第89話 穏やかな風

ダンジョンに入ってロンダの声がする方に向かう。明るいところから急に暗いところに入ったので全く前が見えない。仕方ないからしばらくじっとしていると、目の前に大きな影が!


「ジタクちゃん。なにしてるの?母さん恐かったわ。すぐに出ましょう」


えぇ?もうなんなんだこいつは?ロンダに手を引かれてダンジョンを出る。


「ジタクちゃん、恐かったわね。スライム見た?あぁ気味が悪かった。あんなのは母さんダメよ。触りたくないわ」


「へー。そう」


疲れて適当な返事しかできない。早く横になりたいわぁ。


「ロンダ、ジタク、もうなかに入ったのか?せっかちだな」


サーゴが遅れてやってきた。俺を見てニヤニヤしている。何が言いたいんだこのおっさんは?嫌な感じだな。


「ジタクは大分調子が悪いようだな。とりあえず顔見せは済んだ。今日は村に戻って休もう。もちろん仕事の話も必要だがな」


父さん。あんたは間違いなく俺の味方だよ。今この瞬間だけはな。三人で村に帰って宿となる家に案内してもらった。食事なども騎士連中と同じものを用意してくれるそうだ。


「どうだジタク。ダンジョンは何とかなりそうか?」


「さぁ、分かんないよ。今までスライムの相手はしたことないからね。魔法以外だとどうやって退治するの?」


「そりゃもちろん火だ。松明で押しつぶしたり出来ればなんとか倒せるし、燃えやすい油なんかをかけることもあるな」


「なるほど。油ね。確かにそれならやれそうだね」


「でもだめよ。ジタクちゃん。私達には予算があんまりないの。大量の油なんて買うことはできないわ。明かり用の油なら用意できるけどね」


マネーがない。それは絶望的だな。まさか自腹で油を用意するわけにもいかない。じゃあもう火攻めは無理ってことじゃないか。


「空高くからスライムを落としたら死ぬかな?」


「さぁな。やったことはないから分からん。ただ身体強化の魔法使いがハンマーを叩き込んでも大したダメージを与えられないからな。期待はできないぞ?」


じゃあもうだめじゃん。俺にどうしろっていうのさ。普通に攻撃魔法使いを呼べばいいのに。騎士を何人も派遣する余裕があるなら出来ないことないでしょ。


「父さんと母さんはなんか良いアイデアないの?」


「そうだなぁ。油と魔法使い以外だとちょっとなぁ」


「そうね。私もスライムをまともに相手したことはないわ。逃げるだけなら簡単だから、倒そうなんて考えたこともなかったわ」


身体強化君の一撃を受けてピンピンしてるんだもんな。空から落とすのは望み薄か。つまるところスライムは攻撃系の魔法に弱いというより火に弱いってことだもんな。それとも土系の魔法で押しつぶしたりしても死ぬってことか?いやそれならハンマーで倒せてもおかしくないはず。


電撃なんてできれば倒せそうな気もする。魔法というより焼かれるのが苦手って感じなのかな?結局火をメインに考える以外ないか。俺の「自宅」はスライムを捕まえるのがせいぜい。捕まえて何日も放置すれば死ぬかもしれないが、時間がものすごくかかりそうだ。


「ねぇ。あのダンジョンのスライムを全部殺さないといけないの?」


「そうだな。一匹残らずというのはさすがに不可能だろう。とにかくダンジョンをある程度安全に歩ける程度まで減らせればいい」


「仕事の期間は?」


「ダンジョンの全体像が分からんからな。ある程度攻略が進んでから予定を立てる」


なかなかまともな条件だ。今日明日で全滅させろなんて言わないんだな。


「スライムは一度とりつかれたら厄介だ。慎重にやるんだぞ?」


サーゴは結構頼りになるな。ロンダだけだったら死んでしまうわ。


「ジタクはダンジョン攻略の方法を明日までに考えておいてくれ。俺達は装備を確認してくる」


チッ!気軽に言ってくれるぜ。何度も言うが火系の魔法使いを呼べよ!子供に頼って恥ずかしくないのか?二人は俺を置いてそそくさと奥の部屋に入っていった。


しかもなんだ?装備ってランプとか薬草とかじゃないのか?奥の部屋にそんなものあったか?なんて思っていたら奥の部屋からロンダの叫び声が聞こえてきた。


あぁ、装備って防具とかのことか。服を脱いで裸になってまずはお互いの体から点検しましょうって流れね。日も暮れない内から随分熱心なことだな。


この状況で俺はダンジョン攻略を考えなきゃ行けないとは。テンション下がるわぁ。とりあえず外に出てしまおう。鈴は持ってるわけだしいいよね。


体がしんどいから家から少し離れたところに座ってボーっとする。あぁ、だるいけど平和だ。この土の匂い。小川のせせらぎ。こういう所も住むのにいいだろうなぁ。


村を囲う柵は魔物からの被害をちゃんと防いでいて安全なように見えるし、家畜も飼っているんだろう、動物の鳴き声も聞こえる。これで子供でもキャッキャッと遊んでいれば理想的な田舎のような気がする。山岳地帯の集落とは違う時間の流れを感じるなぁ。


家は木造だが小奇麗だ。そんなに貧しさも感じない。俺を捨てた両親ってどんな所に住んでたんだろう?なんて考えが唐突に頭に浮かんでくる。


貧乏で生活が苦しかったのかな?それとも他に何か事情があったのか。まぁどちらでもいいか。今更両親を名乗る他人が現れたらなんて考えると面倒くさいとしか思えないしね。


日差しが暖かくて気持ちいい。左ひじをさすりながら空を眺める。早く装備の点検終わらないかな。俺も早く横になって寝たいんすよ。あんまりないがしろにされるとまた逃げちゃうかもよ?

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