第11話 アリスの国の不思議

「蛾蝶蛾ァ蛾ァ、蝶々発止ッ!」

 マントをぱっと翻すと、変な言葉を発した古城ありすの身体から光る蝶がパタパタと二人に向かってきた。それも無数にだった。

「うわっ、なんだこれ!」

 よく見るとあるものは蝶、あるものは蛾の集合体だ。時夫は一歩引いた。

「いつまでそうしてるのよ?」

「え?」

 時夫が眼を開けると、目の前にありすの顔があった。代わりに後ろを見るとサリーの姿がない。図書館はすでに閉館時間で閉まっている。館内を見ると茸人こと図書館員たちは何事もなかったかのように、館内で閉館作業に没頭している。

「い、今のは。一体今のは何だ? 魔法か」

「魔術じゃない。失礼ね。『科術』(scic)。魔術は相手の方。一緒にしないでよね」

 すでにタメ口と化した古城ありすは不機嫌そうに言った。

「相手って誰だ」

「たった今君が一緒にいた女よ。真灯蛾サリー」

「魔術? なんで彼女の事を知ってるんだ。そんなの使ってなかったぞ」

 だが、サリーもありすの事を知っていた。恐ろしい女だと。

「あいつは『魔学』(magience)って呼んでいるみたいね。君も色香に惑わされてたじゃないの。危ないとこだったわね。のこのこついてかないで! 地下に引きずり込まれるところだったわよ。こんなとこウロツいてないでさっさと行きましょ」

 時夫は訳も分からない内に、ありすに連行されている。

「き、君は恐ろしい女だって言ってたぞ。サリーが」

「やれやれ」

 ありすは向き直った。

「恋文はわい行ってバカダミアナッツ買って来い!」

(なんだその言い草……)

「私は君を助けたのよ。あいつが恋文町の連続誘拐犯なのよ。つまりこの一連の事件の張本人」

 と古城ありすは立ち止まって言った。ありすは時夫を救出したのだという。

「えーと茸人の殺人の事?」

「それは別件。この町で起こっている怪奇事件の半分は私のせい、半分は女王のせいなの」

「女王って?」

「そう。うさぎから聞いたでしょ。防空壕の話。この町の地下に巨大な蜂の国がある。その女王がさっきの真灯蛾サリー。元は防空壕だったんだけど、それを拡張して、この町の地下でサリーが国を作っている」

「そんなの信じられるか。さっきまで一緒に居たんだ。蜂じゃない。普通の人間だよ」

「じゃあ、今どこにいるの?」

 図書館への道は一本しかなく、さっきの茸人図書館員に見つかるリスクを考えると、草むらに潜んでいると考えるのも不自然だ。

「君が変なことしたからどっかに行ったんだろ。きっと」

 時夫はそれを、マジックか何かと思っている。

「違うわよ。確かに私が『科術』で追っ払ったのは事実だけど、彼女は地下へと戻った。地上では、『魔学』の力は失われ、ほとんど人間と変わりなくなるからね」

「そもそも何でここに来たんだ?」

「ここで本を借りてたの。『におい大全臭』って本。あなたから何となくにおったのよ。事件の匂いがね。ウーから、君が図書館に向かったって聞いたから追いかけたの。あなたの事情を聞いたわ。そしたら女王と一緒にお茶飲んでいるからびっくりしたじゃないの。こんなトコでシャーロック・ホームズ気取り? 止めときなさいよ」

 見られていた。石川うさぎは、古城ありすの友人だった事に留意すべきだった。

「普段女王は、外に出ることはないはずなんだけど、まさか図書館に現れたとはね。きっと、いつもここで本を探していたのかもしれない。盲点だったわ。でも、よりによってあの本をサリーに手渡すなんて。『火蜜恋文』を隠したのはあたしじゃない。正解はうちの店長よ。店長は館内のみの閲覧で、貸し出し禁止にしてもらった」

