第2話 秋の色

ずっと家の前にいても仕方がないのでとりあえず、挙動不審になりつつもあるきだす。

住宅街というだけあってどこを見ても同じような家ばかりが並んでいて、自分の家さえわからなくなってしまいそうだ。

実を言うと、一人で外出できたことは私にとって都合が良かった。少し一人で考えたい事があったのだ。それは夫のことである。本当はこの立派な一軒家も私達夫婦のものではない。夫のお兄さん、つまりはお義兄にいさん一家のものである。数ヶ月ほど前、夫の引きこもりが重症化した頃に突然お義兄さんから連絡があったのだ。話によると夫の仕事はうまく行っていないそうでこのままでは職もあやういらしく、責任を感じているのだという。

だから気分転換や実家に頼れるようにと自分の転勤を理由に私達に家をかしてくれたのだ。だが、私は夫からそんな話を聞いたことはなかった。

同じ家族になったはずなのに私にだけ何も知らされていないことがけっこうショックだった。たとえそれが気遣いのうえであったとしてもだ。

結局彼も家にこもっちゃってるし、あんまり効果なかったのかな…。

曲がりくねった道をさまよいながらぼんやりとそんなことを考えてみる。

「でも、せっかくお義兄さんがつくってくれた機会だもの…」

そうつぶやいて私は自分を鼓舞する。

そういえばここらへんはもみじがよく落ちてるわね。

ふと思い立ってあたりを見渡してみると、この山に囲まれた住宅街は真昼の太陽と赤いもみじで、眩しく照らされていた。

「うわ、きれい…。」

思わず言葉が口をついてこぼれた。

もともと都会育ちの私にはこういう景色に馴染みがない。季節感を感じさせない高層ビルに囲まれて育ったからだ。この地元に来るまで紅葉なんて観光地でしか見れないと思っていた。

よし、少しだけ観光をしよう。

そして、夫を案内してあげよう。

地元の美しい景色を見たらきっと元気になってくれるはず。

私はそう思って『帰りは遅くなります。昼食は冷蔵庫の中身を適当に食べてください。』と夫に短いメールを打った。

朝のパンと牛乳は残ってたし、きっと大丈夫よね?

多少の不安はあるものの日頃全く家事をしない夫にはいい機会だ。

私はすっかり気持ちを入れ替えて目の前に続く道を歩みだした。


***


向かったのは国宝まであるという永保寺だった。

少し怪しげな木々に囲まれた石畳いしだたみの小道に恐る恐る踏み入るとそこはまさに赤の世界と呼ぶのにふさわしかった。真っ赤に染まった葉が風に揺られてはひらひらと落ちている。石畳の道のはずなのに少し進むと赤のカーペットで覆われていた。それを踏みしめながら行くと、その向こうには和の世界が広がっていた。太陽の白い光と山々の緑、そして赤の木々に囲まれて悠然とたつ寺、その美しさを留めるかのようにその姿を映す澄んだ池。そこに漂う落ち葉たちさえその言葉にしきれない美しさを彩っていた。

すごいところにきてしまった。

私は驚きのあまり言葉を失っていた。

日本人として恥ずかしいことだが私は寺とは無縁の身だった。まず、家の近くに寺などなかったのだ。でもまさか、ここまで美しいとは思っても見なかった。

この際だから景色だけとは言わずいろいろ見て回ろう。

私はざくざくと音のするじゃり道を踏んだ。


だがしかし、しばらくして現実に引き戻される。

「あー、これはちょっと予定外だわ」

気がつけばそれは夕陽の色に染まっていた。

しまった、スマホの地図によると今からスーパーまで行って帰るとなるとなると結構かかるはずだ。

「うう、お腹も空いた…。」

そういえば、昼ごはんをとり忘れていた。

しかたない、もっと見ていたかったけれどそれは今度にするしかない。

私は後ろ髪を引かれる思いで永保寺を後にした。








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