6章 源さんと着ぐるみ殺人事件(2)
HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER3.4 TITLE:
『それは消えない名前である @1日目14時』
〇視点:渡良瀬秋華
〇同行者:柿坂十三郎ほか
〇文化祭1日目・14時43分
「魔法! 本物の魔法見ちゃった!」
「……そうだね」
本当は魔法なんてないんだよ、と言わなかったのは、それを教えるには奈通ちゃんは幼すぎるからなのか、それとも、今だけは魔法の存在を信じたいからなのか。
どこにそんな余裕があるのか、キザっぽく口元に手を当てて考え込むカッキーと、座り込んで唸り続けているウサちゃん、そして、はしゃぐ奈通ちゃんにカチコチの作り笑いを返すことしかできない私。犯人はこの4人の姿をどこかで見ていて、嘲笑しているんだろうか。
信頼出来る警備員が前に立っていて、その隣には男子高校生と女子小学生。
こんなの最早、少し目を離していたスキに、とか、そういうレベルじゃない。目を離していたところで、新聞の真ん前に3人もいるのだ。署名を残すどころか、3人の隙間からこっそり新聞を読もうとすることすら難しいはずだ。
何かトリックがある?
いやいや、トリックを差し込む余地もないんじゃないの。不可能犯罪に近いって、こんなの。
それこそ魔術師の所業だ。
噂というのは早いもので、新たな署名が発見されたと聞きつけて、祭り好きの生徒たちが私たちの周りを囲むように集まってくる。こんな落書きの何にそんな価値があるのか、スマホで写真を撮ってる女子もいた。
とりあえず愛想のいい笑顔を浮かべてその場を離れ、人気のないエレベーターホールで会議を開く。
「……いちおう。もう一度、状況を教えて」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ウサちゃん、そんな責任感じなくていいんだよ。もともと無理にお願いしたの、私だし……」
半泣きでしゃくりまくっていたウサちゃんは、私の言葉で少し落ち着きを取り戻してくれたようだ。エレベーターの上階ボタンをなぞりながら、状況を説明しだす。
「2時前に、先輩からあの掲示板の見張りを頼まれたんです。しばらくは特に異常無かったです。まぁ、そもそもその時間帯は、新聞自体貼られてなかったんですけど……。
……それで、2時半過ぎでしたか? 柿坂先輩が女の子を連れて来て、新聞を貼りました。
そのあと、新聞の前で雑談していました。目を離したことは本当に申し訳ないんですけど……言い訳したいワケじゃなくて、ほんとに目を離してたのは3分程度です」
そして、もう一度新聞に目をやった時、そこには署名が残されていた……と。
「その間、カッキーと奈通ちゃんのほかに新聞に近付いた人はいなかったのよね?」
「はい。話していても、さすがに人が近付いてきてたら気が付くと思いますし……」
「カッキー、何か気が付いたことは?」
思案顔のカッキーは、ひとつ頷くと、左腕に巻いた腕時計を確認して、奈通ちゃんに「これでジュースでも買ってきていいよ」とお金を渡した。
大喜びで走っていった奈通ちゃんを見送ってから、カッキーは考えを述べ始める。
「……ほかの新聞は、もっと早い時間に全て貼り終えていたんだけど。この2時台だけは、奈通ちゃんを連れてお母さんを探しながら歩いていたから、新聞を貼るのが遅くなったんだよ」
こういう言い方をすると、奈通ちゃんが、署名のいたずらが起きたのは自分のせいみたいに感じてしまうから、奈通ちゃんを予め遠ざけておいたのだろう。
「今回署名がされていたのは、西館3階の掲示板の新聞だったけれど……たしか、それが2時台最後なのよね?」
「あぁ。西館4階、東館4階、東館3階、東館2階……っていう順番で、ぐるっと回った。西館3階のあの新聞が2時台ラストだったんだ」
「…………」
「今まで、署名が見つかる時間はバラバラだった。当然、俺たちはそれが、署名が書かれる時間がバラバラだからだと思っていたけれど……分からなくなったな」
手口も、いつの間に署名が書かれたのかも、分からない。
もちろん動機も。
……私は、もはや、この不可解な署名事件に対して、言い表しようのない恐怖を感じていた。事件とか推理とかいった範疇を越えた、魔法のような事象に、ただただ困惑させられっぱなしだ。
