第135話 マイホーム

3つの集落を回って一番感触のいい集落に居を構えることにした。いつだって頼もしいのは現物資産。これぞ時代と空間を越える永遠の友達。気持ちよく永遠の友達こと宝石ちゃん数点にお別れを告げてログハウスのような家を注文した。遠くの方から聞こえてくる永遠の友達じゃなかったの?なんて声には耳を塞いでしまおう。だってそれは幻聴だから。少し大きめの家を建てるため集落の端の方の空き地を借りた。


集落の長には既に袖の下を渡していい感じのズブズブ関係を構築済みだ。家具も家と同時に麓の町の大工に発注し生活用品は集落にある小さい店から大量購入予定。こちらにも黄金の力を流して俺の株価を暴騰させていく。


現状家はまだ建っていないので建設予定地の横でテントを張って暮らしている。宿なんかない小さい集落だからね。戸数でいっても20もない。


住人のほとんどは狸っぽい獣人だ。最初は招かれざる客といった感じで、けんもほろろな対応だったが集落長を懐柔した後は一気に距離が縮まった。俺達の引越しによる集落のプチバブルが一役買ったのは間違いない。行商にくる商人からも大量に食料などを購入し、集落中にご馳走しながら親交を深めた。


この集落を含めてこの辺りを治めているのは山の麓の町にいる領主だ。町の町長は別にいる。つまり麓の町は領都ってことだね。そして俺達はそこに税を納めなければならないようだ。税は集落に対して課せられているようで俺達が家を構えたことで町に払う税が増えるかもしれないとのこと。まだよく分からん。


税を払うにしても家一軒に人が三名程度ではたかが知れているだろう。俺にはまだまだ現物がある。集落長と話合って、税負担が増えたら教えてくれと頼んでおいた。


この集落は基本的に山の恵みで生計を立てている。魔物狩りと食用の木の実や果物やキノコなどなどなど。そう!そこにキノコがある限り、人はそれを無視し続けることなどできないのだ。シイタケ的なものを見つけて育てるのもいいかもしれない。


これはいよいよ前世の知識をドヤ顔で披露する場面が訪れるのか?。よい子のみんな!俺流知識無双が始まるよ!的な?とはいえ俺にはキノコ栽培のノウハウなんて皆無。栽培のさの字も知らない。つまりこの妄想はまったくの無駄。キノコよ、お前はどうしてそこに生えている?お前さえいなければ俺はこんな妄想に時間を浪費しなくてすんだのに・・・。


だったら他に何か思いつくものないかな?狩りに使う弓とか?ボーガン的な発明はこれまで見たことなかったからそっち方面?だがここでも当然問題になるのは俺にボーガン的なものの知識はないということ。似た雰囲気のものを作ってもらうことは出来るかもしれないが今すぐ必要という訳でもないのでパスしよう。あれ?雲行きが怪しくなってきたぞ?


ちょっと待てよ?俺の内にある現代知識はこの世界では全く意味のないものなのか?うん。実はこれについては幼い子供時代に結論が出ている。使えそうなものがなくはないがそれほど有用なものはないと!


悲しい事実だがそれが現実。だって前世の俺ってただのユーザーだったんだぜ?例えば交通革命を起こす場合を例に考えてみよう。自動車?機関車?電車?飛行機?そう、皆様ご承知の通りそれらを俺が作れるわけがない!


工業製品なんてあり得ないっすよ先輩。ネジ一本作れないっす。無理っす。いやマジっす!馬車というか荷車一つ作る自信ないんだぜ?無茶を言わんでください!


服のデザインとか靴とかパッと思いつく限りではそんなこまごました部分でちょっと改善できる気がする程度かな。水準を一気に高める風なことはほぼほぼ出来ませんぜ旦那。


ただのユーザーとはつまり消費者。使っているようで使われている、楽しんでいるようで弄ばれている存在。使い方は分かっても仕組みなんて全く分かりません。


頑張って知識をひねり出して、きっかけだけでも提供できれば色々便利になる?それはそうだろう。だがここでもちょっとストップがかかる。何を隠そう俺はそんな便利なんて求めていない!不便なことは多いが俺は結構現状に満足しちゃったりなんかしているということ!


自動車なんてなくてもお馬さんがいる。銃やミサイルがなくても剣や弓で原始的とも思える狩りに汗水はおろか血まで流しているこの環境が心躍るんだ。


息の詰まるような、わけのわからない情念が飽和したような前世の暮らしよりも、理不尽な理由で簡単に奴隷に落とされてしまうようなこの世界の方が楽しい。魔法は無くてもよかったとは思うけどね。


便利だから幸福とは限らないし、幸福だから楽しいとは限らない。ごちゃごちゃとそれらしいことを言ってはみたが、結論は現状維持がハッピーだということだ。

そして改めて注目すべき大事なことは、俺には知識と呼べるようなご大層なものなんかないも同然だという事。


出来ることならネットでゲームをしながらピザの宅配で腹を満たし、500メートル移動するにもタクシーを呼ばねばならぬほど肥満しつつも、”これはきたるプチ氷河期にそなえて脂肪を蓄えているんだ”などとひどい言い訳だと理解しながらも、決してそんなライフスタイルを変えようとは思わないし、そんな自分に満足している、病的な現代人のひとりになりたいだなんて思っていない。ホントだよ。そんなこと思っていない。俺に知識がないことに対する悔し紛れの発言じゃないよ?


