 香桃シャンタオに視線を向けられ響詩郎きょうしろうは素早く頭の中で考えをまとめてうなづいた。

 考えもなしに依頼を受けるものではないが、返答に詰まってしまえば自信がないと思われる。

 この業界では即決即断も必要なスキルのひとつだった。


「分かりました。お受けします。ただ、2日間ほど準備期間をいただけますか? こちらとしてもありがたいお話ですが、慎重に対応したい。それに今夜は数日前に依頼してもらった港湾火災の案件がありますから」

「ああ。あれはちょうど今夜だったね」


 そう言うと香桃シャンタオはテーブルの上に今回の依頼についての資料を置いた。


「分かった。ではこちらの件は3日後から開始してくれ」

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