第114話 約束

「調子に乗るな!誰に口をきいている!奴隷ごときが!」


お嬢ちゃんがヒステリーを起こしている。俺は親切に警告しただけなのにひどい言われようだ。そういうヒステリーはお家に帰ってぬるま湯につかりながらやってくれよ。キンキン声が頭に響いて耳障りだからさ。


「ハハハ。うるさいガキですね。僕はもうここで降ろしてください」


俺の沸点は今すごく低いんだから些細なことでもキレちゃうよ?眠いし。


「ミン!お前は黙っていろ。次に余計なことを口走れば捨てていくぞ」


「父さん・・・なんで!まさかこんな奴隷に気を遣っているの?バカみたい!」


おっさんは馬車を止めて、ワンちゃんに手綱を預けるとお嬢ちゃんを馬車から降ろして頬を引っ叩く。


やめて!なんで!父さん!と泣き叫ぶ娘を無言で折檻するおっさん。面白いおっさんだな。なかなかシュールな画が見れて俺の渇きも少し癒えた。まぁでもそんなことするぐらいならあらかじめちゃんと教育しとけばいいのに。


「キーン君。待たせたね。すまないがもう少し付き合って欲しい」


お嬢ちゃんは泣きながらなんだかぐだぐだ言ってるが、仕方ないから無視してあげよう。親の心子知らず。馬車はまた動き出す。


「後ろの獣人の方にいきなり斬られるのは嫌なんですが。ねぇ?」


ワンちゃんに目線を送ると涼しい顔で流されてしまった。お前の「気配察知」で何ができる?って顔だな。まぁ普通ならそう思うよな?それでオッケーだよワンちゃん。そう思ってくれた方が俺も助かるよ。


「デイは私の護衛だからね」


だからなんだよおっさん。だがこの手の切り返しはよくあるパターンだからスルー。こちらも涼しい顔して黙る。


「それで奴隷で魔法を使えるのは何人くらいなのかな?」


「さぁ。僕も偶然魔法を手に入れる機会があっただけで、他の奴隷については知りません」


「しかし実際見たものはあるんだろう?」


「ええ。ですがそこは下手に掘り下げない方がいいですよ?お互いのためにも」


「どういうことかな?」


「僕から引き出した情報をどこかに売るつもりなんでしょう?そしたらどこでそんな情報を掴んだんだって話になりますよね?あなたはあることないことで疑われるかもしれませんよ?そうじゃなくても色んな所から怒りを買う可能性が高いですね。僕も情報源として目をつけられたくないので」


「なるほど。ふむ。そうか。そうなるか。デイ?」


「可能性は低くないかと。俺としては下手に首を突っ込まないことをお勧めします。もっと一般的なルートから情報を引っ張ってきた方がまだいいでしょう。もちろんその分大した話は聞けないでしょうが。俺にも独自の伝手はありますが・・・あまり深い情報は難しいですね。かなりの事件ですから」


「そうか。そうだな。だったら・・・」


おっさんはひとりで考え始めてしまった。お馬さんをしっかりコントロールして欲しいが、静かになってよかったという部分もある。この隙にちょっとこっちも確認しとこう。


「デイさんと言いましたか?ちょっと聞きたいんですけど、僕を捕まえるとかするつもりありますか?」


「何を。捕まえる?どういう意味だ?」


「そういうのはもういいです。どうですか?教えてくれたっていいでしょう?僕はもう自分の魔法という情報も先に晒してるんですよ?あなたの魔法は知りませんが何かしら使えるんでしょう?だったら僕を恐れる要素はないはずだ」


「おいおい、キーン君。そういう事は私に聞いてくれ。彼の雇い主は私だよ。それでキミのことだが、最初に約束した通りだよ。情報と引き換えに町までは送る。そこからはキミの自由だ。対価は十分に貰ったし私もこれから忙しくなりそうだからね。キミのことをどうこうしようなんて考えていないよ」


