【裏童話】彼らは本当に悪者ですか

花恋

第1話 魔女とヘンゼルとグレーテル

山の奥でひっそりと暮らす生活がもう何年も続いていた。

子供はおろか、話し相手は誰もいない。年老いてしわだらけになった顔や弱った手足、腰は曲がり少し歩くだけでも痛みが走る。

目も悪くなり景色を見ることは叶わないが、代わりに手の感覚や匂いには敏感になった。

小麦粉、卵、砂糖、バター、毎日焼きあげるケーキやアップルパイで常に彼女の家には甘くかぐわしい香りが漂っていた。

目が悪くてもお菓子を作り続けられるのにはひとつ秘密がある。それは彼女が魔女であることだ。つえをひと振りすれば一定量の粉がボウルに入れられ卵が割られる。そうやって毎日お菓子を作って生きてきたのだ。


ある日、山のふもとまで買い物に出かけ美味しいパウンドケーキを焼こうと意気揚々と帰ってきて彼女は驚いた。

―私の家に誰かがいる。しかもバリバリと音を立て私の家を破壊しているではないか。

クッキーの外壁もチョコレートの屋根も最後の魔力を使って築き上げた小さいけれど大切な家だったのに。老いぼれた私の力で同じものをもう一度作るなんて不可能に近い。

何故だ。私が魔女だからか。だからこんな仕打ちをするのか。私が何をしたというのだ。お前らが恐ろしいというから、気持ち悪いというから、真っ黒なフードをかぶって隠れるように生きてきたのではないか。

そっと家の中の匂いを嗅いだ。

小娘と少年の匂いがする。子供らしい高い声で、はしゃいでいるのが聴こえた。

「あぁ、幸せ。こんなにたくさんお菓子が食べられるなんて。」

「そうだね、グレーテル。こっちのマドレーヌもおいしいよ。食べる?」

「うん、食べる―!」

―なにをはしゃいでいる?他人の家だと気づいていないのか?

煮えくりかえる怒りを隠すようにわざと優しく声をかけた。

「君たち、お腹がすいているのかい?」

私の姿を目にしたからか二人の子供は息をのんだ。

「あ、あの、ぼ、僕たち、道に迷って、家が、帰れなくて。」

兄らしき少年がしどろもどろになって言い訳を探した。

立ち尽くす子供の腕を掴みあげる。

細い腕だ。本当に今までひもじい思いをしてきたのだろう。私のしわがれた腕とさほど変わらないのではないだろうか。

「いいんだ。ちょうど話し相手がいなくて寂しかったところさ。パウンドケーキ好きかい?」

魔法の杖をふとふり、ふたふり・・・・目が見えないとは思えない手際の良さでお菓子を作り上げていく。

みごとに焼きあがったパウンドケーキを前に彼らは歓声を上げた。

「すごーい!おばあさん。ねぇ、食べていい?」

「あぁいいよ。焼き立ては格別だからね。たくさんお食べ。」

私の作ったお菓子で喜んでくれるだなんて。どうせ老い先短い人生だ、壁の一枚や二枚食べられたって、ここに住めないわけではない。

初めての子供との交流に心が温まるような気がした。

「あたたかい紅茶も淹れてくるね。」

子供たちにそっと背を向けた。そのとき

「ねぇ、この人、魔女なんじゃ・・・。」

「しーっ。聞こえたら殺されちゃうよ。」

見えなくなった目の代わりに発達した耳にははっきりと聞こえてしまう。

いいんだ。もう慣れっこなんだ。魔女として生きると決めたときから誰かと仲良くしようなんて思ったことはない。だからこうして誰とも関わらずにきたじゃないか。期待なんてしない。


その夜、綿菓子のベットとマシュマロの枕をふたりに与え眠りについた。

しばらくするとふたりが話す声が聴こえた。

トイレの場所は教えたはずだが、忘れて困っているのだろうか。心配になって聴き耳をたてた。

「お兄ちゃん早く逃げよう。私たち食べられちゃうよ。」

「いや、人間から巻き上げた宝をどこかに隠しているはずなんだ。それを持って帰ればもうお金に困らずに幸せにみんなで一緒に生きていける。だからグレーテル、もう少し我慢してくれ。」

「わ、わかった。おばあさんと仲良くなったふりをして時間を稼ぐわ。」


次の日からヘンゼルは掃除を手伝うと言って部屋の隅々まで探り始め、グレーテルは私の気をそらせるようにお菓子作りを手伝った。

「お兄ちゃんどう?もうすぐタルトが焼けるんだけど。」

「うーん。まだだ。」

甘い香りが漂うキッチンで前より少しふっくらとしたグレーテルがかまどを見つめた。アーモンドの香ばしさが鼻をくすぐる。

グレーテルの小さな手をそっと握って

「どうだい、ここには少し慣れたかい?」

私の問いにグレーテルは一瞬息をのんだ。

「え、ええ。おばあちゃんとのお菓子づくりはすごく楽しいわ。」

「それは、本当かい?だったらどうして―」

私を信じてくれないの。

そう尋ねたかった。

しかし、グレーテルは強引に私の手を引きかまどの中へ押しやった。

「お兄ちゃん、助けて!私食べられちゃう!」


あとはもう何も聞こえなかった。燃え盛る炎の中で、その熱さにもがき苦しみ、息が詰まった。気が遠くなる。焼きかけたタルトと共に、大好きなお菓子と共に。

大きなカヌレの煙突へ黒煙が立ち上った。

それからあとはわからない。

食い荒らされた私の城は今もどこかに残っていますか。


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