第41話 夜

キーンを牢に押し込めた後、騎士はひとり駐屯地を出た。人目を避けるようにしてたどり着いたのは一軒の小さな家。決められた合図で扉を軽く叩き中に入ると、貴族らしき人物とその護衛が待っていた。


「ご命令通りに致しました。子供は何を聞いても知らない、関係ないとしか答えません。いかが致しましょうか?」


騎士が貴族らしき人物に問う。


「ご苦労。今のところ手がかりはその子供だけだ。やり方は任せる。わかるな?」


「ハッ。承知しております。他に何かご指示は・・・ハハッ!それでは私は失礼致します」


たったそれだけの会話をして騎士はそのまま駐屯地へと戻った。


「泳がせる意味でも監視に留めるなどと甘いことを言っているから舐められるのだ。相手が子供だからなんだというのだ。孤児ではないか。くだらん!」


騎士が出て行った部屋で貴族らき人物はひとり憤りの言を吐いた。









ところ変わってここは王宮。宰相はキーンを監視していた者からの報告を受け取って一瞬怒気を走らせたが、すぐにその対応について考えを巡らせる。少年がすでに捕らえてしまった以上、たとえあの少年が「ただの発見者」ではなかったとしてももう何も出てこないし、仲間がいたとしても少年を助けには来ないだろう。


独断専行で少年を捕らえた愚か者共をどうしてくれよう?せっかくの餌をなんの価値もないただのゴミにしてしまったのだ。この責任は重大である。


ただ今すぐどうにかできるわけではない。どうせ少年を捕らえたのは軍閥の一部のバカに決まっている。少し調べればすぐに分かるだろう。だが一部のバカが先走ってやったことだとしても軍閥貴族の結束は固い。下手に手は出せない。


「連中、放っておけば少年を殺してしまうな」


少年を助けることは出来る。とはいえ今となっては助けるほどの価値もあるとは言えない。それよりも殺されたあと。それを材料に連中の頭を抑えたほうが利が大きい。少なくとも貸しのひとつくらいにはなるだろう。


連中が予想外に思慮深く少年を殺さなかったらそれでもいい、いくらでもやりようはある。宰相は部下に命じ、引き続きキーンの監視を続けることを指示した。


何か動きがあれば、特に少年が殺されたらすぐに報告するように命じて、積み上げられた書類に目を戻した。数秒後には少年のことなど頭から消えていた。








一夜明け牢から出されたキーンに対する尋問は、口だけに留まらなくなっていた。最初は軽く頬を張られる程度だったが、次第に力がこもり、日が傾く頃には木の棒で体を殴られ続けた。


それでも騎士はキーンから何の情報も得ることは出来ないでいた。何も知らない、僕はただの文官学校の学生だと繰り返すだけだ。


外がすっかり暗くなった頃、牢に戻されるキーンに騎士は憎しみのこもった目を向けて粘りつくような声で言葉を吐く。


「貴様が本当に何も知らないとしても、あの銀貨の出所が分からない限り貴様は疑われたままだ。この意味が分かるか?ここから出られるなんて思うなよ」


牢に戻されたキーンは湿った冷たい石の床に横たわり殴られて火照った体を冷やす。騎士から殴られ続けている間何度も「自宅」に招待しようと考えたが、かろうじて我慢した。「自宅」という支えがなかったらキーンの心はずっと前に折れていたかもしれない。


キーンは暗い憎しみの感情に溺れそうになりながら、次の展開を考えていた。牢に戻される間際に騎士が言っていたことが思い出される。


「ここから出られるなんて思うなよ」


あれは本当のことだろう。後ろ盾も何も無い平民で孤児のガキが一人死んだところで誰もなんとも思わないだろう。助けに来てくれるような人もいない。すぐに殺されたりはしないだろうが、生きて帰るという道は見当たらない。


自分の体の状態を確認してみる。骨は折れていないようだが体がひどくだるい。熱が出ているようだ。急に汗も引いた。吐きすぎてもう胃液も出ない。喉がカラカラで唇はカサカサ。所詮こんなものだ。誰も助けてなんてくれない。自業自得。それだけの話。これが異世界標準。疑わしきは罰せよ。子供だろうが関係ない。分かっていたことだ。


キーンは暗い牢のなかでブルブルと震えながら孤児院での生活を思い出していた。バースやロンダは元気でやっているだろうか?院長先生や他の子達は?痛む体を抱くように丸まった。頼れるのは思い出のなかの人達くらい。


「惨めな自分を嗤って泣くな。こんな時だけセンチメンタルの虜か?」


キーンは自分を奮い立たせるように自嘲する。そして暗い暗い夜の闇に沈むように考えを繋げ始める。夜はまだ長い。これからのことを考える時間はまだまだたっぷりとある。







翌日も朝から尋問が開始された。素直に話すならすぐに学校に帰れる。お前が黙っていても仲間は誰も助けてくれないぞ?逆にお前が知っていることを話せば、国から褒賞も望めるぞ?などとキーンを懐柔にかかる騎士。


暫くしてそんな言葉では効果がないと分かると、殴る蹴ると言った肉体言語による尋問に切り替わった。文官学校の小賢しい子供などすぐに泣き出して許しを求めてくるだろうと思っていた騎士は、一向に音を上げないキーンに苛立ち、プライドを傷つけられたと言わんばかりに暴力をエスカレートさせていく。そしてついには拷問もにおわすようになってきた。


「本来なら我等はこんなに優しくはない。お前が子供だから手加減をしているのだ。だが、お前がそういう態度なら我等も子供だなんだと言ってはいられない。午後からはもっと厳しいことになるぞ?話すなら今の内だ。よく考えるのだな」


キーンは床に倒れたままぴくりとも動かない。騎士はキーンの頭に水を浴びせ目を覚まさせる。改めて脅しの言葉を語るが、キーンは無言のまま。


「お前の考えはわかった。もっと痛い目にあいたいということだな?ならその望みを叶えよう。今すぐ準備をしてくる。その間にお前の気が変わっているといいんだがな」


そう言って騎士は部屋を出ていった。うっすらと目を開いてそれを確認したキーンは10秒ほど数えてから床に「自宅」を発動し、そのまま沈み込むように「自宅」の黒い扉を潜った。


「自宅」内には事前に準備しておいた保存食と水瓶がある。キーンは血だらけの口をすすいでから、水を少しだけ飲むと横になって天井を眺め楽しそうに笑った。

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