「初めて」捧げられました③

 百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」は、甘いキスでお客様をもてなす百合専用喫茶。

 今日も、お姉さまとの甘々な「初めて」に憧れる、夢見る乙女がやってきて……。


「え、これ私がキスする流れなの?」


 百合メイド西城さいじょう由理ゆーり、初めての、ファーストキスを奪う担当。

 ケダモノな季紗きさ達には任せられないので仕方ない。


「……あ、あのっ」


 おしとやかなお嬢様といった印象の、中学生のお客様……前園まえぞの円美まるみ

 百合キス初体験をしたくてやってきた黒髪の女の子。

 もじもじしながら、由理に熱い視線を向ける。


「お、お名前、聞かせてくださいませんか。私の、『初めて』を捧げる方ですし……♪」

「なんか言い方が卑猥だね!?」


 季紗に近い素質を感じる。

 とにかく彼女……円美は、ファーストキスの相手として、由理ならOKらしい。


 そして……接吻の儀式。

 これは、「リトル・ガーデン」でも一番良い席で行うのが通例である。

 数十年前から、いや、このお店の前身である江戸時代の茶屋の頃から……星の数の百合乙女達が、ここで、この場所で、清く美しき百合の道へと踏み出してきたのだ。


 歴史とキマシが織り重ねられてきた……そんな席で。

 今日も、乙女が一人、新たな世界の扉を開ける……。


(うう、責任重大かも……?)


 キスする側の由理が、なんだか緊張してきた。

 やはり少し怖いのか、ぎゅっと目を閉じ震える中学生……円美の頬に両手で触れて。

 椅子に座った円美の唇へ、唇を少しずつ近付けながら。


 一生に一度の、乙女の唇を奪う大役……。

 由理のキス次第だ。キスの甘さ具合で、目の前の中学生の女の子が、この先、幸せな百合ライフを送れるか否か変わる……。


(ま、待って。それより、ここでキスしちゃったら私さ……完璧にレズじゃない?)


 由理気付いた。

 まあね!と言う他無い。

 なんせ、百合乙女達が見てる。

 わくわくした表情の季紗に、なぜか面白くなさそうな美緒奈みおな……百合メイドたち。

 そして新たな仲間の誕生に祝福の拍手を贈ろうとスタンバイOKなお客様達。


(こ、こんな、皆が見てる前で、年下の子の唇奪うとか!? ノンケのすることじゃないよ!?)


 もう誰も信じないけど、由理は自称ノンケである。

 友達でもない女の子にキスするのは、恥ずかしいのだ。


 でも。


「ゆ、由理お姉さまっ。私……覚悟はできてますっ」


 可憐な睫毛まつげを震わせて、勇気を振り絞るように唇を突き出す円美。

 その一生懸命なキス顔に……。


(ああ、もうっ! ここでキスしなくちゃ、女がすたるっ!)


「お嬢様、いきますよ……?」


 由理も覚悟を決めて。

 精いっぱい、純真な女の子に素敵な想い出をプレゼントできるように。


「……ちゅっ。んっ、ふ……」


 唇を、吸った。


「ん、ふぁ……♪ こ、これが……」


 初めて味わう百合キスの味に、陶酔しきって円美は、由理の胸にカラダを預けて。

 吐息を、舌を、由理の為すがままに捧げる。

 臆病な雛鳥のような、たどたどしい舌遣い、唾液の交換に……由理も、愛しさが胸にむくむく湧いて。


(委ねちゃって……可愛い。もっと、気持ち良くしてあげたい……)


 飴細工に触れるように、慎重に。

 壊してしまわぬよう、傷付けぬよう……優しく背中を、腰を愛撫して、緩やかに官能へ導く。


「んぷ、ふぅぅ……。ぬぷ、ふぁぅ……。お嬢様、甘い、ですか……?」

「ん、ふぅ……。はい、お姉、さまっ♪ ちょっと、苦しいけど、んっ」


 初めて唾液を人に吸われながら、円美は羞じらった。


「百合キス……大好きになりそうです……♪ ちゅっ……♪」

「ふふ、よかった。……ちゅぅ♪」


 百合乙女達の暖かい拍手に包まれて、由理はいつまでも、年下の女の子を抱き締め、ちゅっちゅするのであった。


 聖母の微笑で見守る季紗、ハンカチで感動の涙を拭く。


「うんうん、綺麗な光景だね。由理も立派な百合乙女に成長して、お姉さん嬉しいよ♪」


 一方美緒奈はツン増量の怒り顔で腕組み。


「なぁんか感情込め過ぎ! 初めての奴にさ、ベロチューしなくてもいいじゃんよ」


 そういうのは……あたしにしてよ……という心の声を、しょんぼりツインテールが語ってる。


 さて、たっぷり年下の子へ百合キスした由理の感想。


「こ、これはお仕事! お客様をもてなしてるのであって、私がノンケであることに変わりはないんだからねー!?」


 説得力ゼロですね♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る