栗橋-川とマチの灯

二三子

栗橋ー川とマチの灯

 趣味で埼玉全六十三市町村一周の旅をしている。

 

 久喜市栗橋地区を訪れた時のこと。

 出かけに気分がすぐれず、メインの目的であった静御前祭りを見逃した私は辺りをうろうろすることにした。

 もう10月だというのに、蒸し暑い日だった。

 栗橋駅から旧日光街道まで歩いた。土曜の午後だというのに出歩いている人は少なく、埼玉県の市町村をすでに半分以上回った私でなくとも、この町が寂れている事が分かるだろう。

 たまたま目に付いた和菓子屋に入った。旧日光街道沿いに面した和菓子屋で軽食もあり、店のスペースではお茶も飲める。

 店内には、なぜかもはや人々の記憶からも忘れ去られていそうなタイタニックのテーマの歌なしMIDIが延々と流れている。

 お客は自分一人と、地元の常連さんが一人である。

 やや不安な面持ちでお団子とくずきりを頼むと、おだやかな口調のおばちゃんが給仕をしてくれた。火を入れてくれたのだろう、温かいもちもちのみたらし団子、ぷるんと艶のあるくずきりと、適度な甘さのきな粉が味に花を添える。

 都会の一等地で出しても遜色のない味だった。地味だが、旧日光街道沿いに古くから続いているであろう立地、綺麗に清掃された店内。場所が都会ならば繁盛するのに、と思った。


 一息つくと、利根川まで歩いた。広い青空にやや夕闇が迫ってくる。そんな中、何やらオレンジ色のネットが張り巡らされていて、工事車両がせわしなく動いていた。

「一体何だろう?」


 茨城県古河市へ渡れる利根川橋の近くまで歩いてくると、神社に何やら人が集まり、テントが張られていた。聞けば、利根川のほとりの神社で祭りが開催されるという。

 小さな地元のお祭りだと思うが、観光名物である静御前は見逃してしまったし、せっかく栗橋まで来たので見ていくことにした。


 埼玉には、大小多くの川が流れている。

 埼玉は昔から治水に力を注いでおり、時に川の流れすら変える大規模工事も行ってきた。渡瀬川が利根川と合流する栗橋もまた、栗橋もまた、川の治水が発達した場所である。

 利根川のほとりに佇む八坂神社は、古くから人々のより所であったようだ。神社の前を通りかかる近所のおばあさんが、鳥居の外から遙拝していくのが見える。


 埼玉を旅していると、昔からたびたび氾濫に悩まされていたのだろう、川のほとりには必ずといっていいほど神社もしくは寺がある。堤防もそうだが、水神様を祀ったり、氾濫が起きないよう祈りを込めて勧請された神社もまた、精神的な意味での治水と呼べそうである。


 夕方になった。八坂神社の左三つ巴の紋がついた提灯に火が点り、祭りが始まる。

 来客は、地域の人が100名程度。小さなステージが設えられ、地元のおじさんたちのバンド演奏の準備をしている。

 私が珍しそうに神輿の写真などを撮っていると、バンドのおじさんに話しかけられた。私が自分の旅の概要について話すと、この栗橋の神社について色々と教えてくれた。


 栗橋の町はやはり利根川流域という事もあり、たびたび堤防の決壊に悩まされてきたという。昭和22年に起きたカスリーン台風では特に被害が大きく、住民がみんなこの八坂神社に避難してきた。生活復旧のめどは立たず、この神社で出産した人もいたほどだったそうだ。

 聞けば、最近の鬼怒川堤防決壊の教訓から利根川も氾濫に備え、スーパー防波堤を作るのだという。その幅、なんと100M。同時に、この神社も高台へと移されるらしい。

 この八坂神社の祭りというのも、町の人々の中心にあった神社が移転する節目であり、この栗橋の伝統を伝えようという町の人々によって開かれたそうだ。

「楽しんでいってください。あ、バンドも聞いていってね」

 おじさんはバンド演奏をするためステージへ戻っていった。


--もう二度と見られない光景なのかもしれない。

 私のカメラにはストロボがなかったので、しばしその不思議な光景を心に焼き付けた。漆黒が覆う夜に一人で歩いている時、町の灯りを発見した時に似た和やかな雰囲気がそこにはあった。


 埼玉のある地域では、祭りのことを「マチ」と呼ぶらしい。私は祭りを見るたび、いつも「マチ」の雰囲気を感じる。

 遠い昔から続く宿場町特有のおもてなし、そして見慣れない顔でカメラを持つ私を人目でよそものだと感じたマチ力の高さが垣間見られた。私のような旅人が旅人として(あるいは不審な目)で見られる場所ほど、昔どおりの「ご近所づきあい」が正常に働いている証拠なのだ。


 巨大堤防によって、この町の風景はどのように変わっていくのだろう。寂しくもあるが、楽しみでもある。



 帰り道、栗橋の観光活性化のため、旧日光街道には提灯によるライトアップが行われていた。

 きっとまたここへ来るだろう--私はそう感じた。


***


 1年後ふとした機会に栗橋を訪れたのだが、八坂神社の祈祷日だったらしく、神前には美しい菊の花が供えられていた。老人が水をあげて去っていく。

 菊の花にかけられた水で、地面は湿っていた。

 一年ぶりの栗橋。あの秋の夜が再び思い出される。ちょうど時刻は夕方、古い社は幻想的な幽玄美を映し出していた。

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栗橋-川とマチの灯 二三子 @osushi30

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