終章 いつかまた、この小さな庭で㉓ 素直、重ねて ~枯れない百合、最後の夜~

「ちゅっ……♪」


 と、お風呂でいっぱい百合キスしたのを思い出して。


「は、恥ずかしい……! これじゃ私、変態さんじゃないのよぉ……」


 深夜の百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」にて、部屋で一人、机に向かいながら。

 パジャマ姿の由理ゆーりは、真っ赤になって顔から蒸気をぼしゅーと噴き出すのだった。


「こ、これは……手紙に書けないわね」


 由理は今、秋に和解キスした継母の冬華ふゆかに、1年以上も音信不通にしてしまった父、あとついでに弟へ、手紙を書いているところ。

 今の生活の報告とか、ちょっと気取って、紙の手紙を書いてみたのだけど……書けないことが多すぎる!


 と、廊下から、電話で話しているらしいリズさんの声が。


「……ええ、では明日の夜に。あら、そちらだとお昼かしら。はい、ロンドンで」


『OK、待ってるわ。ふふ、楽しみね、リズちゃんとイギリスでキス♪ お母様も待ってるわよ』


 電話の相手は、お店のOGでもある、店主マスターの友人、裏沢遥香はるか女史だろうか。

 ……明日、いよいよ日本を発つリズさん。

 彼女は英国で、遥香と落ち合う予定らしい。


 電話での会話をぼんやり聞きながら、由理は思う。


(そっか……当たり前だけど、リズさんは向こうでも、百合キスするんだよね)


 百合キスするのが当たり前になってることには、もはや疑問を抱かない由理だった。

 ともあれ由理、胸がチクチク疼くのに戸惑う。唇が、熱を帯びる。


「……やば。私、リズさんと……」


 特別なキスがしたい。

 世界中のどの女の子よりも、深く熱く、繋がりたい。互いの特別でありたい。

 そんな、乙女心が……。


「ふふ、由理。いっしょに寝ましょ♪」


「きゃぁぁぁぁ裸ーっ!?」


 電話が終わったらしいリズさん、全裸にバスタオルの姿で由理の部屋へ!