あーあ。家に引きこもってゲームしてーなー。おっと、ついつい心にもないことを口ばしってしまった。聞かなかったことにして欲しい。


「チャンネリ、狩りに行こうぜ。体が鈍らないように」


「今日は集落の人達と一緒に狩りと採取に行く約束してるんだ。キーンも一緒に行く?」


「いいの?なら一緒に行こうかな。シュラーはどこいった?」


「知らない。ゴミ捨て場に捨てられてるんじゃないかな?多分だけど」


相変わらずシュラーに対する扱いがひどいな。そしてチャンネリはここでも周囲にとけ込むのが早い。チャンネリと一緒に集落唯一の出入口に向かうと既に何人かが門のところで待っていた。


挨拶を交わして同行の許しを貰う。まだ何人か来るということなので待機。その間に狩りの予定を聞いておく。


5人一組で行動し有用な植物なんかを採取をしながら獲物を探すようだ。罠もいくつか仕掛けてあるのでその確認もする。弓も使うがメインは投げ槍のようだ。刃にはかえしがついているからこれは銛だな。


「矢では威力が足りないし、剣を十分に振れるような場所は少ない。俺達にはこれが一番合ってるんだ」


教えてくれたのはラッブルという男。年齢は四十近いそうだが、結構若くみえる。獣人の年齢はいまいちよくわからん。


それにしても山の木々のなかで槍?と思ったが説明を聞いてみるとそんなもんかと納得した。ここの人達の体格は全体的に小さめで身長も俺と大して変わらないから、力もそれほど強くないのだろう。俊敏な感じもしないし。


どんな魔法を使うのか知らないが、この感じだと身体強化ではないようだ。だからこその投げ槍だと思うんだけど・・・どうだろう?


「みんなはどんな魔法を使うんですか?ちなみに俺は気配察知で、こっちのチャンネリは身体強化です」


「チャンネリの魔法のことは昨日聞いたよ。だから今日狩りに誘ったんだ。あんたは気配察知か。それは頼もしいな。今日はよろしく頼むよ。俺達の魔法は風系の魔法を使うやつがほとんどだ。昔はもっと色々あったらしいがな」


風系の?と聞くと、「突風」という風を押し出すような、文字通りの魔法だという言う。風の魔法ならカッター的な風の刃系だろうと思ったのに違うらしい。


「確かに突風というのはウィンドカッターなんかに比べたら攻撃力は低い。でも便利だぞ?槍に勢いもつけられるし、防御にも使える。上手く使えば風上、風下を問わずに獲物に接近もしやすくなるしな」


実際見たわけではないから分からないけど、それだけ聞くとなるほどの便利さだ。


「しかもカッターとかの攻撃魔法に比べたら魔力の消費がすごく少なくて済むんだ。威力を上げようと思ったらそれなりに使うがな」


なるほど。それはかなりの利点だ。俺の気配察知は魔力的なものをほとんど消費しない特殊仕様だが、魔道具の身体強化はちょっと使っただけで驚くほど疲れる。燃費ってもの凄く大事だよね!


ウィンドカッターを2、3発使ったらもう立てません、ではお話にならない。何も強大な怪物と戦うわけじゃないんだから圧倒的な攻撃力より、省エネで汎用性のある魔法がいいってことか。


ここの人達は「身体強化」より「突風」に活路を見出した。つまり中心は対魔物であって対人は割り切って捨てているということかもしれない。


でも山で突風に押されて傾斜を転がれば無事ではすまないよな。さらに崖かなんかあれば恐ろしいことになりそうだ。対人でも優秀なのかもしれない。やはり魔法はどれも恐ろしい。結局は使い方次第だ。


「よし、揃ったな。今日は2人増えたから1班と2班にひとりずつ入ってもらう。チャンネリは予定通り1班だ。こっちのキーンは2班だ。ガッタ、頼んだ。キーンは気配察知が使える。念願だった魔法での獲物探しができるぞ」


ガッタに向かってどうもと会釈しておく。


「よし。出発しよう。怪我に気をつけて無理はするなよ!」


皆がオウ!と声を上げてすぐ出発。俺が加わることになった2班の人達とは歩きながら挨拶を交わす。一応集落の全員とは面識があるし、食事を振舞った時に多少仲良くもなっているのですぐに普通に会話を始めることができた。


「キーン。集落の皆が気になっていることなんだが、その首輪は何か事情があるのか?お前が奴隷ではないということは分かっているが、やっぱり気になってな。初対面でいきなり聞くのも悪いから前は聞けなかったが」


ガッタは二十代の若者らしく好奇心旺盛だな。人には迂闊に踏み込んではいけない領域があるということを真剣に考えたことがないんだろう。


心のデリケートな部分を無邪気にタッチされたからと言って殺意をおぼえるほど堕ちてはいないが俺の衝動の扉はそんなに頑丈ではないよ?


