第43話 CBA48度線 フォースと共にあらん事を

見た目はともかく味は一流


「ホントに追いかけるの? めっちゃくちゃ寒いじゃないのよ!」

 ウーはノースリーブの両肩をさすっている。確かにアパート一階では小春日和だったので、この格好でもOKだったかもしれないが、二階からは冬将軍に支配された世界。地面はカチコチ、永久凍土と化している。

「しょうがないでしょ。他にどうしろっていうの。私もいきなりの展開で、二人を危険にさらしてしまった責任がある。何としても取り返さなきゃ!」

 結局、時夫と雪絵を二階に呼んだのはありす自身だった。痛恨のミスだ。

 停戦中なので敵の襲撃はない。が、勝手にCBA48度線を越えた事がバレれば、紛争は免れない。このアパートと崖の無効をつなぐ橋は、女は「帰らざる橋」なのだ。

「ねぇどこでもいいから入らない? どっか建物の中に」

 勢いで出て来てしまったが、黒ゴスロリの古城ありすはともかくとして石川ウーの格好は、完全に身の危険があった。それでもかろうじて耐えられるのは、うさぎビームを小出しに使って、懐炉代わりにしているからだった。ウーはハンドパワーとかいって、雪を溶かしてふざけているが遊んでいる場合ではない。

「もう~あんたがそんな格好しているから。冬なのにさ!」

 目の前は霧で数メートル先まで何も見えない。出た時には再び大地は霧に覆われていた。何が待ち受けているのかも分からなかったが、そのお陰で敵に見つからずに済んでいるのかもしれない。

 霧の向こうに、縦書きの筆文字が出現した。

『天麩羅』

「天ぷらって……」

 二人は爆笑した。霧の向こうから「天麩羅」とは、一体何のお告げなのかと想像し、笑いが止まらない。建物の看板だ。

「天麩羅・門と蔵(モントーク)か。嫌な名前ね」

 ありすは看板を見上げて腕を組んでいる。

「何で?」

「モントークって、知らない? アメリカのニューヨーク州にある地名だよ。そこに廃墟の米軍基地があってね、政府がトップシークレットで謎めいたタイムワープ実験を行ってたのよ。そのために、異★人なんかも出現したらしい。おそらくこの店、ダークスター国が出現した最初のきっかけなのかもしれない」

「つまり、敵基地?」

 いきなり正解を引き当てたか、「天麩羅」! こんなトコまで敵基地があったとは、というよりこの雪原、どこまで続いているのか分からない。

 入り口を見ると商品サンプルが並んでいるが、何故か全て真っ青だった。

「食欲を失う品揃えね」

 だが寒さの極限にあった二人は、結局中へと入ることにした。店内は至って普通の天ぷら屋の内装で、一見して不審な点は見当たらない。

「まさかと思うけど、食べる気?」

 温かい店内に入った事で一安心したウーだが、「真っ青な天ぷら」なんて、さすがに食べるのは躊躇する。

「敵を知るためにはね。……食うしかない。ロケットバーガーのときと同じ。これまでどの敵基地だって、私は皆食べてやった。引き下がったりはしないわ」

 それは何の意地っ張りだ? 単に、ありすの食い意地が張っているだけじゃないか。カウンターには「白っぽい恋人」の箱が並んでいた。ありすはロケットで北に行っていたのだろうか? つまりこの状況を知っていたことになる。

 席に着き、メニュー表を見ると、どれもこれも普通?の品揃えだったが、出てくるのはやっぱり商品サンプルみたいに青いのだろうか。

「食欲なくなるなぁ」

『水戸根ドリア』

「なんか……この名前、おいしそうじゃないね」

 そりゃまぁそうだろう。そもそも、何で天麩羅屋なのにドリアがあるのか分からない。

「でもドリアか……。暖まるかもしれないな。一番まともそうだから、これにしよう」

 え、食べるの? とウーはありすの顔を見て固まっている。


「お”ま”た”せ”し”ま”し”た”……」

 凍えた声で、七十代の線の細い店主がプルプル震える手で盆に料理を乗っけて出てきた。改めて胸元を見ると、「冷田」(ひえた)という名札をつけている。そして、やはりブルブルしながら暖簾の向こうに消えていく。

