第72話 魔法使いサリーちゃん 女王の恋の魔法
新屋敷(あらやしき)
蜂人たちがセントラルパークの池や、恋文町中のマンホールからドーッと沸いて出てきた。恋文町の路地という路地が、蜂人という蜂人で溢れ返っていく。
地上に出てきた真灯蛾サリーは得意の釣りで、まず最初に小池のコッシーを釣り上げた。ぬめっとした体長二メートルになりなんとする、小池のコッシーの正体は、今は破壊されている白彩の用意したこしあんの鯉だった。ショゴロースのこしあんは、女王の好物である。つまり「恋」を食べるという意味論だ。
公園の枯れ木に、大きな蜘蛛の糸。そこに風でオレンジ色のもじみがどんどんくっ着いていって、赤い着物が形作られていく。そのもみじの隙間から、木漏れ日の日光がキラキラと輝く。それは、赤い和服の真灯蛾サリーの新しいドレス、いいや着物である。
カリフォルニアの空っ風が吹く恋文町を、赤い着物を着たサリーが、蜂人をずらりと従え歩いていく。だが、白彩工場は徹底的に破壊され、他の地下基地もありすによって同様に壊されているはずだった。……はずなのだが、白彩が最後に作っていた新宮殿、それが改装中の「恋文はわい」であったのだ。新しい名は、「新屋敷」(あらやしき)。地下の古城や、白彩本陣は女王サリーにとって今や不要だった。新基地として白彩がコツコツと恋文はわいに増築していたものが、完成していたからだ。そこは風呂好きのサリー女王が、すぐ温泉に浸かる事もできる便利な立地。たとえ、白彩工場の集合的蒸し器をありす達に破壊されてもここさえあれば大丈夫。それくらい重要な大宮殿で、かつての恋文はわいの面影はほとんど残っていなかった。古城ありすらが、あくせくと地下帝国を彷徨っている間に、サリー女王は堂々と地上の城に入城していった。
蜂人たちが左右に整列するランウェイの中を、さっそうと入城した女王は、ムーンストーンを右手にかざして、水がめの水をそこへ垂らしていく。下にはたらいが水を受けており、水の王冠が生じ、瞬間的に凍り付いた。それは、ムーンストーンの中に封じ込まれた、白井雪絵の能力によるものだ。
その氷の王冠を、女王は自らの手で掬い上げると、自身の頭の上に載せた。これは地下の女王から、地上の女王となった事を意味する戴冠式であった。
さっそく和風の宴会場に入った女王は、シロワニの刺身(お頭つき)を食べた。恋文はわいの池の鮫は、この時のために飼われていたらしい。なお、鮫の白身は実は美味い。サリーは刺身の中から、箸で青い石を摘み上げた。それはシロワニが以前時夫たちを襲った際に食った、インジゴライトのトルマリンだった。
「フフ……」
しかし、大食の女王の腹はそれで収まらない。鮫の刺身に、少し飽きが来たというのも少しあるが。次に出されたフルコースのメニューは以下の通りだ。
ガリ・お酢・トロの白飯=つまりトロ寿司。
ルー・パン・酸性=トマトカレーのカレーパン。
自然薯大好き=トロロかけご飯。
美味しい皮×5・えぇモン=焼き鳥の皮(串に五つ)。
ミネストローネ・フジッコ=たっぷりお豆のミネストローネ。
銭型凸餡=銭の形の饅頭(デザート)。
蔵入り酢=長年熟成された酢のビネガー・サワードリンク。
外観が宮崎アニメ「ルパン三世・カリオストロの城」の城と和風建築と折衷した風情の、「新屋敷」を飾るに相応しいコース料理だった。その料理を作った人物はこの城の総支配人にして、苦みばしった和装姿の大柄な年配の男である。その名もカイバラストロロ湯山。
「さぁ、世界を、今一度砂糖に変えておしまい!」
女王はムーンストーンを右手に持って、高々とかざした。左手で工藤静香の「嵐の予感」の手の仕草を、ピッピッピッとすばやく繰り返す。ウンベルトA子の影響で始めたこの技、地下で引きこもっていた頃からの予習は完璧だ。
新屋敷の煙突から、新たな煙が出てきた。水飴の雨は瞬間冷凍され、今度は雪へと変わっていく。白砂糖の粉雪。それは次第に吹雪となる。
どんどんと降り積もる綿菓子の吹雪。恋文町に綿菓子が降って来る。さらにサラサラとした白砂糖の粉雪が、その間隙を埋める。この作業を速く推し進めないと、蜂人たちが地上の環境に適応できないままに死んでしまうのだ。
ピピピピピピピピ……。
ガチャ!
