第113話 ドライブ

「待て待て!お前と敵対するつもりはない!落ち着け!落ち着いてくれ!」


「デイ。なにを?お前は」


「お嬢さん。落ち着いて。ちょっと俺に任せて下さい」


「落ち着いてるわ。これは私の・・・」


「お嬢。少し黙ってくれと言ってるんです」


ワンちゃんがガキを黙らせたか。ガキはびっくり仰天で口を開いたまま固まっている。


「キーンと言ったな。仕切り直そう。取引だったな?さっきの条件で了解した。続けよう。町の様子を教えて欲しい」


あーあ。賭けには勝ったようだが不完全燃焼の感があるな。ここから情報の値上げを申し込んだらキレるかな?


「分かりました。では周辺の地理情報と交換という事でいいですね?」


ワンちゃんから西方面の町と簡単な周辺国の情報を教えてもらった。ワンチャンが意外と博識なのか、この程度は常識なのか知らんがいい話しが聞けたからよしとする。


代わりに俺は町の様子を大雑把に伝える。奴隷が町を焼いて町長を捕らえ、そこに騎士が突入した・・・程度だ。二人は所々で口を挟みたそうだったが無視して一方的に喋った。


「とまぁ、町は今こんな感じです」


「そうか。奴隷の反乱に外から騎士か」


「それじゃあ、取引は終了ですね。ありがとうございました」


「キーン君。すまんがもう少し話を聞かせてくれないか?」


お?ようやく出てきたか。三人目の登場。馬車から姿を現したのは人族のおっさん。暗闇で普通なら碌に見えるはずもないのに軽く笑顔を作っている。根っからの商人さんなんだな。すごいわ。


それにしてはお嬢ちゃんの教育がいまいちのようだが。年齢を考えれば普通はあんなもんなのかな?


「こんばんは。あなたがボスということでいいですか?」


「あぁ、こんばんは。そうだ。私がそこの二人のボスだな」


「わかりました。聞かせてください」


「うむ。いくつか聞きたいことがある。内容を聞いてから値段をつけてくれて構わない。お互い納得できれば取引成立。どうかな?」


「すみません。お金は必要ないんです。荷物になるもの全般もです。馬なら是非というところですが」


「馬は譲れないなぁ。しかしそうか。そうなると・・・首輪をしているね?それをなんとかしようか?」


首輪か。なかなかいい所に気がつくね。


「これはまだこのままでいいので」


「で必要なのは足くらいか。どうだろう、私の店がある町までなら送ることができるが?」


このおっさん。リスク度外視で賭けに出たのか?商人なのに?こんな怪しい奴隷を一時的にでも抱えるなんてさ。いや、何かあるのか。少なくともルールは分かっているはずだ。そして俺の知ってるルールと大きく違わないはず。


「わかりました。それでお願いします。ただし出発は今すぐで」


「今すぐは無理だ。夜が明けるまでは危険だ」


さっさと手札を切ってしまおう。


「僕は気配察知の魔法が使えます。魔物の心配はいりません」


おっさんとお嬢ちゃんの表情は変化。心臓の鼓動も少し早くなったな。ワンちゃんはさすがに予測の範囲内だったのか変化なし。獣人ってのはハイスペックなのが多いなぁ。


「そうか。ならば出発の用意をするが・・・」


「あの町での商売は諦めた方がいいですよ。死にたいなら勝手にどうぞ」


「そうか・・・わかった。すぐに出発しよう」


出発の準備が整うまでに俺は自分の荷物を取りに戻った。お馬さんが走り出してからは御者台に座って魔物の警戒をする。


「話は夜が明けてからにしよう。それまで警戒を頼みたい」


そろそろ眠くなってきたが仕方ない。少しでも呪われた町から離れとかないとね。お馬さんありがとう。おかげで楽できるよ。


うん?もう俺が心を許せるのはアニマルしかいないのか?アニマルセラピー的な?癒されたいなんて考えはないけど、これってもう末期的な何かなのか。


現実的に人間様と心を通わせようなんて思いはないけどひとりじゃ生きていけないだろうし、奴隷同士で仲良くやろうぜなんて気持ちもない。うん。何かがダメな気がする。だがどうしようもないよ。これでいいんだ。