 この図書館は、唯一、ヤツが地上に出て来れる場所かもしれない、というとありすは思案げに考え込んだ。

「いや、しかし。彼女はそんな悪い人じゃない」

「何をバカな事を言ってるの? 全く、あいつの色香に騙されて、単純なヤツ。それが魔学だっていうの。なら、今から一緒に、あなたのアパートへ行くわよ」

「なぜだ」

「もう女王によって、白井雪絵が地下へ連れ去られたからだよ」

「そんな、馬鹿な!」

 古城ありすが、サリーの言うとおり、恐ろしい女の子なのかどうかは分からない。どっちにせよ金髪に黒マントとは、いずれにしても、あやしげな女子高生だ。だが、雪絵の身に何かあったら。そう思うと、時夫は夢中で駆け出した。古城ありすは後ろからついてくる。もはやこの不思議有栖市で、『ありす』に関わることは必定かもしれない。


 恋文ビルヂングに戻ると、雪絵は居なかった。コンビニに買出しに行くとしても、とっくに戻ってくるはずの時間だ。彼女は携帯なども持っていない。

「出かけたのかな」

 一応適当な事を言ってみる。

「そうじゃないんじゃない」

 ありすが手にしたのは、床に落ちていたカードだ。六角形の中に蜂の顔のマークが記されている。こんなものは、なかったはずだ。ありすによると地下の国の印なんだという。

「一人で住んでるのね。まだ高校生なのに、東京が実家なんだったら、親元を離れないで地元の高校に行きゃいいのに」

「うるさいな。君には、関係ないだろ」

 みさえの死が全てのきっかけになっていた。大体、ありすだって同じ年くらいじゃないか。それなのに一人で店番をしている。

 やはりありすの言うとおり、雪絵はサリーの手下に連れ去られたのか。だとすると、時夫の落ち度だった。

「ふふふ、金時だからスィーツドールなんかに入れ込んだんだネ」

「その呼び方はよせ。俺は金時じゃないぞ」

「金沢時夫で金時じゃん。ねぇ金時君。彼女に入れ込むのは危険だよ」

 とありすは金沢に忠告する。

「前にも言ったはずよ。言っておくけどこの町で何が起こっても関わらない方が賢い。金時君みたいなトーシロが首を突っ込んでいいような話じゃない」

「君は何を知っているんだ。もし誘拐犯だとして、サリーは、雪絵をどうするつもりなんだ?」

「店主を殺した事で、店主は再生はするけど計画が遅れるので、女王は時夫を敵視している。そして雪絵は砂糖の精、特別製のロイヤルゼリーなの」

「ロイヤルゼリーって何だよ」

 雪絵はセントラルパークの池で、月の光を浴びて光合成する。

「だから人間化した白井雪絵は女王にとってのロイヤルゼリー。早くしないと地下で女王のえさになる」

「そんな馬鹿な。本当に蜂みたいな話じゃないか。さっきの彼女が? そんなの信じられるかよ」

「だからあなたの常識はもうこの街では捨てて。サリーは女王蜂なのよ。もしサリーがロイヤルゼリーを食えば、この町はもっと恐ろしい事が起こる。私はそれを心配している。雪絵だけじゃない。もはや、君だって狙われている」

「嘘だ。そんなの。嘘に決まってる」

 しかし、ありすの顔は真実を語っている顔だった。時夫は恐怖に包まれた。

「だから自分で調べるとか余計な事言って首を突っ込むんだから。全くなんて事してくれたの」

「それなら説明してくれって!」

「ここは危ない。どこに敵の眼があるか分からない。うちの店に行きましょ」

「君のくれた風邪薬だけど、よく効いたよ。でもネットで調べると風邪に効く薬効がないみたいなんだ」

「また調べたのね。でも治ったでしょ。風邪なんてプラシーボの漢方薬で十分よ」

 おいおい。

「プラシーボもあるけど、対処療法じゃなくてもっと根本的なところを直したの。それが東洋医学のやり方」

「あのさ。その服……いつも着てるの?」

 漢方薬剤師には見えない。これのせいでありすはゴスロリ魔術師にしか見えないのだ。

「ううん。これはただの普段着」

 そういうとありすは初めて笑った。腕には最初見た時には着けてなかったゴツいG-SHOCKを着けている。女の子なのに。

「思い出したぞ。君、占いもやってるって、夜の街でもやってるだろ」

「あの夜、君を監視しようと思ってね。普段はアルバイト」

 フードをかぶった占い師を見たのは、最初に生きた雉を見た夜のことだ。そんな早くから気づいていたのか。そういえば思い出したぞ。深夜道に迷った末に立ち寄った「コンビニ・ヘブン」の金髪店員、帽子のつばで顔が見えなかったが、あれももしかして古城ありすじゃないか!

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