「おなかくだしそう……」

 ウーが選んだブルーな天ぷら定食と、ありすの「水戸混ドリア」は、いずれも天ぷらとドリアが青い。

 ウーが箸をつけるのを躊躇していると、ありすはさっそくスプーンを口に運んでいる。長い睫を閉じ、ウン、ウン、と唸っている。

「すべてがブルーな料理。見た目は食欲がなくなるけど、うまいわ。この辺、バンバン人に占領されているせいで、こんな料理を出すしかないのかも。どうやらこれらはバンバン渡来の料理よ。味は一流だわ」

「本当ぅ?」

 ウーは恐る恐る青い海老天をつゆに着けて食べた。

「……確かに美味い。アリゴレン!」

 ただ、それでも問題がある。それも、決定的な問題が。

「な、なんか冷たいの多いね。天ぷらなのに冷たい。そっちのドリアは?」

「冷たいわね。青いだけじゃない。全部冷えた料理だし、寒々としてる」

 バンバン人は、冷たいものしか作れない思考回路らしい。

「ドーセならチーズケーキのクールンが食いたいわね」

「で、なんでみんな青いの?」

「スターウォーズでは、青いミルクが出てきた。きっとダースベイダーもどきが出てきたくらいだから、それで……」

「そ、そこかー!」

「ま、確かに見た目はともかく、味は一流ね」

 箸が止まらないのは確かだが、あまりに冷える性で他の問題が生じた。

「ヴ~ン? おなか痛くなってきたぞ。腹痛が痛い。あーもう、腸がムカつく腸ムカつく!!」

 ウーがお腹を押さえて机に突っ伏している。料理よりもウーの顔の方が青くなる。

「とりあえず、一旦引き返そう」

 結局、敵地視察はウーがお腹を下したことで中止となった。時夫と雪絵が何処へ消えたか、そのヒントさえもつかめない。ありすが「食べよう」などと言い出したせいだ。食い物が冷たいという事が分かっただけで、二人の足取りも分からないままに。

 会計を済ませようとして、

「ポ・イ”・ン”・ド・ガードは……」

「だからないんだっつーの!! 初めて入った店でンなもん持ってるかっつーのッ!!」

 ありすがキレた。


CBA48度線の正体


 「帰らざる橋」を渡って、霧の向こうからありすとウーが「恋文ビルヂング」の部屋に戻ってきたので、大家の市ヶ谷は心底驚いていた。内心ではもう彼女らは戻って来れないと思ったらしい。やはり、この二人は尋常ならざる少女たちなのだと確信した瞬間だったようだ。ありす達は大家に促されるままに外階段を下り、J隊のお偉方と会うことになった。

 こっち側は相変わらずの小春日和だ。電線に止まった雀がさえずり、のどかなものだ。霧なんか何処にもない。青い空、白い雲。そして近くの小さな森は不気味に沈黙。だが、ここへ来た時にはなかったものが路上にあった。

 アパートの前の路地に、巨大トラックが停まっている。前後を車両通行止めにして停車している大きさだ。J隊の特殊車両で、炊き出し専用トラック屋台だという。トラック屋台ではあるが、通常の炊き出し専用車両の三倍の大きさがある。恋文町に、トラックの三倍ブーム到来か? っていうかコレ、アメ車の「コンボイ」っていう奴じゃないのか。こんなデカい車、日本の法律的に大丈夫なんだろうか。いや、知らないけど。よくこんな路地に入ったな。しかも良く見ると、二階建てトラックである。側面にはのれんが掛かっており、中に上がれるようになっている。暖簾には、勢いのある筆文字で、「小林カツ屋」と書いてあった。さっそく中に入ると、湯気が立つカウンターに、五十代と思しき小林店長が立っていて出迎えた。

「コンバンワ、小林カツヲです」

「ふざけないで!」

 ありすがいきなりぴしゃりと言った。まだ昼じゃないか。ちなみに入るなりウーはトイレへと消えている。

「あの戦車、ありすさんのでしょ。イヤーしかし実にいい戦車ですな!」

 レイバンのウェイファーラーのサングラスをかけた小林店長は、ありすの先制攻撃にもめげずに、常にハイテンションをキープした。海の向こうのサバゲでは、軍払い下げの戦車をレストアして使用するのだとか、ペラペラが止まらない。ありすの事も、度を越したミリタリーマニアか何かだと思っているらしい。

「ここJ隊の車両なんでしょ。偉いさんを呼んでくれる」

「私がJ隊のCBA48(シービーエーフォーティーエイト)度線の作戦本部長です。コンバンワ、小林カツヲです」

 確かによく見るとこのカウンター、ナイトバーみたいな内装で、外に掛かってる暖簾とは裏腹に、「Kobayashi Katuya」のオシャンティーなネオン菅のロゴまで壁に掛かっている。本当に、トンカツ屋なんだろうか?

