数字からの解放



——キーンコーン カーンコーン



5限終了の合図。



「起立」



日直の号令で皆が席を立つ。



「礼」

「「「ありがとうございました」」」



そのまま号令に従って頭を下げると、



「「「終わったーーー!!!」」」



クラスは先程と打って変わって賑やかさを取り戻した。



「しーはる!お疲れさま!」

「美久ちゃん!お疲れさま!」



詩春と美久が手を取り合うと、



「二人は本当に嬉しそうだな」



郁が苦笑いを浮かべた。



「当たり前じゃない!長かった中間考査がやっと終わったのよ?」

「これでしばらくは数字から解放される…」



詩春はここ数日間、自宅にて兄である愁のスパルタ講習を受けていた。

詩春は目を閉じて苦しい記憶をほんの少し思い出す。



———————————————



場所は詩春の部屋。



「わ、わからない…」

「ん?どの問題だ?」

「この公式の当てはめ方が…」

「だからな、これはここの数字を…」



机に向かうのは、この部屋の主である詩春と兄である愁。

これは朝の9:00から始まる講習だ。



「お兄ちゃんは…勉強しないの?」



時間が刻々と経過し、見られていることに緊張を覚えた詩春は静かに口を開いた。



「んあ?いいんだよ。俺は」



詩春のベッドに横になりながら参考書を読む愁。

天才と謳われている彼は、一度授業で扱った内容は決して忘れない。



——…それから数時間後。

12:00の昼食と15:00のおやつ休憩を済ましたかと思っていると時計は早くもちょうど18:00を示していた。



「あ!もうこんな時間!夕食作らなきゃ…」



詩春が夕食の準備に立ち上がろうとすると、



「いい。詩春は勉強してろ…」



愁が鬼の形相で詩春の肩を押さえつけた。



「ええ!何で!」

「まだここ終わってないだろ!

これは範囲から考えて先生がテストに出しやすい問題だ」

「で、でも…(そろそろ解放されたい)」



詩春が本音をぐっと抑えると、



「詩春は取り敢えずこの問題が終わるまで机から離れるなよ…」

「えっ、お兄ちゃん!」



——バタン



そう言い残して部屋を出て行った愁。

普段は詩春にとことん甘いが、勉強のことになると少しリミッターが外れるようだ。



———————————————



「やっと…終わった…」



詩春の苦い顔に同情したのか、



「まぁ、確かにそれは否めないな」



郁が頷いていると、



「みんなお疲れさま」



三上がやってきた。



「やっと終わったぜー」



もちろん恭弥も連れて。



「中学の時みたいに赤点で呼び出されないといいわね?」



考査からの解放で嬉しそうだった恭弥の顔は、美久の一言で引きつる。



「こ、今回は…まだ大丈夫だ!」

「まぁ、このあたしが直々に教えてあげたんだから赤点なんて取ったら容赦しないわよ?」



二人のやり取りを不思議そうに見ていた詩春に三上がこっそりと耳打ちをする。



『西園寺さんと恭弥は家が隣同士だからよくお互いの家に行くんだよ』

『な、成る程…!』



幼馴染ならではの会話に少し胸が踊る詩春。



「テストが終わったということは…」

「「残すは球技大会!!」」



三上の言葉に続いたのは、綺麗に声が重なった美久と恭弥だった。



「はぁ、全く…」



やれやれ、と言った顔でため息をつく郁をよそに二人は盛り上がりを見せる。



「こういう時じゃねぇと先輩とぶつかれねぇしな!」

「下剋上ってやつよ!」



嬉しそうに話す二人に、詩春は若干押され気味だ。



「三上くんと神宮寺くんはバスケの練習順調?」



詩春が三上に目を向けると、



「おう!クラスに経験者多いし優勝も狙えると思うぜ」

「……何であんたが答えんのよ」



恭弥が元気に答えた。



「ははっ、何とか上手くやってるよ。

恭弥の言ったように経験者が多いのは有利かもしれないね」

「そうなんだ…」

「水瀬さんはバレー大丈夫そう?」



その言葉にぎくっと反応を示す詩春。

ここまでやってきた秘密の特訓は幸いにもみんなにバレていないのだ。



「んー、詩春は…とにかく全力で頑張りましょう」

「お前も何で答えてんだよ。

まぁ、水瀬は無理せず気合いでな」

「詩春は無茶だけするな」

「本格的な試合じゃないんだし怪我だけはしないようにね」



美久の言葉を皮切りにみんなが詩春の慰めを始める。



「わ、わたしだってがんば…」

「HR始めるぞー。席着けー」



頑張ってる、その声は虚しくもHRを行う為に入ってきた瀬戸内の声に遮られてしまった。



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