第96話 異空間

「異空間」と口に出した瞬間、テトラさんはものすごい笑顔を見せた。はっきりこわい。マッドサイエンティストに捕まってしまった実験動物よろしくだ。


理性的だった彼女の瞳には、いまや先ほどまでとは打って変って狂気の閃きがチラついている。これほどまでの反応を見せるからには俺の魔法は結構なものなのだろう。


怖いは怖いが少し希望が見えてきたか。あとはこの上り坂だか下り坂だか分からない道を進むのみだ。


「教えてもらえますか?」


「もちろんよ。あなたのその魔法は失われた魔法で間違いないわ。あなたが現れた今となっては、失われたと思われている魔法ってことね。念のため確認するけど、異空間で間違いないわよね?あとで実は嘘でしたなんて言ったら間違いなくあなた死ぬわよ?いまなら許してあげるわ」


「間違いありません」


「そう。ならわたしの知っていることを教えてあげましょう。異空間はその名前から分かる通り空間系の魔法よ。古い文献を漁ればいくつかそういった記述があってね、それが全てよ。世界中探せば何かあるかもしれないけどね」


なるほど。つまり系統以外は詳細不明ということを教えてくれたって話か。


「だけどわたしは文献以上のことを知っているわ。なぜかは秘密よ」


おぉ。さすがだ。もったいぶらない所も高感度アップだな。俺だったら値を吊り上げて高く売ろうとして失敗する場面だ。


「その魔法はいわゆる固有魔法と呼ばれるもの。一般的にはあまり知られていないかもしれないけど、あなたは?知らない?そう。固有魔法というのは生まれた時から持っていて、他人に譲ることができない魔法のことよ。偶然得られることもあるようだけど、大抵は親子で継いでいくものね。もちろんそれも100パーセントではないわ。子供に魔法が授からない場合も多いようよ。だから固有魔法は失われることが多いのね」


なるほど。「祈り」の魔法みたいなものか?


「それで本題の異空間の能力についてだけど・・・まあいいわ。あなたはおそらく自分だけの空間を持っているでしょ?そこはあなただけの空間。もちろんあなたが望めば誰でも入れるのでしょうけれど。ここまでは合っているかしら?」


うん。合ってる。まぁ異空間という名前から推理できそうなことしか言ってないけどね。それでも人が入れるなんて断言はただの推理じゃできないか。


「あなたがわたしから話を聞きたがったと言うことは、あなたはおそらく今の話くらいまでしか魔法を使えていないと言うことじゃないかしら?」


「隠しても仕方ありません。その通りです」


「素直ね。じゃあここからはまた別の取引よ。わたしは魔法の話を続ける。あなたはその情報から得た力をわたしの為に使う。どうかしら?わたしは魔法名だけ聞いて全てを教えてあげるほどお人よしでも、暇人でもないわ。それなりの利がないとね」


いきなり話が跳ねたな。今までの流れから言って奴隷になれ的なことではないだろうけど、いかんせんあんたの顔が怖いんだよ。その笑顔を引っ込めて欲しい。食物連鎖の頂点みたいな顔しやがって。


「テトラさんのために使えということですが、具体的にはどういうことになるんでしょうか?奴隷になれ!ということではないと思いますが」


「もちろんよ。わたしの知識を教える対価としてあなたに仕事をお願いしたいのよ。場所はここ。期間はそうね・・・ひと月もあればいけると思うわ。食事も寝床も用意しましょう。お茶もつけちゃいましょうか?」


「何をするかよくわかりませんが、そのあと僕は自由ということでいいんですよね?」


「ええ。ただしわたしの知識とあなたの魔法が一致しない場合も考えられるわ。その場合はあなたは自由よ。わたしの情報が役に立たなかっただけだから」


おぉ、かなりナイスな話だ。ナイス過ぎて腰が引けるよ。つまり上手い話には裏があるって言ってるんだよね?どんなやばいことを俺にさせるつもりなんだ?


「何か危ない、犯罪的なものの手伝いはしたくないんですが」


「大丈夫よ。あなたの立場が悪くなるようなことをさせるつもりはないわ」


ふーむ。俺に選択肢はないな。何も聞かずにここから無事帰れるという話が本当だとしても、今のままではあっという間に行き止まりにご到着でご臨終するだろう。俺はあまりにも弱い。弱いくせに魔法を持っている。このままじゃダメだ。打開する可能性があるなら喉から手が出るほど欲しい。


「分かりました。では教えてください」


「思い切りがいいわね。まぁわたしがあなたでもそうするわ。フフフ」


取引はあっけなく成立した。そして教えてもらったのはかなりヤバイ話だった。吐きたくなるような内容だぜ?「異空間」は劣化版神域とでも表現できる超空間だと言うんだもんよ。聖域と似たようなものですか?と聞くと、それは違うと答えが返ってくる。


「聖域の守人が使う魔法。あれはね、かなりの制限があるの。所詮は御神体と呼ばれる神の模造品から借りてきた力ね。わたしも完全に分かっているとは言えないけれど、聖域の攻略程度ならわたしでも難しくないわ」


制限とやらがどういうものかは分からないが、あの魔法を恐るるに足らずと言っちゃうわけか。神をも恐れぬとはこのことか?


「あなたの魔法は空間魔法の一つと言ったけれど、その魔法の本質は別のところにあるわ。異空間の所有者はその空間のなかでは神にも等しい力が使えるのよ」


うん?神にも等しい力?そんなもの使えたことないぞ。それに聖域との違いもよく分からん。


「もちろん何でも出来るわけではないわ。空間ごとに使える能力が違うらしいから」


空間ごとに?なんだそりゃ?俺の魔法で色んな空間が作れるって話か?それとも異空間の使い手ごとにその能力とやらが異なるって意味?さっさと続きをプリーズ。


「あなたの異空間がわたしの探していたものなら嬉しいんだけどどうかしらね?何か今までその魔法を使っていて気付いたことはないからしら?」


「銀貨がミスリル化したことはありましたよ。聖域に似ていると言われたこともありましたね」


「なるほど。アロンソで発見されたミスリルで作られた銀貨。犯人はあなたってわけね」


「落し物として届けただけです」


「まぁいいわ。もう十分ね。わたしが探していたものよ、その魔法は」


十分って言われても俺にはわからないことだらけだぞ?ひとりで納得してるところ悪いけど、さっさと続きを話してくれよ。俺の魔法が必要なんだろ?ちゃんと説明してくれないと「自宅」に引きこもっちゃうよ?今までの話だけでも結構なヒントが貰えたんだしさ。

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