ふーん。ホントかな?まぁどっちでもいいんだけどね。


「ところで儲かってますか?あなたは商人なんですよね?主人自らが商品の販売ですか?店があると言っていたように記憶していますが?」


「ハハハ。なかなか鋭いね。今回は特別だ。娘の教育を兼ねて私が連れてきたんだよ。そろそろこの子にも経験を積ませようと思ってね。儲かってるかって?そうだな。町ではそれなりに認められてるとは思うよ」


「なるほど。地図なんかは扱ってないですよね?または遠国に詳しい人の伝手なんかあれば紹介して欲しいんですけど」


「地図はあるが、さっきキミに話した以上の情報はないと思ってくれ。それでもいいなら売ろう。遠国の情報に関してはギルドあたりで聞くのがいいと思うが、正直奴隷のキミでは厳しいだろう。手伝うことは出来るがね」


「あぁ。なら結構です。自分で何とかしますから」


途中何度か休憩をしながら次の町を目指す。やはり馬はいいな。あんな荷物を積んでいるのに頑張って走ってくれる。大人しく従順で働き者の頑張り屋さん、俺はお前らが大好きだよ。


「じゃあ僕はこの辺で」


「そうか?もうここで?私の奴隷としておけば町にも普通に入れるんだが」


「それ僕に何の得があるんですか?」


「足が必要なのだろう?情報も必要としているみたいだったから誘ってみただけだが・・・迷惑だったらもうやめよう」


「父さん。もういい加減にして!これ我慢できない!そんな汚らしい奴隷に!私は恥ずかしくて死にそうだわ!」


お嬢ちゃんまた元気になったもんだ。


「ハハハ。すまんね。娘もうるさいからここでお別れしようか?」


「ハハハ。そうですね。あ、最後に一つ。僕の情報も機を見て売るつもりですよね?でもそれは止めた方がいいですよ?」


「なぜかな?それも含めた取引だと思っていたんだが?」


見解の相違ってやつかな?でもそういうセリフを吐くのって俺を殺すなり拘束してからじゃないのか?内心を吐くほど仲良くなったわけでもないんだからさ。いや、俺の考え方がおかしいのか?


まぁいいか。背嚢を地面に下ろして中身を漁ってからゆっくり短剣を引っ張り出す。結局笑顔でお別れとはいかないみたいだな。短剣を構えてワンちゃんにズームイン。さて俺は一瞬で殺されるかな?


「お前!どういうつもりだ!」


ワンちゃんはご丁寧に警告してくれる。抜き身の剣を構えてる相手にどういうつもりか聞くなんて最高にハッピーなヤツだな。アホ丸出しの質問のおかげで生き残る自信が少しついたよ。


「犬は尻尾振るのに大忙しだな。ハハハ。どういうつもりだ!だなんて?ハハハ、脳ミソ沸いてんのか?」


安い挑発には乗らない様子のワンちゃんだが、会話のおかげでリズムができた。「気配察知」に力をこめる。未来が見えるわけじゃないので未だ無反応。これが本番だ。焦るな、焦るな、焦るな、焦るな。


「殺すなよ。いい値で売れる」


おっさんがワンちゃんに指示する。ハハハハハ!だよなだよな!切り替えが早くて助かるよ。穢れた奴隷がケンカを売ってきたから返り討ちにしただけだもんな?だったらあんたの良心は毛ほども痛まないで済む。まぁ良心なんてもんがあったらの話だけどね。しかも俺って攻撃用じゃない魔法まで持ってるんだぜ?


