<夜魔>抄・エピローグ
「死んだ! 死んだ! 今度こそ死んだ! あのクソ女、ザマァ見ろ!!」
手を打ち、少女が笑い転げる。
それを横目に暮れなずむ街を見下ろし、
「少し黙れ、
ビルの屋上とて<魔人>の身体能力をもってすれば侵入は容易い。幸い他に人の姿はないものの、何らかの理由で聞きつけられないとも限らない。少女の高く響く大声は害だった。
考えをまとめたいということもある。そのためにこんな場所へ足を運んだというのに、勝手に追って来た
「いや、だってさ、ようやく死んでくれたんだもん。誰かと分かち合いたいじゃん」
「下らん」
溜息一つ、辰鬼は改めて思考を巡らせる。
この事実は夜明けからほんの数時間で日本中の<魔人>の知るところとなり、<
正確には、彼らは潜在的な反<
しかし今回、
こうなると日和見していることすら不安になってくる。現に<
「どうにも不利だな。<
声に出したのは、無視して無駄に機嫌を損ねるとまとわりつかれて面倒だからだ。
「ああ、ものの見事にやられたんだっけ」
少女がけらけらと笑う。
狙い済ましたような<
そして戦果自体も悲惨なものだった。<
広域に対する同時進攻は、一定水準以上の力を有する<魔人>の少ない神官派に対して有効であるはずだった。計算を狂わせたのは
生き残りの話からすれば、<
出鱈目な話である。強さよりも何よりも、それでは移動が速すぎる。日本海側で戦った五分後には太平洋側にいなければ成り立たない報告もあるのだ。事実ではないと判断するのが妥当かもしれない。
その不可解を肯定し、辰鬼は自覚なく抑えきれぬ笑みを漏らしていた。
「だが、面白い」
心が浮き立つ。<
これで<
そしてその恐怖は<
「しかし
そちらも気にはなる。<
沈み行く夕陽が辰鬼の影を長く伸ばす。
「さて、どうかなー。あいつ戦闘馬鹿だったし、なんか計略持ち出されたらあっさりやられそう」
口調にも毒が多分に含まれている。もう、そのようにしか心が存在し得ないのだ。悪意こそが少女の本懐である。
後ろ姿は冷たく鼻を鳴らした。
「……ああ、分からんのか」
それはかつて<
ただ鋭敏に不快を覚え、
「なんか馬鹿にされてる?」
「何もかも分かる奴なぞいない。それよりも折角お前がいるんだ、これからの予定についてだが」
「ん、ああ、まあ……<
状況は悪い。
<
一方<
<
危機感を煽られた今だからこそ、統一は成る。相応しい力さえ示せばいい。
その力こそがこの竜泉辰鬼、<
これまではどの派閥にも属さぬままいた。真の力を隠し、引き込もうとする者を退け、取り入ろうとする者を撥ねつけ、孤高であったのだ。
年の頃は二十歳前。中肉中背、ややぼんやりとした印象を与えすらするが、<魔人>の力量は見た目に依存しない。
竜泉辰鬼は力を担える。だが強者であるがゆえに弱者の悪を行えない。思いつくことすら難しい。
「協力はするよ。あたしのことはどこの派閥も自分寄りだと思ってやがるから、お膳立ては簡単」
にやりと、堪え切れぬ笑みが漏れる。
辰鬼は振り向かない。背後など気にする必要もないと信じ込んでいるかのように。
不意に、伸びた影が変化した。広がったのだ、人ならぬ形へと。
夕陽に向き合う背中に変化はない、それなのに。
統一は達成されるだろう。<
<
そしていつか、化物は<
風が吹いた。
目許にかかる髪を、鬱陶しげに首を振って払い、辰鬼は大きく息を吐いた。
どこにも敵しかいないが、それも面白いとただ高揚した。
陽は落ち、空は茜から一度青に染め落とされ、夜へと沈む。
十階建てのマンション、蔦の絡みつくアーチが通路を形作るその出口で少女は待つ。
目を煌かせて、胸をときめかせて。
「まだかなー」
熱い吐息で、はにかんで。
「遅いなー」
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