 それ自体は、いつものことだが……。


季紗きさ美緒奈みおなも、疲れたのかしら。すぐに寝ちゃうのですもの。私、もっとキスしたいわ」


 金髪に青い瞳の女神が、白い胸も露わに、もじもじ羞じらいながらキスをねだってくる。

 ただでさえ、リズのことを考えて、リズに欲情してた由理。


「ちゅっ……♪」


 さっそく裸のまま抱き付いて、キスしてくるリズさんへ。


「……ばか。明日は早いのに」


 もしかしたら私、今、一生でいちばん赤くなってるかも……そんな風に思いながら。


「で、でも、リズさんがしたいなら、すればいいじゃない。けど、一つだけ……条件ね」


 照れる顔を見られるのが恥ずかしくて、リズの胸へ顔を埋めた。


「条件?」


「そう……今夜だけは、素直になるから」


 今夜だけは、どこまでも素直に。望みのまま、欲望のままに。

 大好きな人と、溶け合うくらいに百合キスしたいと思った。


「だ、だから……」


 こんなの、美緒奈の好きなエロゲみたいだけど。

 私たちはきっと、エロゲのヒロインたちより、ラブラブだから。


「リズさん……私と、最後まで……」


 ※ ※ ※


 明かりを消して、カーテンの隙間からほのかに差し込む月明かりに包まれて。

 白いシーツの上で、2人の乙女は唇と……産まれたままの肌を重ねた。


「ちゅ……ちゅ。ん……む。ちゅぱぁ……」


 唾液の粒子がきらきら、ベッドの上に零れるのも構わずに、唇を吸い合う。


「ちゅ……ちゅ♪ んんぅ、くふ……♪ ちゅ、ちゅー……♪」


「ちゅくぅ、むぷ♪ ちゅぅっ、ちゅー♪ ちゅ……ううん♪」


 シーツを乱しながら、カラダ中でキスするみたいに。


「ちゅ……♪ や、やっぱり……恥ずかしいね」


 今さらながらに、かーっと赤くなるけれど。


「ちゅっ♪ ふふ、そうね。少し、恥ずかしいけど……」


 リズさんも茜の頬で、楽しそうに。


「私、嬉しいわ。由理がこんなに立派な、百合乙女になってくれて♪」


 ちゅっ、ちゅぷ、と接吻しながら、微笑んだ。


「ば、ばかぁ……仕方ないじゃない、毎日こんな、百合キスしてたらぁ……。ちゅっ♪」


 それはでも、相手がリズさんだったからだよ、なんて。

 今さら言わなくたって、唇が、伝えてくれる。


「ちゅ……♪」


 痛いくらいに抱き締め合って。舌を味わい合う。

 大好きの気持ちが溢れて、もう止まらない。


「ちゅ♪ ふふ、綺麗よ、由理……♪」


「んっ♪ む、ぷちゅん♪ リ、リズさんこそ……。お姉さまぁ♪」


 もう、頭の中は真っ白。

 世界には、2人の唇しか無くて。響き合うキスの音の他に、音楽は無くて。


(……不思議だね。どうして神様は、女の子同士で愛し合えるように……人を創ったのかな)


 生命いのちは響き合い、音楽を奏でる。

 もしかしたら神様も、色んな音を聞きたいのかも。


 だから、男と女とか、ありふれた音ばかりじゃなくて……女の子同士でも、愛の音を奏でられるように……そういう風に、人間を創ったのかも。


 だからきっと。

 百合は、悪いコトじゃない。


「ちゅ……♪」


「ちゅぅぅ♪ ちゅぅー♪」


 繋がる心、重なる想い。断てない絆……百合キスは、神聖に。


「ちゅ……んくぅ♪ ふぁ……ちゅ。んむ……ちゅぅぅ……♪」


「ちゅく、ちゅぷぅ♪ ふ……んん。むぷぅ……♪」


 ああ、この口づけが、永遠に続けばいいのに。

 2人、唇も、心も……魂も、一つに溶け合って。大好きの、音を奏でて。


 けれど。

 朝は近付く。近付いてしまう。


「……ちゅ」


「ぷはぁっ……」


 何度もの逡巡しゅんじゅんの果てに……唇は、離れる。

 上気した顔で見つめ合う2人、泣きそうな由理。


 糸が、唾液の銀糸が切れたら……2人は、それぞれの未来へ。


「だいじょうぶよ、由理。だって、銀糸は……」


 由理の唾液を美味しそうに、愛しげに舐め取りながら、リズは。


「銀糸は、たとえ切れても……何度だって、結び直せるわ。……ほら」


 ちゅぅ、ともう一度強く、唇重ねて。

 淡く輝く、銀の唾液を糸引いた。


 ※ ※ ※


 ちゅん、ちゅん、と。

 キスの音でなく、小鳥のさえずりが聞こえる朝。


 ベッドを乱しに乱した由理とリズが、裸のまま……固く手を繋ぎ合って、寝息を立てるのを見て。


「むー……幸せそうな顔、しちゃって」


 昨夜ゆうべは一睡も出来なかった季紗と美緒奈が、唇を尖らせていた。


「今回だけだかんね、こんなの。……ライバルを、応援するみたいのはさ」


 美緒奈が、腕を組んだ。

 そう、この一夜は、季紗と美緒奈からの贈り物。

 寝たふりして……由理とリズを、2人きりにしてあげたのだ。


「正直、妬けちゃうけど。包丁探しそうになっちゃうけど……」


「だめだよ季紗ねえ!? 目が怖いよ!?」


 季紗は、由理の寝顔を覗き込み、刃を振り下ろ……じゃなくて、微笑んだ。


「ふふ。こんな風に……強く、愛し合いたいよね」


 幸せな夜を過ごした由理とリズを、祝福。複雑な、恋する乙女。

 同じく恋する乙女な美緒奈、季紗へ向かって悪戯っぽく笑いながら、


「……えへへ。あたし、負けないかんね。季紗姉にも、リズ姉にも」


「ふふ、私だって。由理と、もっとエッチな百合キスするよ♪」


 裸で寝てる由理とリズの上で……ライバル宣言しながら、指を繋いで……百合キスするのだった。


「……ちゅっ♪」


 これが、4人の百合メイド。愛憎も、もつれ合う気持ちも……ぜんぶ、ぜんぶ、口づけで伝えあう。

 そんな、百合キス大好き乙女たち。

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