「なあ」
こめかみにボールペンを当てて、カッキーは目を瞑る。
「……俺から提案がある」
「何かいい考えが?」
「どっちかって言うと、悪い考えかもしれないな」
「…………」
「安田さん。申し訳ないけれど、ここから先は新聞部だけの話にしたい。席を外してもらっても構わないかな?」
いつになく紳士的に微笑むカッキー。今回の件に必要以上に責任を感じているウサちゃんは、短く返事をすると、恐縮しきりでエレベーターホールをあとにした。
「悪い考えっていうものが何なのか、教えてもらおうじゃない」
部長としてのカッキーは信頼していないけれど、カッキーの頭脳に関しては、私は全面的に信頼している。
きっとそれは、『悪い考え』であっても、『拙い考え』ではないはずだ。
カッキーは、片方だけ口の端を上げて、歯を見せて微笑んだ。
それは3年間の付き合いの中で、私が初めて見た、カッキーの悪い顔だった。
「……この一連の犯行を、新聞部の出し物だってことにするのさ」
#
HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER3.5 TITLE:
『科学は魔法と大して変わらないものである』
〇視点:黒部空乃
〇同行者:小池咲
〇文化祭1日目・14時43分
「……まず始めに。このトリックの共犯者は、体育館の管理人、的場先生ですね。この場にいるかどうかは知りませんが」
咲の推理が始まり、さっそく生徒たちの間にどよめきが広がる。
マジックに関しては、私もかなり近くで見ていたんだけれど、全くトリックが分からなかった。マジックの披露中から絶えず流れている大袈裟なサーカス曲が、こつこつと舞台上を歩き回る咲のリズムに支配される。
マジ研の部長が、ステッキを持つ指をぴくっと動かしたのを、私は見逃さなかった。さすが咲、今回も図星を突いているみたいだ。
「今回のマジックは、至極有名で、ありふれたものでした。
一般人にカードを引かせ、そのマークと数字を、カードを見ていないマジシャンが当てるというもの。ちょっと本やテレビでマジックをかじったらできるようなマジックです。
……カードを当てるマジシャンが、目隠しをされた上にヘッドホンで全く周囲の音を聞き取れない状態になっていたという点を除けばですが」
今回のマジック対決において、マジ研が披露して見せたカード当てマジックの概要は、以下の通り。
カードを当てるマジシャンの文くんは、アイマスクをし、爆音ヘッドホンをし、ステージ真ん中の椅子に座る。
アシスタントの女子生徒が、カードに仕掛けがないことを私と咲に確認させる。
新聞部側である私、黒部空乃が、カードを1枚引く。ハートの12であることを確認して、目隠ししている文くん以外の全員にそれを開示。
万が一にも文くんに聞こえてしまってはいけないので、この間、会場は今よりも大きな音量でBGMだけが流れている状態で、誰一人としてカードのマークや数字を口に出すなどということはしていないことを強調しておこう。カードの開示は3分に渡ってたっぷり行われた。
その後、部長の手によって目隠しとヘッドホンが外された瞬間に、文くんは高らかに「ハートのクイーン!」と叫んだのだった。
……以上、ここまでが、マジ研のオリジナルマジックにして、咲が解くべき文章問題・『文くんはどのようにしてカードを見破ったでしょうか?』である。
「視覚も、聴覚も封じられた文くんが、どのようにしてカードを言い当てたのか。拘束を解かれた瞬間に言い当てたことから、アイマスクとヘッドホンを外されてから何かを見たり聞いたりしたわけではないと考えられます。
空乃、スマホのライトをオンにしてくれるか」
「了解ですぞ」
ステージ上は、スポットライトが当たりまくっているとはいえ薄暗い。
言われた通りライトをつける。真正面に立っていた部長さんが腕で目を覆って呻いた。ごめんね。
「よし、そのまま、文くんが座っていた椅子の下あたりを照らしてくれ」
こくり。
スマホの角度をそのままこくりと下げて、左右へゆっくりぐるりと回す。椅子の下でぴたりと止めた瞬間、私は、あっ、と声をあげた。
椅子が置いてある場所の、ちょっと前あたり……実際に座ったとしたら、足の裏が置かれる位置。
ステージの板の色が……違う?