都合が良すぎてヨダレが出ちゃうよな?ワンちゃんが負けるなんてちっとも思ってないんだろ?いいね。おっさんがルール通り欲望に忠実に動いてくれてさ、新規保険にまで加入できたよ。殺すなだってさ。ハハハ。


さて少しでも勝率は上げたいもんね。隙を見せて誘って見ようっと。目にほこりが入ったふりして軽く目を閉じ、左腕の肘部分を顔の前に持ってくる。


ここまでやれば誘いだと分かっていてもくるよね?いくらなんでも目を瞑るなんてやり過ぎだもんよ。案の定ワンちゃんはすぐに「身体強化」ですっ飛んできた。


しかしね。目なんて開かなくても見えてはいるんだよ?でも一瞬で左手側に現れたワンちゃんに左わき腹を殴られて地面を舐めさせられる。


あぁ、やっぱりきついな。剣でこられていたらあっさり死んでいたか。ある程度動きの軌道は見えたが速過ぎて防御が追いつかなかった。さすがだよ「身体強化」は。あの瞬間に俺に出来たのは剣を無理に振って相打ち覚悟の小さい切り傷を与えただけだ。


骨まではやられていないかな。呼吸が苦しいが・・・効いてるふりで時間を稼ごう。ワンちゃんの魔法が予想通り「身体強化」でよかった。誘いもまぁ上手くいった方かな?覚悟していた分なんとか耐えられそうだ。


「デイ!もっと痛めつけて!」


お嬢ちゃんが楽しそうに声を上げる。感情豊かな娘さんだことで。ワンちゃんは一度俺から距離をとっていたが「身体強化」でまた接近、右腕に蹴りを入れられて短剣も蹴り飛ばされてしまった。


さらに続けて腹パンされる。胃の中身をぶちまけて、呼吸しようと必死に息を吸うが上手くいかない。息が出来ない!クソ!犬野郎が!痛みで気が遠くなりそうだがここが我慢のしどころだ。


この程度で人が死ぬわけないのは分かっている。奴隷がどれだけ痛めつけられて生活してるか、お前らなんかにゃ分からんだろう?まだ耐えられる!耐えろ!息を止めて、痛みをやり過ごせ!ここで気を失うわけにはいかないんだよ!


「奴隷の分際で生意気な口をきくからそうなる!いい気味ね!」


「ミン。少し静かにしなさい。お前は気が短すぎるぞ。デイ、そのくらいでいいんじゃないか?その奴隷を縛ってくれ」


「はい」


ワンちゃんはおっさんの指示に従いロープを取りに馬車の荷台に向かって歩くが、途中で転んでしまった。


「キャハハハハ!あなたが転ぶなんていいものを見たわ!」


お嬢ちゃんは興奮しているのか無邪気にはしゃいでいる。ホントうるさいガキだ。ねぇ商人さん、あれが自分の娘だなんて信じたくないんじゃありません?


フーフー。やっと呼吸が少し出来るようになってきた。痛みが心臓の鼓動にあわせて全身に響くようだけど・・・もう少しか?クソ、思ったよりダメージが大きかったぜ。


「デイ、どうした?いつまで遊んでいる。寝てないでさっさと荷物を積んでくれ。時間がないんだ。すぐに帰るぞ」


転んだまま起き上がらないワンちゃんに向けておっさんが声をかける。スーハー。スーハー。よし、まぁなんとかいけるか?


よろめきながらも踏ん張って立ち上がり、短剣を拾う。ハハハ、間に合ったぜ。


「そこの犬なら・・・もう起きないぜ。死っていう絶対者の奴隷になっちまったからな?・・・プハハハハハ!聞いたか?今の?セリフを?我ながら、ハハハハ。死っていう絶対者の・・・とか言って・・・ブハッ!痛ッ!」


ワンちゃんには奴隷に焼かれた町で貰った暗殺用の毒をご馳走したよ。短剣を取り出す時に刃に塗ってさ。備えあれば憂いなし。じいさんにまた奢ってもらっちゃったな。ありがとよじいさん。


目を閉じていても見えるよ。お前等親子の愉快な死に様ってのがさ。強欲な商人さん。死んだらお金なんていくらあっても意味なんかないんだ。最後にいい勉強になっただろ?あれ?これは俺が始めたことだったか?じゃあ強欲な商人さんは取り消すよ。ただのアホなおっさん?ハハハ、舐め過ぎなんだよ!


どれ、ここからがメインディッシュかな?今度は俺が舐める番だろ?両手は合わせられないけどいただきますか。焦るな、焦るな、焦るな。

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