「それさっき聞いたわよ。あんたが偉いさん?」

 ありすはカウンターに腰掛けている。

「まぁそんな訳でして、階級は1等陸佐です」

 とてもそうは見えない。しいていえば、ラジオDJか深夜番組の司会者か何かか。

「そんで、このフードトラックは何なのよ、一体」

「二〇一七年度、トラック・オブ・ザ・イヤーに輝いた、これが最前線におかれたJ隊の特殊車両の、作戦本部兼野戦の戦闘糧食の食堂です。ホットな料理を作りつつ、作戦司令部ともなる、2weyの前線の秘密基地みたいなものです」

 最前線にデンと構えていて、秘密でもなんでもない。小林店長の「2wey」の英語の発音がやけに素晴らしすぎる訳だが。

「なんでフードトラック?」

「敵を欺くためですよ」

「あんたら馬鹿なの? 死ぬの? 雪絵さんを敵に差し出すことが停戦の条件ってどういう事よ。雪絵さんがこの町でどれだけ大切な人なのか。この町で……雪絵さんを失ったら一体私は、今後どう戦えば」

「騙したようで申し訳ありませんでした。お友達を、停戦の条件にするつもりなど、なかったのです。軍事停戦委員会の市ヶ谷が、勘違いしていたようで。私からも謝りましょう。……何はともあれ、冷えたでしょう」

 小林カツヲはニカッと笑った。屈託のない笑顔とはこのことだ、小林店長。

「冷えたわよ!」

 ありすの白いほっそりとした指先がピンクに染まっている。

「まぁ、カツ丼でも食べてってください。戦いに勝つにはカツ丼ですよ」

 意味論か……。そこへ、呆然とした表情のウーがトイレからフラフラ戻ってきた。ウーの座ったカウンター席にも、ホカホカのカツ丼が置かれる。

「うっわぁ~おいしそう!」

 どうやら、お腹の調子は回復したようだ。

「あったかい。やっぱ食べ物はあったかくないとね」

 一口、カツを口に入れたウーが感動の声を上げる。

「フ、フン、ま……まぁまぁね」

 ありすは目を輝かせて、顔は上気し、ひっきりなしに箸を動かしている。どんなツンデレだ。

「店長、一応先に言っておくけど、ポイントカードならないわよ。あたし持たない主義だから」

「ポイントカード? そんなものは要求しません」

「あっそ」

 どうやらこの問答で、ありすは小林店長をかなり信用したようだ。よく考えてみると、これまで会計で「ポイントカード」を求めてくるのは皆敵基地ばかりだった。……いや、違う。レートの店は敵じゃない。

「……そんで、どうするつもりなの」

 ありすの声はさっきより柔らかく、明らかに機嫌が良くなっている。

「お任せください。ご友人はJ隊の特殊部隊が必ず取り返します。民間人であるお二方のお手は煩わせません。あの停戦条約はいわば時間稼ぎでして。我々とて、決して手をこまねいている訳ではなく、これからJ隊の総力を結集して反撃する予定です。おや、そろそろ、到着する頃です」

 小林カツヲは軍用腕時計を眺めていた。特殊部隊……。確か、習志野にも「習志野レンジャー」というのがあったはずだ。

 すると店の中へ、暖簾を開けてずらりと人が入ってきた。皆一様に背が高く、奇妙な事に大き目のゴーグルで顔を隠し、色とりどりのスーツを着ている。見た目は全くもって「戦隊」そのものである。たちまち十人座れるカウンター席が埋まった。