大した罪もないのに独自の基準、判断で人を殺めたことのあるクソ野郎の俺は眉間に皺を寄せてちょっと空気をピリつかせて見る。これでもさらに踏み込んでくるようなら、頭のおかしいヤツとはどういうものか教えてあげよう。


「ガッタ。そういうのはまだ早いよ」


同じ年齢くらいの別の人がガッタに注意してくれた。うん、やっぱりここの人達は空気が読める率が高い。お人よしだと言ってもいいくらいだ。


ガッタの質問にも悪意は感じられなかったのは分かっていたのにちょっと過剰に反応してしまったな。悪い癖がついたもんだ。直すつもりはないけど。


でもこれからは俺もここの人達と仲良くやっていかなきゃいけない。なのでさっさと首輪のことを説明した。所詮は他人事なのか、あるいは気を遣ってくれたのか反応はあまり返ってこなかった。ちょっと会話が途切れてしまったが・・・。


「コボルトがいますね。あっちの方角に距離150、数2です」


おぉと感嘆の声が聞こえる。


「すごいな。俺達の鼻や耳では全く分からん。すごい」


俺も「突風」を早く見たいから協力は惜しまない。コボルトなんて旨味のない獲物だが数は減らしておくに限る。


幸いこちらが風下なので山道をするすると移動していく。さすが獣人なのか、足取りが軽いし足音も小さい。距離30でコボルトを視界に捕らえた。


ガッタが槍を構えてワンステップで投げる。え?それでいけるの?といったところだが槍が手を離れてすぐ加速した。おお!これが!格好いいな。渋くもある。


風を巻いて飛んでいった槍は、あぁ無情。コボルト君のボディをしっかりと貫きその命に終止符を打った。弱肉強食だバカ野郎!そんなところで食料を探していた己の不幸を、いるかいないか知らないコボルトの神に訴えるんだな。


発見してしまった以上はきっちり始末しとかないと回りまわって自分の首を絞める可能性だってあるんだから見逃すわけにはいかなかったよ。魔物のなかでは小型で非力なコボルト君を殺る時はちょっと感傷的になる。それからは少し落ちた気分のまま数時間狩りに精を出した。


獲物が運びきれなくなる前に集落に戻り、帰りを待っていた女性陣に成果を渡す。チャンネリ達は既に戻っていた。大物を仕留めて早々に狩りを切り上げたらしい。もちろん仕留めたのは謎の女チャンネリちゃんだ。チャンネリを称える声がそこかしこで聞こえた。


「よぉキーン。帰ってきたか。疲れてるところ悪いがちょっと聞いてくれ」


シュラーが真面目な顔で現れてテントまで戻ってから話始める。


「今日町から商人が来たんで色々話してたんだが、こんなもんを渡された。領主からの召喚状だ。来いというだけで、理由については何も書いてない。商人の話ではあまり良い話ではないだろうってことだ。まぁその商人の個人的な見解らしいが・・・なんだろうな?」


麓の町にいる領主が俺達を呼び出し?町長でもなく領主が?事前の調査では領主は平凡な男。統治は可もなく不可もなくといったところ。というかぶっちゃけ部下に丸投げで自身はなにもしていないはず。だからこそ面倒事も少なそうだとここらに拠点を構えることにしたんだが・・・見誤ったか?


流れの冒険者が山のなかに住もうというだけで呼び出しなんて普通じゃないよね。あーあ。家はまだ建ってないから俺達はまだ領民としての届けなんて出していない。面倒なことを言われたらさっさと出て行こう。投資した金が泡と消えるのは悲しいがそんなことよりストレス回避が優先だ。


「分からんけど面倒事を抱えたくないな。場合によってはまた旅生活に戻ろう」


「キーン。それはお前の悪い癖だぞ。まだどんな話かも分かってないし、そんなことじゃ俺達いつまで経っても拠点なんて作れないじゃないか。無論程度にもよるが多少の面倒ならば少し努力して片付ければいい。まだそんなに日も経っていないが俺はここを結構気に入ったしな」


それもそうだな。俺だってこの集落や山は気に入ってる。とりあえず領主の呼び出しとやらに応えてみるしかないか。

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