リズ来日編⑨ 百合色の追憶 前編

 年号が平成になったばかりの20年ほど前。

 マリア様に見守られた、野イチゴ咲く丘の学び舎。

 真のプリンセスを目指す少女が集う学校の、校舎へ続く坂道は当時も今と変わらず、上品な乙女達の笑顔に彩られていた。


「ごきげんよう」

「ふふ、ごきげんよう」


 公立学校の小学生にあたる初等部から、中等部、高等部と上がっていくお嬢様学校。

 森の坂を上るお姉さま方の気品ある物腰に、無邪気な憧憬を向けるのは。


「おねえさま方、すてきです……。香織子かおるこも、あんなふうになりたいです」


 ランドセルを背負い、黒髪の頭にリボン付きの帽子をちょこんと乗せた女の子……後條ごじょう香織子、この学園の初等部2年生。

 やがて卒業後、高等部女子寮の寮母になる人。

 たおやか淑女な中等部、高等部のお姉さま達に夢を抱く、無垢イノセントだった幼女。

 その頃彼女が、とくに羨望の眼差しを贈っていたのは……。


「ふふ、ごきげんよう皆様♪」


 少女達に手を振る、金髪の……女神。

 ゆるふわウエーブが掛かった輝く髪に、鮮烈な青い瞳、白く高く整った線を描く鼻梁。

 イギリスから来た、高等部所属の留学生。

 大輪のバラが綻ぶさまに、登校中の乙女達が黄色い歓声を上げた。


「ああ……ノラお姉様ったら、今日もお美しいですわ。きゃー♪」

「ど、どうしましょう! 私、目が合ってしまいました!? はぅっ♪」


 ノラ=ノースフィールド、高等部3年生。リズの母親の、学生時代だ。

 その麗しく巨乳な美貌に、小学生の香織子、純粋ピュアな心で憧れていたのだった。


「きれい……ほんもののお姫さまみたいです」


 そしてもう一人、ノラと腕を組みながら歩いてくるのが。

 セミロングの髪に、少しきつめのツリ目をした、同じく高等部の少女。

 ノラの横乳が腕にむぎゅっと当たり、顔を赤くする。


「ね、ねえ、ノラ? おっぱい、当たってるんだけど……」

「ふふ、わざと当ててます♪ だって薫子ったら、つれないのだもの」


 結城ゆうき薫子かおるこ

 高等部3年、ノラ=ノースフィールドの親友で、いちばんの仲良しさん。

 お姫様然としたノラと並んでいると、女の子だけど王子様みたいで。

 幼い後條香織子にとって、名前の読みが同じなのが、ちょっぴり自慢な……そんな憧れのお姉さま。


「ふふ、おはよーございます! ノラお姉さま、薫子お姉さま♪」


 初等部の女の子らしい元気さで、一回り年上のお姉さまに話し掛ける。


「あら、ごきげんよう。小さな方のカオルコちゃん♪」

「ごきげんよう、香織子ちゃん。……やっぱり、まだ慣れないなぁ、自分と同じ名前とか」


 ノラと薫子も挨拶を返す。

 学園のヴィーナスである彼女達へ、中等部や高等部の女の子が親しげにすれば嫉妬を買うが、香織子は初等部の幼女なのでセーフ。

 名前が同じということで覚えてもらえたのが、当時は嬉しくて仕方なかった。


「お姉さまたちは、今日も仲良しさんなのですね。香織子、憧れます!」


 無邪気な小学生の視線に、なぜか高等部の薫子、


「し、視線が! 綺麗な視線が痛い!? 私を見ないでぇっ!?」


 日光を浴びた吸血鬼のように怯える。

 一方ノラは、にこっと微笑み、薫子へ横から抱き付いて、胸を押し当てて。


「ふふ、そうよ、お姉さんたち仲良しなの。アルバイトだって、一緒なのよ♪」


 ぎゅむ。ぷにぃ。

 腕に押し潰されるマシュマロが、いい匂い。

 なぜかドキドキを感じながら、初等部の香織子が聞き返す。


「アルバイト……おしごとですか。お2人は、ずっとご一緒なのですね♪」


 きらきらきら……。

 邪心の無い瞳に、なぜかまたまた、高等部の薫子ガクブル。


「い、言えない……こんな綺麗な瞳の小学生に! 私達が、どんなバイトしてるかなんて……!?」


 でもノラは嬉しそうに、新妻みたいな羞じらい笑顔で。


「ふふっ、薫子ったら照れなくても良いのに。『リトル・ガーデン』の百合メイド同士、仲良しなところを香織子ちゃんにも見せてあげましょ?」


 頬っぺたすりすり。そして横からちゅっちゅ♪

 高等部の結城薫子、未来に「リトル・ガーデン」で働く、ノンケを自称する17歳の百合メイドみたいな反応で。


「あ、あのねノラ! 私ノーマルなんですけど!? あと小学生の前はまずいから!?」

「ちゅぅ、ちゅっ♪ 何を恥ずかしがってるの? 私達、運命の銀の糸で結ばれた仲じゃない♪」


 お互いの胸を愛撫したり、腰をさわさわしながら。

 通学途中の緑の坂で、唇を重ねるお姉さま達。まだソフト!

 初等部2年の幼い香織子、2人の行為に、仲良しさんで済ますのは何かイケないものを感じつつ。

 頬を染めて、オトナの世界に胸を高鳴らせた。


「なるほど……オトナのお姉さま方は、女の人同士でキスするものなのですね。勉強になります!」


 ……小学生は、とってもピュアなのだった。

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