「カツ丼八人前ッ!」

 声が見事に揃った。日ごろよほど訓練していることが伺える。

「あいよッ」

 カウンターにはメニュー表が一切なく、結局ここではカツ丼しか出ないのかもしれない。

「……この人たちは?」

「阿部呑玖珠首相直属の特殊部隊、通称『阿部ンジャーズ』です」

 あっという間にカツどんがどんどん並べられていき、レンジャー達は一斉に食べ始める。店長の手さばきも見事なものだ。

「阿部首相の直属? て事は……日本政府はまだ無事なのね?」

 ありす達がこれから千葉を抜けて行こうとしている、東京は無事なのだろうか。

「最初は、長野県の諏訪湖から敵の侵略が始まりました。その時はなぜか、諏訪湖の名物・香和漢まんじゅうを巡る争いだったらしいです」

 小林店長は事情を説明し始めた。

「どういう状況?」

 ウーが訊いた。

「これも、確かな情報ではないんです。もうあの辺一帯も、永久凍土ですから。しかし衛星から分析した有力な情報によると、定刻軍は香和漢まんじゅうを定期的に買いに来ていて、ところが養命酒入りの限定品なので、すぐ売り切れになってしまう。それが一旦品切れになると急に怒り出し、突然侵略を開始したということです」

 ……訳ワカメ。

「諏訪湖? ひょっとして『諏訪ーウォーズ』が言いたいだけなんじゃないでしょうね」

「そこかー」

 ウーはありすの見解にガクッと来る。それも含めて、「意味論」なのかもしれない。

 ともあれ「定刻軍」というだけあって、定期的なものとか、時間とかお約束とか、そういうものを破ると、侵略を開始する口実にするという、意味論が発生しているらしい。

「それからはあっという間でした。我々の防衛は押されに押されて、とうとうこの恋文町まで引いたところで、ようやく停戦にこぎつけたという訳です」

 そんな戦争が起こっていたとは、未だに信じられない。結局、日本政府は無事なのか? そこのところは小林店長の話では何故かはっきりしなかった。

「……ホントにこの人たちだけで大丈夫なの? 阿部ンジャーズって、科術使いか何か?」

 ありすの見たところ、科術の気配は誰にも感じられなかった。科術使いは科術使いを見抜くのだ。

「科術とは何ですか? 彼らは、自衛隊の『陰の特殊部隊』です。その正体は極秘ですが、ただ一つ言える事は全員が『阿部』という姓です。科学的に身体能力を極限にまで高めたヒーロー、平たく言うと、スーパーヒーローですよ」

「ふ~ん。何だか心もとないわね」

 そもそも名前が心配だ。それはそうと、ありすが「科術使いか」と店長に訊いたのは、何がしかの科術の気配をこのトラックの中に感じ取ったからだった。そもそも、「戦いに勝つにはカツ丼」というのが、意味論である。偶然なのだろうか。

「無論、それだけではありませんゾ。この作戦には、我々J隊の大部隊も総力を挙げて出撃しますが、その作戦計画を担う一端が、実は敵から寝返った将校なのです」

「え……。そんな人が居るの?」

 ありすは驚いた。つまり、ダークスター国の亡命者という事か?!

「えぇ。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・ネルカッツ提督です。定刻軍で老練な将校だった方ですよ」

 ドイツ風のゴツい名前だ。本名なのかどうかは分からない。

「で、その人、今どこに?」

「このトラックの二階に居ます。皆さんが到着する、わずか十五分前に寝返ってきたんです。来るなり、カツ丼をかきこんで、二階へと上がりましてね、美味しそうに食べてましたよ。二階で作戦を練るカッツってね。You know?」

「You knowじゃねぇし!」

「はっはははは……あ、イヤこれは失礼」

「まぁいいわ。少しは期待できそうね」

 J隊も手をこまねいていた訳ではないらしい。


 するとその時恋文ビルヂングから、いや、正確にはその先の北方から敵の放送が響いてきた。

『地球人共に告ぐ! 熱い料理など食べるな!』

『火傷するぞ!』

『アツアツなんて、料理が熱いなんて舌をやけどする!』

『アッチィーー!! 火傷するぅーッ!』

『胸焼けするーッ!』

『胃をやられてしまうゾ!』

『ともかく熱い料理なんて、身体に悪いことこの上ない!』

 特殊部隊のレンジャー達がピクッと反応した。

「な、大げさな。あいつら嘘ばっかし」

 ありすは振り返っている。

「しばらく止んでいたんですが、あなた方が敵地に入り込んだときから、放送が再開されましました。何か、地球人がバンバン人の料理を冷たいといったとか何だとか。こうして以前から時々、我々の悪口を言っているのです」

