第98話 それがどうした

世の中なかなか思い通りには行かないものだ。誰かの手のひらの上で踊らされていようが気持ちよく踊れるならハイ喜んでというところなんだが、目に見えない操り糸から目に見える奴隷の首輪まで、愉快にお花畑をスキップなんてさせてくれないんだから頭にくる。


どこぞの宗教の門でも叩くか。救いを求める奴隷に教えと救いを。けれども坊さん答えて曰く。奴隷に唱えるお経なし。金が無いなら回れ右。


ならばと直接神に祈るも当然奇跡は起こらない。神など何の役にも立たずと罵ってみれば罰が当たる。


悪口一つ許さぬ神様のなんと深い愛だろうか。オッケーお前ら全員敵だと叫んだところでなしのつぶて。どうやら奴隷の声ってやつは人には一切届かぬらしい。これぞ異世界不思議発見!全く発見したくなかった不思議な事実に辿りつく。


全くホントに難儀なことだよ。よく奴隷の反乱が起こらないものだと思うが、奴隷が武器を持って立ち上がったところで魔法が飛んでくるだけ。


戦闘訓練でもした後に結託して集結できればワンチャンあるんだろうが、そんなありがたい機会はどんなに祈っても永遠にやってこないだろう。


しかも俺が今いる国。言葉は通じるが聞いたこともない国名だ。今いるこの町が国のどこに位置しているかもわからない。奴隷仲間に聞いても知らない国名や地名が出てくるだけ。つまり運よく逃げ出せたとしてもどこに逃げればいいのかさえ分からない。


いよいよもってあのクソエルフ女にファイヤーボールを直撃させたくなるよね?自分の命と引き換えに誰かひとり殺せるとしたら、第一候補はあの女。


はぁ、もう怨嗟の文句しか心に浮かばなくなってきたよ。今日も一日肉体労働にこき使われるってのにさ。ポジティブなニュースはゼロなんだからさ。えっと今日は・・・便所掃除か。


いくつかあるお役所関係の建物を回って便所を掃除する比較的楽なお仕事だ。スライム戦線で第一級の活躍をした俺にとって便所のにおい程度は何の苦にもならない。レベルが違うんだよ!鼻で笑っちまうぜ!


専用の桶に汚物を詰め込んで町から少し離れた場所に運んで捨てるを繰り返す。昼は奴隷専用の長屋に戻って極限まで薄められた豆入りのスープと、カビの生えた小さいパンをかじる。


グルメな俺にはなかなか気の利いた拷問のようだが、これとてスライム臭に汚染された時に比べればフレンチブルドックのようにブサカワイイ。


でも奴隷落ちした直後に精神を病むヤツは多いらしいね。あまりの環境の変化に心が耐えられないのだと言う。


チッ!青二才どもめ!この程度のことでいちいち落ち込むな。どんなに頑張って耐えていてもいつか精神を病んじまうって?どういたしまして、こっちは奴隷に落ちる前から病んじまってるよ。


家畜扱いされることに耐えられない?奴隷だって人間だ?そんな主張をしてどうする。ヤツラがこっちを人間扱いしないんじゃない。こっちがヤツラを人間だと思ってないだけなんだよ!


ヤツラは魔物と同じだと思えばいい。力関係はあちらが上。仕方が無いから今は素直に従っているが、こんなものは栄枯盛衰、その内どちらが上か思い知らせてやればいい。


淡々と作業をこなす毎日。ヤツラからは労いの言葉一つありゃしない。奴隷は働いて当然の生き物。それだからサボれば当然鞭が待っている。バケモノどもめ!


