第117話 感情の魔

「なんだ。じゃあキーンはハンブルン王国の聖域を知っているのか」


「あぁ。そういうあんたこそハンブルンを知っているのか?」


「名前と大体の場所くらいはな。その程度だ」


「そりゃいい。この国から行くとしたらどうしたらいい?」


「ハンブルンへ?ハッハッハッ!お前そりゃ並大抵じゃないぞ。下手すりゃ年単位でかかる」


「そこまで遠いか。一応聞かせてくれないか?」


「えー?どうしよっかなぁ。・・・誰にも言わない?」




俺は現在浅黒君達一族の村で暮らしている。驚くなかれ、なんと彼等は地下に村を作って生活しているのだ。大規模な村とはお世辞にも言えないが、ここで二百人ほどが生活しているという。スライムダンジョンよりよほどダンジョンっぽい雰囲気だ。いや基地と言った方が近いかな?


村長に話を通して俺はしばらくここに置いてもらう許しを得た。ここが聖域で、俺は今話題の町から来た元奴隷でと、ひと悶着あると予想していたが話は意外と簡単についた。


理由は彼らの生業にある。ずばりスパイだ。渋いよね。情報を集めて売ることで生計を立てているんだってさ。渋く輝いて見えるよね。


各ギルドでも情報の売買は行われているがそこで行われているのは受身の商売。ギルドは持ち込まれた情報を買いはするが、人を使って積極的に収集するなどはしていない。実にクソみたいな殿様商売野郎共の集まりなのだ。


この村の人達は周辺国をまたにかけて積極的に情報を収集しているらしい。つまりクソギルドなんてお話にならない信頼と実績に裏打ちされた情報集団。暗殺などは業務範囲外だそうだが命の危険が付きまとう仕事をしているだけあって戦闘能力も高いようだ。


俺は話題沸騰の町から来た今一番ホットな奴隷。その名もキーン。軽い交渉を挟んで彼らにベリーホットな情報も提供したもんだから、客人としての待遇を得られたこともマンモス当然なのだ。あんだすたーん?


細かいことは何も決めていなかったが、お互いいい感じに利用し合おうぜと暗黙の了解を取り、俺も適当に欲しい情報を貰っている。


情報を飯のタネにしている連中だからもっと陰湿な性格をしているかと思ったが、実際は実にさっぱりした気持ちのいい連中だった。この人好きの良さで情報を引っ張ってるのかもしれないな。この人たらし集団が!


「じゃあここは他の聖域と繋がりはないんだ?」


「ああ、昔はあったらしいがな。今は連中とは別口だ。お前がよその聖域で揉め事を起こしてたとしても俺達には関係ないな」


「そうか。じゃあそんなよその聖域で揉め事を起こしたバカな子供の情報を担保に聖域関係の情報を売ってくれないか?」


「ハハハ。担保としては価値が弱いな。遠国の話だろ?それともお前自身にそれ程の価値があるのか?」


「さぁな。でもあんた達の知らないことを知っているかもよ?」


「かもよ、じゃ困るなぁ。それじゃあ腹は膨れないぜキーン。これは食べられるかもよ?なんてものを出されてもよ、そんなもんは食えねぇよなぁ」


彼等とはいつもこんな感じで交渉している。なんとしてでも欲しいという訳でもないので、俺は多少自分に不利になろうが構わず取引をするが、ある程度の駆け引きはそれ自体がなかなか面白いので行うようにしている。


日常会話のなかですら彼等は駆け引きをするのだ。それが彼等の修行で、その成果のほどが生死に繋がるのだから俺なんかが勝てるわけがないよね。


それでも仲良くなってくると取引終了時におまけをくれるようになった。奴隷だろうと貴族だろうと関係ない。大切なのは情報だ!といった彼等の態度が自然と俺の心の壁を越えてきたのかもしれない。


簡単なもんだなキーン!それだって彼等の手練手管だろ?お前はすっかり丸め込まれてるんだよ!というのは尤もだ。しかしこうも気持ちよく騙されるなら悪くはない。命の危険を感じるレベルならば俺だって躊躇なんてしないが、きっと彼等はそんなヘマはしないんだろうな。