 やばっ。バレてたか。霧の中に、忍者よろしく紛れることが出来たと思っていたのは単なる勘違いだった訳である。よく無事に戻って来れたものだ。

「そう? 聞こえなかったけどな。ひょっとして、指向性のスピーカーだったのかしら」

 ありすはとぼけたつもりではなく、本当に聞こえなかったのである。

「さぁ。あっちでは“音”も凍りつくのでは?」

「気の利いたこと言ってるんじゃないわよ!」


『……もしも、自らホットな料理を手放さないのであれば、わが国は、この星の人間を苦しめているホットな料理を全て殲滅するだろう。ホット料理の同盟軍の基地という基地を攻撃し、人々を解放する。そのために、はるばる宇宙から飛来したのだからな!』


「ホットな料理が『同盟軍』だってさ! くっだらない」

 ウーが云うのもごもっともだ。大抵のお店は温かいものを出すはずだ。つまり、地球上のほとんどの店が敵のいう「同盟軍の基地」になってしまう。だが、ありすはそれでピンと来た。占領地にあった「天麩羅屋・門と蔵」が冷えたものばかり出すようになったのも、同盟軍の基地だと思われ、占領された結果だからではないか。ありすは北の店に入ったときの情報を小林店長に提供した。

「あいつら嘘ばっかり。ホントに食ったことあんのか?」

 青く冷たいバンバン料理を食べてお腹を壊したウーも、地球の温かい料理をディスっている放送に腹を立てていた。

 すると小林カツヲ店長は、厨房内のスイッチを操作した。

 トラックの二階から、スピーカーが何台も出現する。そしてスピーカーからは八十年代洋楽ばかりが、流れ始める。騒々しい。

「やっぱ八十年代の洋楽こそ音楽の黄金時代! ニューウェイブの時代、かつてないほどのジャンルの多様化が始まった、バラエティ溢れる時代! MTVが登場し、時代はラジオからテレビへ。そしてレコードからCDへ、アナログからデジタルへ……」

 ロックなサングラスのこの人物、何かと暑苦しい。

「店長、これ何よ!」

「対ダークスター国向け放送です。スピーカーだけじゃなく、ラジオでも放送してます。敵国民に聴かせるために、こっちも対抗して放送しているんです」

 当初、この車両は恋文ビルヂングより少し離れたところにあって対抗放送を開始したらしかった。

「どーして洋楽なの?」

「寒い冬将軍に、熱いロックで対抗するためですよ! それが、向こうの寒い放送とぶつかったときに戦闘が停止して、たまたまCBA48度線が出来上がったんです。だから、向こうとこっちで、寒いと温かいがひっくり返るようになったんです。理由は分かりませんがね!」

 小林カツヲはニカッと笑った。この店長、天然なのか天才的確信犯なのか。

「それ、科術っていうのよ」

 ありすが感じた科術のパワーの源泉は、このフードトラックそのものだった。たまたま偶然に、J隊が成功させた科術だったのである。

「CBA48度線は、寒暖がひっくり返ってるだけじゃない。全てがひっくり返る現象が起こっている。それで、無条件停戦は条件付になってしまったという訳です」

「何人事みたいに解説してんの。全部あんた達のせいじゃないのよ!」

「いや~うかつでした。……こんなハズでは、なかったんです。原理は、本当になぜなのか……分かってませんが」

「あんた達って、意味論って知ってる?」

「いいえ、存じませんが……」

 すると、ずっと無言でカツどんを食べていた「阿部ンジャーズ」がずらっと立ち上がった。

「我々も、ネルカッツ提督にご挨拶に伺います」

 リーダーの「阿部レッド」が小林店長にそう言った。

「フォースと共にあらん事を」

 阿部ンジャーズはありす達に、一礼して全員二階へ上がっていった。ふざけた名前と外見のわりには、意外と礼儀は正しい。

「……ありすちゃん、どうする?」

「敵の戦略はパン皇帝の拡大版ね。冷めた料理で世界中のHOTな料理を占領しようとしている」

「なるほどそうか。なら、こっちも対抗しなくちゃ」

「通常の戦闘ではだめなんじゃないかな。J隊に伝えよう。……で、料理を作る科術で戦ったらどうかな」

「なるほど、料理の科術か……」

「そう。でもとりあえずはここでJ隊のお手並み拝見ってトコね」

 人任せにするとは、古城ありすにしては珍しい。とはいえ、時夫と雪絵は敵地。あまりのんびりとはしていられない。

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