奴隷を傷つけることに抵抗なんてありゃしない。殺すのは問題があるとしても、間違って死んでしまったくらいなら許されると思っているんだ。実際その通りだしな。


俺に限らず奴隷達は己の境遇に満足などしていないだろう。満足しているとしたらとんでもないマゾ野郎だ。大体はいつか逃げ出すなりなんなりして自由になろうと思っているはずだ。


単に逃げるだけなら今すぐにもできる。監視員なんてものは特にいないのだから。ただ逃亡奴隷だとバレたらギロチン台へ直送される。言う事聞かない家畜なんて面倒なだけだからね。


そして焼印と首輪がある限りあっと言う間に奴隷だとバレる。つまり逃げたところでどこにも行くところがないんだ。


誰も奴隷を匿おうとは思わない。そんなことしたら自分も罪に問われるからね。むしろ積極的に通報するレベルだ。特定の監視員はいないけど、世の中全体に監視されているようなもの。


ただし奴隷は世界レベルで共有する財産ではない。監視の目を潜って他国に逃げることが出来れば流民にレベルアップも可能だ。まぁ隣国に逃げたくらいでは厳しいだろう。捕まって引き渡されて元通り。そして冷たい刃に首を撫でられる。もっと遠くに逃げることが出来ればその時は・・・。


なんの装備もなく、お金もないことを考えれば、逃亡劇は雲を掴むような話だな。逃げるのが厳しければ、少しでも良い環境を整えたくなるもの。となると自分が役に立つ人間だと売り込むパターン。


どこかの貴族にでも気に入られればそれなりの待遇は得られるかもしれない。なんとも暗い希望だな。そんな曖昧な期待で手をこすりながら温まりたくはない。


焚き火を起こして温まったと思ったら、実はその火で自分が焼かれるなんてことになるかもしれないからな。貴族様の気まぐれに命を賭けたくはない。これは奴隷に落ちる時にも考えたことだ。俺はせっせと自分を売り込んだりはしないよ。


とにかく今は雌伏の時だ。何か可能性を見つけなければ飼い殺されて終わるだけ。とりあえずあのクソエルフに復讐することでも考えて日々の糧にしよう。こうなってしまった今となっては大した復讐心なんてないが無理やりひねり出してエネルギーにするんだ。


よくも俺の魔法を奪ってくれたな!よくも奴隷に落としてくれたな!あの愛想も何もない水の塊と一緒に犬の餌にしてやるぜ!・・・うーん。いまいち盛り上がらないな。やっぱりあんな女のことを考えてもつまらない。


何か他に良い材料ないかな?どうせならポジティブな素材で料理したいもんね。そんな素材あったっけな?俺のなかで幸せだと言える時間といえば孤児院時代くらいか。


もう一度あそこに戻る日を支えに生きていくか?それもありだけど、過度に感傷的になりそうで嫌だな。そういうのは老後にとっておくべきだ。今からその辺をこすっていくと、年取った時に擦り切れていて使い物にならなくなるだろう。


ふむ。モリカやママさんはどうしてるだろうか?いやあれはもうダメか。また会いたいとも思えないし、すでに現世を捨てて新しい世界に旅立ってるかも。俺を地獄で待っているヤツの数が地味に増えていってる気がする。


ナナシは俺を探しているだろうか?スライム戦線の戦友達はドブ池地獄から無事脱出できただろうか?こうやって考えてみると人生上手くいかないとは言ったものの、俺は結構上手くやってたんじゃないだろうか?


何せ数々のピンチをくぐり抜けていまだに死んでいないんだぜ?開運グッズもないのにこの強運はどうだ。さらには人から外れた存在である奴隷というポジションまでゲットしている。もはや恐いものなんてないな。


おっとそろそろ次の仕事の時間か。鞭でビシバシされるのは痛い。早く行かないと先輩達の視線も痛い。痛いのは嫌だ。さっさと移動しよう。


とりあえずもうしばらくは奴隷として人間様に対する憎しみを育てるとするか。これが大きく育つ頃まで生き延びることができれば、押しも押されぬ一人前のリベンジャーにジョブチェンジを果たしているはずだ。


あぁ食べたばかりなのにお腹すいたな。水飲もう。腹がたぷたぷになるまで。乾燥地帯で水も貴重なんだが、暗黙のルールで皆ガブ飲みしている。お腹痛くならいといいな。あぁ、どうしたってエネルギーが足りない。

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