転々
第22話 Go back to the tender dream
目覚めたさつきのお見舞いに行った日の夜。弥生はベッドの上でまたしても手を合わせていた。二日連続で同じ行動をしている。事情を知らない人が見たら、女子高生の間では新しいダイエット法か、はたまたおかしな新興宗教でも流行っているのではないかと心配するかもしれない。などと考えているのも含め、だいぶ滑稽な絵面だった。自分でもそう思うのだから間違いない。
「どうか、あの夢の世界に行けますように」
ぱんぱん。やはり女子高生にしては見事な柏手である。
「……芒雁君は私に来て欲しくないみたいだけど」
私を危険な目に遭わせたくないから、と考えるのはおこがましいかもしれない。単に足手まといだからかもしれないのだから。
「でも、それが私の願いだから」
そういうと弥生はもう一度大きく手を鳴らした。
柔らかな風が頬を撫でる感触で、弥生は目を覚ました。いや、眠りについたことを意識した。ゆっくりと起き上がる。場所はまったく違うのに、二日連続で訪れた、『あの世界』だと弥生はすぐ直感することができた。
「本当に三桜もまた来るとはなぁ」
近くで声がしたので、慌ててそちらへ振り向く。すぐそばで芒雁が立っていた。
「これが三桜弥生さんの言う、気合いってやつがなせる業ですかい?」
芒雁がニヤニヤと笑いながら茶化すように言う。反論しようと思ったけれど、無事にこの世界に来ることができた安心感の方が勝ってしまっていた。
「……そうよ。大抵のことは気合さえあれば、どうにかなっちゃうんだから」
「お、おう。そうか」
想定外のリアクションだったので、逆に芒雁の方がたじろいでしまった。おそらくいつも通りふくれっ面で突っかかってくると思ったのだろう。変に喧嘩腰になるより、こっちの方がよっぽど効果的だったのかな、と弥生は思った。
弥生は立ち上がり、芒雁と肩を並べるように立つと、辺りを見回した。足元にはひざ下くらいの長さの新緑の草が生えている。その草は辺り一面、見渡す限りずっと向こうまで生えていた。空は薄い青空で、優しい風が絶えず流れている。ただそれだけの、とても穏やかな世界。
「昨日みたいに変にファンシーでもないし、一昨日のように殺伐としてもいないし。いい所ね。とっても気持ちいい……」
弥生は風になびく髪を手で押さえながら、目をつむった。とても安らかな気分になれた。まるでこの世界に歓迎され、もてなされているかのような。純粋にこの雰囲気を楽しむことができた。
「……ああ、そうだな」
芒雁の声はこわばっていた。弥生は不思議に思い芒雁の方を見る。芒雁は平静を装ってはいたが、どこか緊張した様子だ。
「どうしたの。何かあった?」
「いや、何も」
芒雁が軽く首を振る。
「……とりあえず行こうか」
そしてそのまま歩き出してしまった。
「あ、ちょっと待ってよ。芒雁君!」
弥生もすぐに芒雁の後を追いかける。
「芒雁君、また何か隠してるでしょ。ねえ。それって今朝のやつと同じこと?」
「隠してねえって。お前の詮索しすぎ」
芒雁はかなりの早足で歩いていた。いや、この速度が彼にとっての普通なのだろうか。いや、そうではない。今朝の屋上の時のように不機嫌なだけだ。そう、弥生は確信していた。
芒雁の歩速は弥生にとっては十分早足で、小走りをしなければどんどん遅れてしまうほどだった。置いて行かれまいと弥生は走りながら、芒雁に話しかける。
「私、大体芒雁君の行動パターン分かってきたな」
「どういう意味だよ?」
「芒雁君って他人に迷惑かけそうな事があったら、すぐ隠そうとするでしょ。それで後になって自分が傷つく方が、全然平気だって風でさ」
「何が言いたい?」
「それって私と同じだなって。つまり芒雁君って誰かに助けを求めるのが苦手なタイプでしょ。違う?」
それはさつきと話したことで気づくことができた、弥生の知らなかった弥生の一面だった。弥生の指摘に芒雁はついカッとなってしまう。
「……うるせえな!」
芒雁が何かを振り払うように手を振る。
(バシン!)
空を切るはずの手が何かに当たり、芒雁はびっくりして歩みを止める。振り返ると弥生が顔を押さえてうずくまっていた。音と衝撃から察するに、中々勢いよく当たってしまったようだ。
「あ、ごめ……」
芒雁が手で顔を覆ったままの弥生に駆け寄る。安否を気遣うために弥生に触れようと手を伸ばしかけたが、またすぐに引っ込めた。
「……」
弥生はしばらく何も言わなかったが、やがて。
「そうやってムキになるってことはある程度自覚してるってことか」
そういいながら、ゆっくりと立ち上がった。もう顔を手で押さえてはいなかったが、鼻っ柱がまだ赤かった。
そのまま芒雁を見据える。ついさっきまで不機嫌だった芒雁だったが、偶然とはいえ殴ってしまった負い目もあり、弥生に圧倒される形となった。
「え、と……三桜……あの……」
「決めた。私の役目」
「え。役目?」
「そう。役目。ただついて来るだけなのは、なんだか芒雁君に申し訳なかったから考えていたの。私にできること。私、芒雁君が困っていたら助けてあげる。助けて、って声に出せなくても私がちゃんとそのSOSに気づいてあげる」
「は、はあ……」
弥生にこんなに気合が入っている理由が、芒雁には見当もつかなかったので、間の抜けた返事しかすることができなかった。
「だから芒雁君も辛い時は辛いって言っていいんだよ」
それはまさに今日、弥生がさつきに言われた言葉。そして弥生にとって救いとなった言葉だった。
「……ご親切にどーも」
芒雁はぶっきらぼうに言い放つと、また早歩きで進みはじめた。
「あ! ちょっと待ってよ。まだ言おうと思ってることがあって……」
芒雁に置いていかれないように弥生も走り出す。息を切らせながら話を続けた。
「その代わり、私が手を差し伸べたら。ちゃんとその手をつかむんだよ」
弥生も慌てて後を追おうとするが、芒雁の歩くスピードがさっきよりもさらに早かったため、弥生はさらに速度を上げて追いかけなければならなかった。
「ごめん。芒雁君、歩くの早すぎ……。ちょっと待ってよー」
芒雁の歩速は落ちることはなかった。
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