色んな意味で強いよ。俺では逆立ちしたって勝てやしない。こうまで見事だとさすがに俺も考えさせられる。集団と個の長所と短所。血と歴史。時間と空間。思わぬところでいいモデルを見せてもらったな。


「なぁ。ここにも御神体があるんだよな?」


「もちろん。お前に見せるわけにはいかないがな」


「あいつ等の目的って何なんだ?」


「あいつ等って?」


「巡礼の親玉だよ」


「ハハハ。そいつはダメだキーン。お前の予算じゃ手が出ないぜ」


つまりはそれほどまでに貴重な情報ってことか。奴隷の反乱からなにから俺のこれまでの経験はもう大分売ってしまったからなぁ。これ以上払うものがない。


ここの御神体を人質に・・・なんて考えが微かに浮かぶけど、その御神体もどこにあるのか分からない。「気配察知」の範囲外なのか、俺の魔法が通用していないのか・・・。


あと売物で残っているのは・・・魔法関係とあのクソエルフ関係。ここの連中は俺がどんなにクズで極悪人でも涼しい顔して取引するだろう。そして俺の情報を売ったとしても、俺自身を直接どうこうしようとは考えていない。


それはつまりもう既に俺の情報はどこかへ売られていて、この聖域を一歩出たら敵さんに囲まれることが決定しているのかもしれないってことなんだが、さて。


実際聖域関係の情報を得られたしても俺に出来ることはないだろう。下手な知恵をつけてわざわざ俺という餌の価値を高めて、外に出たときの危険レベルを上げる必要なんてまったくない。


しかし好奇心の鎌は俺の首筋にピタリと当てられていて、自殺するのを今か今かと待っている。つまり鎌の持ち主は俺自身。体に有害だと分かっていても手をだしてしまう嗜好品のように、知らない方がいいと分かっていても知りたくなってしまう感情の魔。


毒気を抜かれつつある俺だがいざとなったらここの連中をこの聖域で・・・まぁ勝てんわな。彼等がどんな魔法を持っているのかすら分からない。


「気配察知」で彼等の様子を盗み見てはいるものの、魔法らしきものを使っている場面は見たことがない。部外者の俺という存在がいるからそうしているのか、もともと用心深くて聖域内では魔法禁止なんてルールがあるのかは知らないが、尻尾を掴ませない。


あの聖域で踏ん反り返っていた独裁者と同じように「祈り」の魔法が使えるとしたら俺は既に洗脳されているのかもしれないよね。だとしたらこの聖域に入った時点で俺の負けだったってことじゃないか。


いつも通り強者が弱者を食い物にしているだけのこと。彼等浅黒連中が魔法使いじゃなかったとしても、もしかしたらという背景があるだけで二の足を踏まされるし。洗脳云々はもちろん俺の勝手な想像だが少なくとも聖域の守人はいるはずだ。それだけでもう俺に勝ち目はないだろう。


「なぁキホーテ。お前は幸せか?」


俺のセンチメンタルレベルは臨界を迎える勢いだ。何のために生まれてきたのか?なんていう百害あって一利なしの疑問を馬に対してぶつけてしまうくらい今の俺は腐っている。


奴隷時代に蓄えた歪んだ憎悪はまだまだ熱く煮えたぎっているが、そこから無理やり削りだした憎しみの刃は未だ刺す相手を見つけられないでいる。なんと言っても憎悪のさらに向こうには、既に醒めてしまってどうでもいいやと思ってる自分がいることをはっきり自覚しているんだ。これもセンチメンタルが俺に見せる幻なのか?ただ腐っている自分に対する精神的な罰なのか?


よし、これはもうここの連中と楽しめるだけ楽しむことにしよう。最終的に嵌められたとしてもひとりぐらいは道連れにできるだろうさ。


「なぁ。金銀ミスリルとか宝石がどの辺りで採れるか情報を売ってくれないか?」


それにはまずは金稼ぎだ!全ては金の奴隷。家族だって売り飛ばしちゃう世の中。世界で日々無限に演じられる喜劇を特等席から見るためにはそれなりに積むものを積まないとね!

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