第97話 人ではないもの

どうも真の能力に覚醒したはずのキーンです。それに伴い艱難辛苦の時代は終わりを告げ、驚天動地の活躍が始まる予定でスケジュール張が真っ黒になっていたんですが・・・。


現在の僕は奴隷のようにこき使われて、ぼろ雑巾にしみ込んだカップラーメンの残り汁のような気持ちを日々噛み締めています。約束という言葉があることは知っていますが、この先それを使うことはないでしょう。人と人との繋がり?とんでもないです。そんなものは必要ありません。


なぜかって?先ほどは奴隷のようにと言いましたが、実はもうすでに奴隷落ちしてしまったんですよ。ええ、そうです。僕のことですよ。キーンです。他の誰でもない僕が、奴隷に、落とされたんですよ!


人間とは認められていない家畜同然の奴隷に、約束?繋がり?そんなものが何の役に立つと思いますか?いや、恥を忍んで告白しましょう。奴隷になった僕には約束をする権利も、繋がりを作る権利もないんですよ。なんせ人扱いされてないんですから。


さて改めましてこんにちは。奴隷のキーンです。まずはこれを見てください。左肩です。はい、奴隷の焼印が押されてしまいました。次にここ、首ですね。はい、首には奴隷用の鉄の首輪がどす黒く光っています。


すごくお洒落でしょう?これが奴隷の基本ファッションです。この身なりが意味するところは要するにルーザー。負け犬ってやつです。キャンキャン吠えたところで誰にも見向きもされない、飼い主に使い潰される運命に支配された哀れなペットですね。


え?いきなりすぎて話が分からない?奴隷に落ちる前からちゃんと説明しろ?じゃあ逆に聞きますが僕なら全て説明できるとでも?冗談でしょ。自分がなぜ奴隷に身をやつしてしまったのか。僕だって分かっていることなんて大してないんですよ。


とりあえずテトラさんとの約束は果たされませんでした。彼女からしてみたら奴隷になる予定のヤツとの約束なんて、はじめから存在しなかったということでしょうか?


確かに僕の魔法の秘密は明らかになったと思います。新たな魔法の力を使いこなせるようになってテトラさんにも協力しました。この辺までは約束通りでしたね。


なかなか充実した毎日でしたよ。お茶もおいしかったです。しかし、それももう今は昔。約束もそこまで。自由は失われました。僕の魔法は失われ、奴隷として売られ・・・。


しかも左腕がないから奴隷としての使い道も狭まって、多少体力はあるものの碌に使えない奴隷として捨て値での売却ですよ。踏んだり蹴ったりってこういうことを言うんですよね?


文官学校に通っていたなんて過去情報を出せば、或いはもう少しまともな待遇を得られたかも知れませんが、それが原因で貴族の下へ、なんて展開はいやですし、何よりもう気力がなくて、落ちるならどこまででも落ちればいいなんて考えていたんですよ。


それで今はとある町でゴミ拾いをしています。町所有の奴隷ってやつですね。公共事業的の一環でしょうか、町の清掃をやっているってわけです。


もうかれこれ半年はこの仕事をやっています。体はすっかりガリガリになってしまいましたが、最低限の食事と寝る場所はあるのでなんとか生きている状態です。


同じ仕事をする奴隷ともある程度仲良くなりました。みんな大体犯罪者出身だけあって最初はこわかったですが、付き合ってみるとなかなかいいヤツラです。


俺の方が優秀な奴隷だ。お前は奴隷のなかでも最低だ。同じ奴隷でも俺とお前じゃ格が違う。なんて言い争っても空しいだけでしょう?だからせめて奴隷同士でお互いを認め合って尊重しようじゃないかとなるわけなんです。


そんな境遇のせいか僕は結構今の生活が気に入ってます。生きてる意味がないと思われる今の生活がね。だってもう魔法に毒されることもなく、誰かに狙われていると怯えなくてもいいんですよ?道行く人達は僕のことなんて見えてもいないんですから気楽なものでしょう?


この無意味な生活と、自分自身の無意味さを受け入れてしまえばもう・・・クソみたいな満足感が得られるってわけです。


さて、ちょっと話が長くなってしまいましたね。今日もルート清掃の開始です。ゴミを拾うヤツ2人と、ゴミ箱となるカゴを背負ったやつ1人の三人一組で出発です。


ほぼ毎日のように掃除しているためこの町はかなりキレイです。ゴミを道に捨てる人もあまり多くありません。今日もあんまりゴミがないようです。串焼きの串とか、馬のフンとかその程度です。


たまにすれ違う小さな子供に石を投げられたりはするものの、何の問題もなく清掃も終わりです。住めば都。いくらこき使われようと、慣れてしまえばなんてことはない。


奴隷の身分は基本的に解放されることはありませんから、これから何十年もゴミ拾いを続けることになるでしょう。でも人生ってそういうものでしょう?


奴隷じゃなくても奴隷のように働かされている人もいる。生きるためにとやりたくもないことを我慢してやっている人もいる。


奴隷の印がないだけで、みんな何かに掣肘されて生きている。不幸なのは僕だけじゃありませんよ。結局みんな同じなんです。


しかし・・・しかしあのアマ。クソエルフと人型の水野郎!やっぱりエルフの女はクソばっかりだな。奴隷?フン!それがどうした。人間として扱われない?上等だよ。


俺は俺の道がようやく見えたぜ。俺は奴隷として自由に生きてやる。自由な奴隷。それってもう奴隷じゃないだろってか?さぁ、知らんな。俺は勝手にやるだけだ。


あのテトラとか言う女のことなんぞもうどうだっていいわ。俺はこの世界に対してノーと言いたいんだ。魔法?それがどうした。そんなものなくてもナイフを滑らせれば皮膚は切れ、血が流れる。それが全てじゃないか?


赤く染まった地面を踏みしめ、奴隷だ人間だと叫んで何の意味がある。魔法が一体何になるって言うんだ。やれるもんならやってみろ。人間様は奴隷に対してプライドがおありだろうが、奴隷にゃそんなものはない。お前らがやらなくても俺がやってやる。


俺はまだ12歳。これからどんどん大きくなるぞ。歪んだ感情を肥大化させて、俺という奴隷を見ざるを得なくさせてやるぜ。


奴隷が人じゃないっていうならそれでいい。人か人じゃないかなんて俺にとっては些細なことだ。お前ら全てを奴隷にしてやる。その時が見ものだな。さぞ愉快な世迷い事を吐くことだろうよ。


這いつくばって泥水をすすり、砂を噛みしめながらでもやってやるさ。どいつもこいつも引きずり落としてやるぜ。女だろうが子供だろうが関係ない。人類総奴隷化計画だ!


現実的にはそれが無理でも・・・殺してやる。邪魔なヤツは誰だろうとな。

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