ありがとう空乃、と一言言うと、ゴトッ、と、そのステージの板を簡単に外してしまった。そうしてできた穴に、部長からステッキを借りて、ゆるりと入れて見せた。
おおっ、と声があがったのを聞いて、咲は満足げに微笑んだ。
「ここまで来れば、もうみなさんにも事の真相がお分かりでしょう。
視覚と聴覚が封じられている。味覚と嗅覚はカードのマークと数字を当てることには役立たない。ならば残る感覚は触覚です」
咲がゆっくりと私の後ろに近付いてきて、私の背中に大きくハートマークを書いたあと、肩を12回つついた。
「空乃。私は背中に何を書いた?」
「ハート」
「私は何回肩をつついた?」
「12回」
「では空乃。アシスタントの女子生徒はどこに行った?」
「え? ……あっ、いない!」
「……この床の下だよ」
咲が、自分のヘッドセットを外して、ステージの床にそれを置く。
こんこん、と2回ノックすると、こんこん……と、なんとなく気弱そうな返事が返ってきた。
「アシスタントを務めていた女子生徒は、カードのマークと数字を覚えると、すぐに舞台袖に引っ込んで、そこからこの床下に降りたのです。そしてそこで板を外し、文くんの足裏に直接サインを送った」
「待った、咲。今床板を外した時みたいに、ゴトッ、て音がしたら、気が付くはずじゃない?」
「マジックの披露中は今よりも大音量でBGMが流れていた。スポットライトは私たちの顔を狙って当てていたから足元は暗かったし、これらは全て、床板のトリックを隠すため意図的に演出されたものだったんだよ」
全ての証明が終わり、ステージが静まり返る。
場を支配した咲は、得意げに借りたままのステッキをくるっと回すと、
「以上です。何か間違いがあれば言ってください」
完全勝利宣言をして、再び場を沸かせた。
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HIGASHITAISEI HIGHSCHOOL FESTIVAL
CHAPTER3.6 TITLE:
『曽布川喜彰は過去を清算できない』
〇視点:曽布川喜彰
〇同行者:卯月一日
〇文化祭1日目・14時58分
「エイプリル女。買い食いする金なら持たせてやるからどっか行け」
「分かりました!」
「…………チッ」
立ち入り禁止の屋上、自殺防止のためひどく高い柵にもたれかかって缶コーヒーを飲む俺と、言葉とは真逆に、全く以て俺のそばから離れようとしないムカつく後輩女子が1人。
いっつも顔に貼り付けているニコニコ笑顔とは真逆に、何も感じず何にも感動しないそのクソガキの名は、
卯月一日は真逆である。
言うこと、表情、殆どが日常生活に差し障りのない程度に真逆で、天邪鬼なのだ。けして俺のような嘘吐きというわけではない、真逆。
おおよそ、小さい頃にそういう言われたのと真逆のことをすれば親から面白がってもらえたからとか、そんなしょうもない理由で人格形成を歪められたのだろうが、こいつの真逆に悪意はない。
例の体育祭での失態のあと、2、3ヶ月ほど続いた俺とクラスメイトとの抗争の間に、成り行きとはいえこいつの問題を解決してしまったおかげで懐かれてしまった。もっとも、この場で語るほどの物語でもなければ、この場で説明できるほどの事情でもないのだが。
悪意のない真逆、そしてエイプリルフールを表すその名前から、俺はコイツを親愛と皮肉と悪意の情を以て『エイプリル女』と呼称している。
真逆とは言ったが、半分は従順なヤツだ。
無糖のコーヒーを買ってこいと命じたらすぐに買いに走るくらいには『従順』だ。残りの半分は、無糖という部分を無視して甘めのコーヒーを買ってきやがるという『真逆』なのが困りものだけれど。
だから、この時も、俺がどっか行ってろと命じればどっか行ってくれると思って命令したのだが……一筋縄ではいかないようだ。
「……これから昔の知り合いと話をするとは言ったが、お前が見て面白いようなものでもない。ていうか純粋に邪魔だからどっか行けぇ、鬱陶しい。朝はいなかったくせに」
「パイセン、嘘言いませんもんね」
「嘘じゃねぇっつってんだろうが。とにかく……」
「とにかく、パイセンがその人と話を始めるまでには、どこか行きますから!」
……俺がアイツと話するまでどこにも行かないって意味じゃねーか。
とまぁ、このように、脳内でワンクッション翻訳を挟みさえすればこいつとの会話は容易い。
俺と対照的にいつもニコニコしてはいるが、実際のところ内心は常に不機嫌みたいな奴だし、パッツン女みたいな陽キャラが『
しかし、今のように時折酷く強情になることもあり、そういう時の扱いはそれはもう面倒なのだが……。
「……別にいてもいい。口出しはするなよ」
「それは分かりません」
「……よし」
口出しはしない、ということだ。
少し安堵したところで、俺達の立つ屋上を冷たい風が吹き抜けた。
屋上出入り口を振り向く。風上に向かって立つ形となり、ワックスで後ろに撫でつけた髪が、セットを崩さない程度に微妙に揺れた。
チャリ。……ガチャ。
立ち入り禁止のチェーンを踏む音。屋上のドアを開く音。
コツ、コツ。……ガシャン!!
屋上の真ん中へ歩みを進める足音。屋上のドアが勢いよく閉まる音。
「ははは……屋上に呼び出しなんて、なんかドラマチックじゃんか」
「……お前が主役のドラマに付き合わされるのはうんざりだ」
「相変わらず何言ってんのか分かんねー奴だな」
俺を醜く歪めた男。
俺を惨めにさせた男。
俺を孤独にさせた男。
俺が、人生を滅茶苦茶にしてやった男。
「雰囲気変わったな……曽布川」
「お前のおかげだよ。弓原ァ」
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