金儲けが出来てからだけど、成金パワーで人の心も買収買収ってね。とりあえず人間関係はこれが一番かな?ある程度まではお金で心も買えるもんね。それもまだ先のことだ。今はただお馬さんに感謝ってことで。


「もう少しで町が見えてくるがキミは入りたくないだろう?」


「そうですね。僕のいた町から近すぎますから。店というのはその町にあるんですか?」


「いや、もう一つ先だ。ここから更に一日かかる。たが私も食料を積んでいるのでね。できればここで売ってしまいたい」


「そろそろ夜が明けますね」


「そうだな。町に入る前に一度休憩しよう」


「はい」


日が昇ってきたところで一度休憩となった。ワンちゃんが馬に水と餌をあげている。おっさん達はパンをかじって、俺は町でパクっておいた肉を食べる。お腹一杯食べられるなんて最高だなぁ。余りに飲みすぎて憎しみの対象にすらなっていた水さえ今はおいしく感じる。


お嬢ちゃんは俺が肉にがっついてるところを見て軽蔑しているようだ。奴隷と一緒の場でものを食べていることに対して怒っているのかもしれない。


邪魔くさいやつだなぁ。おっさん、娘の教育間違ってるよ?若いってだけでなんでも許されるなんて思ってないよね?そんな言い訳なんか通じない相手はどこにでもいるんだよ?例えば俺とかね?


「次の町で商売をしてからということであれば、ここまでの運賃は払いますので、ここでお別れですね」


「ふむ。そうか。ならば商売は諦めよう。このまま私の店がある町まで一緒に行こう」


まぁそうだろうな。今はこんなところでもたもたしている場合じゃないはずだ。商売したいなんて話も俺を試しただけだろう。そのぐらいならお互い様。オッケーだよおっさん。


休憩が終わってまた出発。相変わらずの荒野を進む。一応街道を走っているが魔物は出る。ワンちゃんひとりでも大丈夫だと思うけど、念のため位置を伝えている。


「では町長様は殺された可能性もあると?」


「はい。あの騎士は・・・つまり隣の領あたりから来たんでしょう。どこからどこまでが計画の内かは知りませんが、あそこまでやった以上町長を生かしておく意味がありません。騎士が殺さなくても・・・結局は殺されてますよ」


ワンちゃんから地理を聞いた時に知ったが、俺がいた町は隣の領に近い位置にあったらしい。そして隣の領主とは貴族間の派閥が異なり仲がよくないんだってさ。


じいさんは数十年を費やして準備していたはずだから、まさか最初からその計画に噛んでいたとは思えないが、途中から支援していたのはおそらく隣の領主なり、町長なりだと推測される。


いくら仲が悪いからといって理由もなしに近くの町を攻めるなんてできるとは思えないが、奴隷の反乱という都合のいい理由があれば騎士を向かわせることもできる。もちろん俺の勝手な想像だし、当たってようが外れてようがどっちでもいいんだけどね。


「そうか。ではキミは奴隷の反乱は隣領の工作だと考えているのかな?」


「可能性は高いでしょうね。住民に奴隷の印と首輪をプレゼントなんて計画は誰のものかは知りませんが」


「信じられん!奴隷の反乱はないことはないが・・・それにしても・・・そんなことまでして一体何を考えているんだ!」


「町一つを挟んでいるとはいえ他人事ではないですよ?前線は近づいてますね?ハハハ。あなただって奴隷を使っているんでしょう?それにあなたの隣に座っている僕も奴隷ですからね?ハハハ」


馬車の後ろから微かに殺気を感じる。なんて嘘で、剣の柄に手をかけるワンちゃんが見える。おっさんは気持ち悪い虫でも見たかのように体をびくりとさせたが、意地なのかなんなのか、俺のあとを追って笑った。

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