地上の自販機に直結しているエレベータから、ジュースを路上に転がしながら地上へ出てきたありす達は一変した恋文町の様子を見てびっくりした。
ますます寒くなり、雪は綿菓子となっている。雲も棉飴だが、それが地上に降り積もる感じだ。
「イテッ!」
雪の中に何か混ざっている。水飴の雨が凝固して、金平糖が降ってくる。もう少し大きいのも降って来た。それは雹の飴玉だった。
「おかしい、白彩を破壊したはずなのに」
あれほどの設備と煙突を持ったものが、この町にあっただろうか。カシラも居ない。
「鈴木A人の南カリフォルニア感、一体何処行った?」
あれほどの激闘の成果が、あっという間に元通り……。
短い間の環境の激変に戸惑うしかない。
さらに雪は変化して、アルファベットの形のお菓子が降ってきた。それは地面に文字で言葉を書いた。
KU TA BA RE ALICE
「女王のメッセージだ」
「しかし……陽動にかかっただけとは」
「いいのよ。最後につじつまが合ってさえいれば」
……合うのかよ? 本当に。
時夫は辺りを見回した。
「白彩じゃないとすれば……オイ皆見ろ、恋文はわいの煙突から煙が出ているゼ!」
「あ! 恋文はわいが……物凄く豪華な神殿になってる。モーイヤ!」
ありすは頭を抱えた。カシラは地下の最終兵器じゃなかったのである。まだサリー女王には取っておきがあったのだ。
雪飴の中、町を蜂人が闊歩していた。そうだ。このために彼らは再度、砂糖の雪を降らせているのだ。
「俺たち、白彩を破壊してカシラを打倒して一安心していた。やっぱしまんまと地下勢力の陽動に引っかかったんじゃないのか?」
「くくく……くそう。サリーめッ!」
その可能性には地下の古城に入った際に気づいていたありすだったが、正直なところ、認めたくはなかった。
「ヤツはおそらく恋文はわいに人質をごっそり移動させたわね。もう、行くしかないわ! この町の人質を解放するためにも」
今度は恋文はわいで決戦か。遂に恋文町に出てきた真灯蛾サリーに、この町を好きなようにさせる訳にはいかない。だが、敵とてこれまでのようではないはずだ。恋文はわいでは、これまで以上に強力な反撃法で待ち受けているに違いない。こうして俺達の戦いは延々と続くのである……。
「雪絵……絶対に敵は取る」
これまで時夫は、伊都川みさえ似の白井雪絵を、会えないみさえの代わりとして愛して、助けてきた。そして雪絵もまた、時夫を愛そうと努めた。だが、地震で死んだと聞いていたはずの伊都川みさえから突然、メールが来た。今考えれば、町に閉じ込められた時夫にとっては、みさえは唯一の外部との通信手段だった。
みさえは、時夫がいつ東京に帰ってくるのかと聞いてきた。しかし、時夫に恋文町を脱出する手立てはなかった。
本物のみさえの存在を知った瞬間、雪絵は自分が、菓子細工、スイーツドールであるという現実と直面し、時夫が自分を離れて、本物のみさえの元へ行ってしまうと思い、世をはかなんだ。
「自分なんか、時夫さんには要らない存在だったんだ」
そうして雪絵は失踪し、フランスパン屋の店先で、単なる菓子細工に一生懸命戻ろうとしていた。
時夫は雪絵を哀れに思った。かわいそうな雪絵は、ありすによると、時夫の存在によって人間化が進み、この恋文町にとって、そして地下帝国にとって重要な存在と化していったのだ。白井雪絵を助け、逃げ続けた結果として、二人の愛、絆は一層進んで、雪絵の人間化は地下帝国の予想をも超えていた。そして、一旦人間に近づいた雪絵は、もうモノには戻れない。
だが数々の闘いを経て、白井雪絵は女王の手に入り、今やロイヤルゼリーとしてのその力を手に入れたサリー女王は、地上にいる。時夫の努力は、今は無に帰し、あとは女王に対する復讐心だけに突き動かされていた。
今度こそ、最終決戦地となるはずの「恋文はわい」。もとい、看板をよく確認すると「新屋敷」とあった。
「なるほど……これは、新しい意味論だわ。新屋敷(あらやしき)、阿頼耶識(あらやしき)。仏教で集合的無意識と同じ意味を持つ唯識の段階。そのお陰で、白彩工場にあった『集合的蒸器』に代わるこの町の意味論製造機が、ここに出来ている!」
「新屋敷」と名を変えた恋文はわいを、蜂人の衛兵が守っていた。建物は和洋折衷建築で、高さは以前の三倍以上ある。そこに巨大な六角形に蜂の頭のマークが、堂々とネオン光を放っている。
「先陣は俺に任せてくれないか……。よくも雪絵を。よくもよくも」
時夫は警棒ライトセーバーを抜いて単身突入していた。いつか俺は、みんなの役に立つ科術師になれるのだ。そう信じてずっと、戦ってきた。今日こそ、今日こそ俺は……!
「またっ。金時君、なんて馬鹿なヤツなの?」
普段は冷静というか冷笑的なのに、時夫は雪絵の事になると後先考えない熱血漢になる事を、ありすは気づいていながら、いつも止められない。案の定、時夫と彼を追いかけたありす達は、敷地に入った途端に大量の蜂人に取り囲まれた。果たして衛兵の蜂人の持つ槍で、時夫の「ライトセーバー」は宙を舞った。
ヤラレタ……もうダメだ。俺は死ぬ。
「いつまで路上にキスしてんのよ?」
ありすは時夫が死んでないことに気づいていた。
「あっ」
だが蜂人に取り囲まれた時夫は、瞬く間に女王に拿捕された。
「地上のあたしの城へ、ようこそ古城ありす。そして、時夫さん」
赤い着物を着て、氷の王冠を戴いた真灯蛾サリーが笑っている。サリーは地中の花リサンデラから、遂に地上の女王となったのだ。
「いよいよ決着ね」
ありすは黒曜石の瞳でにらみつけた。
吹雪となった綿菓子の雪が吹きすさぶ中、二人の最後の対決の瞬間が訪れようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます