百合フェス編 終 百合フェスあふたー
「な、無い!? バッグに入れたはずの、あれがぁぁぁ!?」
夜、高層マンションの自室。
漫画やアニメDVDに囲まれた部屋で、バッグを漁りながら、
「え、えとえとえと、ど、どうしたんだっけ。百合フェス会場出た時には持ってたはずなのに……」
買い込んだ百合同人誌もようやく読み終えた美緒奈、そこで彼女が、失くしたことに気付いたのは。
「念のため持ってたアレが……」
失くしたあれ、とは。
「……婚姻届がっっ!!」
婚姻届なのである。
恋人同士のコスプレなんかしてみちゃってドキドキ胸のきゅんきゅんが止まらなくなった
美緒奈、記憶を掘り起こす。
(えっと、帰り道にこっそり同人誌読んで……気に入ったシーン、『わたしのことだけ考えてよ』のとこでビビッと来て……)
キスをねだるシーンの台詞、あたしも由理にやってやろーとか思って、そのページに、しおり代わりに。クリアファイルに入った婚姻届を挟んで……。
「……挟んだ本を、由理にあげちゃったんだ」
お湯を強火で沸かすように。
みるみる内に、真っ赤に染まる美緒奈の顔。
痛恨のミスだ。
「あ、あれを由理が見たら……!?」
妄想開始。
美緒奈様の名前がすでに書いてあって、準備OKな婚姻届を見た由理はきっと……。
『えっ……? ど、どうしよう、プリティエンジェル過ぎる美緒奈様が、私に……求婚!? もう……本に隠して渡すなんて、シャイなんだからぁ。返事はもちろん……OKだよ♪ 素敵な家庭を作ろうね♪』
なんて、勘違いしてしまうかも!
でも美緒奈様は可愛すぎるので仕方ない。きっと、由理は今頃嬉し泣きしてるはずだ。
いや、もしくは。
素直じゃない由理だから、ツンデレ風味に赤くなって、美緒奈へ、
『ふ、ふんっ。やっぱり私とえっちしたいって、本気だったんじゃない。で、でも、婚姻届突き返したりしたら、美緒奈が可哀想だから……』
美緒奈の名前に並んで、
『……私の名前も、書いてあげたわよ。し、幸せに……してよね?』
「うぁぁぁぁぁぁぁ!! きっとこうなるよぉぉぉぉぉぉぉ!?」
お部屋の中をごろんごろん転げ回る美緒奈!
下の階から苦情が来ないか心配な勢いだ。
「や、やっぱり一緒にうちに住むよね結婚したら!? ど、どうしよう由理の部屋ねーし、この部屋片付けなきゃ。あ、あいつベッドはどんな柄のシーツが好みかな!?」
そのまま、夜遅くまで。
妄想乙女美緒奈ちゃんは、バイト代で結婚指輪買えるかな、とか。結婚式場はどこにしよう? あ、季紗姉とリズ姉と宮野ちゃん早乙女ちゃんとかバイト仲間は式に呼ばなきゃだよね、とか。子供は何人つくろう、とか。
赤面した顔で、真剣に思い悩むのだった。
※ ※ ※
そして翌日、お店で。
「はい、美緒奈。これ、返しとくわ。変なもん、本に挟まないでよね」
普通に、婚姻届を返された。
由理の分の、名前の欄は……記入無し、空欄のまま。
「……超ふつー」
美緒奈、ぷくーと頬を膨らませる。
自分だけ昨夜ドキドキしてて、損した気分。
「超ふつー! な、なにそのつまんねーリアクション。あたしが、ほ、本気だったらどうするのさぁっ!?」
「本気にするわけないでしょ、こんなの!? ちょ、またあんたは変な悪戯を……!?」
開店前のお店で、2人で赤くなって。
美緒奈は腕組みして、
「傷付いた! 乙女心が傷付いた! 責任取れよなばーか!?」
「な、なによもうっ。また、キスしろってわけ?」
もじもじ羞じらう由理、仕方なく……接吻。
開店前、まだ静かなお店のバックヤードに、ちゅぱちゅぱ響く水音。
「はぁ……んむぅ、ちゅぱ……。んんっ……」
唇と唇の間で幾条も糸を引く、銀の蜜。
吐息が鼻先に掛かる近さで、見つめ合いながら由理、
「はい、これで満足でしょ……さ、お仕事するわよ。婚姻届なんかで遊んでないで」
でも。
そのメイド服の裾をぎゅっと握って、火照ったカラダですがりついて、美緒奈は。
潤んだ瞳で、
「……ちょっとは、本気にしてよ」
真剣な顔で、愛を囁いてしまうのだった。
この後、顔を真っ赤にした由理と、開店までぎゃーぎゃー罵り合ったのは言うまでもない。
〈百合フェス編 終了〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます