25.道を彩る戦の香

 風竜たちの話しあいの結果、一行は彼らの背を借りて北大陸に発つことになった。とはいえ、その前にやらなければならないことがあった。ちょうど、一行の様子を見に来た『暁の傭兵団』の人たちを捕まえて、目的地のことを伝える。傭兵の一人が、『希望の風』に伝える、と言って走っていってくれた。その姿を見送った後、もう一人――ラリーが満面の笑みで振り返る。

「いや、でも、いよいよその《儀式》とかいうのができそうで安心したよ。俺らも頑張って説得続けてみるからさ、そっちもしっかり頼むぜ」

「ああ、わかってる」

 ディランはしっかりうなずいて、彼と手を打ちあった。直後、ラリーが目を瞬く。

「っと、そうだ。これ渡しておいてくれって、ノーグさんに頼まれたんだったよ」

 そう言うなり、彼は背負っていた袋を前に回して中をあさる。やがて引き出したのは、薄い本のようなものだった。ようなもの、というのは、紙がきちんとじられていないのだ。上端に穴を開け、そこに一本太いひもを通してまとめただけに見える。紙束を受け取ったディランの横から、ゼフィアーとレビがのぞきこんできた。

「……なんだこれ?」

 問うと、ラリーはひらりと手を振った。

「ここ最近の活動状況とか、諸々の数字をまとめたもの。ま、ファイネ周辺の記録しかないけどさ。参考程度に見てくれって」

 ああ、なるほどとディランはうなずいた。要は、例の『話』がどの程度広まっているか、人々の反応はどうか、そういった情報をひとまとめにしておいてくれたのだろう。戦うことしか頭にないと思われがちな『暁の傭兵団』だが、ノーグやセシリアをはじめとした一部の人は、情報の収集や整理に関しても手を抜かないのである。ディランは短く礼を言うと、紙束を鞄の奥にねじこんだ。

 彼は、仲間たちをぐるりと振り返った。みんな、今すぐにでも出発できそうな様子である。むしろゼフィアーなどは、早く北に飛びたちたくてしかたがないようだった。口もとをほころばせたディランは、一応の確認のつもりで口を開く。

「じゃあ、そろそろ行くか?」

 軽い問いかけに返されたのは、おおっ、という気合のこもった声だった。

 人々が一人か二人に分かれて竜に飛び乗ると、白い翼はくうを打つ。風竜の群は、鋭い鳴き声を合図として、悠々と舞いあがった。ディランは小柄な雄竜の背の上から、手を振って見送るラリーの姿を認め、手を振り返した。竜たちは風に乗り、すばやく身をひるがえすと、北に向かって空を駆けはじめた。強い風が全身に打ちつけるが、それはつらいものではない。前にルルリエがそうしたように、彼らもまたみずからの力を使い、強風と冷気をさえぎっているのだ。今となっては、ディランにその気遣いは不要なのだが、風も寒さも感じない方が楽ではあるので、ありがたく竜たちの好意を受け取ることにする。

 ディランはふっと思いついて、先程ラリーがくれた紙束を取り出した。ぱらぱらとおおざっぱにめくって、文字を追ってゆく。

「何が書いてあるの?」

 ごう、という風のうなりに混じって、そんな声がした。振り返ると、すぐ隣を飛んでいる竜の背から、チトセが身を乗り出している。彼女は落ちつかないのかそわそわしているが、幸いマリエットと二人乗りだ。変な事故は起きないはずである。やっぱり、竜狩人にとっては、竜に乗るって普通とは違う抵抗感があるのかな。と、よけいなことを考えかけたディランは、慌ててかぶりを振り、思考を打ちきる。少女の質問に答えることにした。

「ラリーが言ってたように、話の広まり具合とか、聞いた人の反応だとか、いろいろ書かれてる。全部信じてくれる人は少ないみたいだな。……でも、竜が殺され続けていることへの危機感は、広がってるみたいだ」

 言葉の終わりに心が波立つ。できるだけ平静を装ったつもりだったが、チトセはディランの声がかげりを帯びたことに気づいたのだろう。軽く顔をしかめた。

「……下手したら、そこらの傭兵と竜狩人がけんか、なんてこともあり得るのかな」

「かもしれない。わかっていた、つもりではあるんだけど」

「まさか、そのへんの人に『この武器』振りかざすことはしないと思うけど……ああでも、竜の鱗めあてでやってる奴らとかは、わかんないわね」

 チトセは刀の鞘を叩き、ため息混じりにぼやいた。ディランは深くうなずいて、ただそれから、もうひとつ記されている内容を思い出して「それと」と言葉をつないだ。

「竜狩りの件数も書かれてる。あいつらが調べられる範囲で調べたものみたいだから、正確じゃなさそうだけどな。……で、ちょっと気になる点が」

 そのとき、竜と竜の距離が少し離れた。ディランはいったん口をつぐみ、眉間を指で叩いて思考を整理する。そして、またチトセの声が聞こえたところで、続きを話した。

「『話』が少しずつみんなに受け入れられるようになって、世界各地で和解のための話しあいの場ももうけられてるみたいなんだけど。なんでか、それにつれて、じゃっかんだけど、竜狩りとその未遂の件数が増えてるんだよな」

 どう思う? と、ディランは少女に青い目を向けた。チトセはしばらく、きつい目を空に向けていたが、考えがまとまったのか小さくうなずいた。なるほどね、と呟いた彼女は、ディランと自分を乗せて飛んでいる竜を交互に見た。

「あの、大きな竜……シルフィエだっけ? あの竜に、言っときたいことがあるんだけど」

 チトセは、唐突にそんな言葉を口にした。



     ※



 近くの岩の陰で、仲間が動いたことに気づき、彼はいらだちをおぼえた。舌打ちしそうになって、しかし、それでは俺もあいつと同じだと思いなおし、かろうじてこらえる。代わりに、武器を持つ手に力をこめた。金属音は聞こえない。

 空をあおぐ。変わらない曇天。けれどいくらか、やわらかな雰囲気をまとっているように見えた。考えて、すぐにわらったが。ばかばかしい、俺たちが自然の美しさだの風情だの、そんなものを愛でるような感性を持ち合わせているわけがない、と嘲った。それよりも、『標的』の影はまだ見えない。彼は息を吐く代わりに、胸のうちで数字をかぞえた。

 数字が百を超したころだろうか。仲間から、かすかな合図がある。気づいた彼ははっとして、再び空に目を戻した。すると、薄曇りの空に、さっきはなかった影がある。大きな影はしかし、ひとつの物体ではない。そう、むれ。なんの群か、彼らは当然知っている。

 竜の群だ。

 現れた時分から考えて、あの竜たちは近隣の村人との話し合いに来たのだろう。彼らのうちのどれかの背に、竜の言葉を理解しているという人が乗っているはずだ。そいつを殺したいとは思わないが、矢を使うとなれば射殺もやむなし、である。そこまで考え、彼は唇を歪めた。

 竜というのものんきなものだ。一部の人間が調子に乗っただけで、あっさり警戒を解いて簡単に人里に近づくとは。持って生まれた大きな力と長い寿命のせいで、気が緩んでいるのかもしれない。

 やがて、竜の群はゆっくりと降下を始めた。おそらく、遠くの方で仲間が彼らの意識をひきつけようと、何かしらの細工をしているはずだ。のろしか、光か、確かそんなところだった。彼にとってはどちらでもいい。今はとにかく待つだけだ、と言い聞かせて、武器を扱いやすいようににぎりなおす。その間にも竜の群は近づいてきて、次第にその色や形を認識できるようになってきた。あれは、白い竜だ。何頭かの背に人が乗っている。竜の通訳は一人だと噂で聞いていたが、違う場合もあるのだろうかと彼は思った。

 だが、そんな考えごともすぐに終わる。仲間から別の合図が来たのだ。――今だ、攻めろと。

 男は地面を踏みしめ、手にした武器、槍をにぎる。さっき岩陰で身じろぎした仲間が、弓を上向けて弦に指をかけた。どうしても、下へ射るときに比べれば矢の威力は落ちるが、しかたがない。きり、と、彼は弦をひこうとした。が、その指がふいに止まった。がつん、という鈍い音が重なる。

 彼は目を見開き、仲間の方を見た。彼は気の毒なほどに目をむいていた。そして、間もなくゆっくりと倒れる。中途半端に弦がひかれていたからか、矢は弱々しく射られて、低いところに落ちていった。

「何が」

 彼は思わず呟いた。そして、仲間の頭にこぶを見つけ、かたわらに拳大の石が転がっているのに気づいた瞬間、振り返って槍でその先を突いた。返ってきたのは、彼の予想から大きく外れた手ごたえ。金属同士がぶつかる感覚と、音。きぃん、と響いた高音の余韻は間もなく消える。

「誰だ!」

 彼が叫ぶと、槍のむこう――その先にもまた、身を隠せそうな岩が連なっている――で、何やら影がうごめく。彼はまた槍で影を突こうとしたが、今度はすばやくかわされてしまった。くそ、と思った瞬間、柄に強い衝撃が伝わり、手が痺れた。槍を取り落としそうになった彼は、よろめくように後退して相手をにらみつける。なんとか得物を持ちなおそうとしたが、今度はその手へ強い打撃が叩きこまれた。今までの金属の手ごたえではないのだが、固い何かで打たれた感じだ。とうとうしびれと衝撃と痛みにたえきれず、彼の手は槍を離した。長柄の槍は硬質な音を立て、地面をむなしく転がった。

 拾わなければと思う一方、しびれる手はいうことを聞いてくれない。男が立ち尽くすことしかできない間に、武器を収めた相手は岩陰から歩み出て、まるで落とし物を見つけたかのような手つきで槍を手にした。縦に持ち、感触を確かめるかのように、石突いしづきで地面をつつく。

「ふうん」

 相手はそっけない声をこぼした。

「『話しあい』の場を狙って、狩人どもが張っている。それが竜狩りの件数が増えた原因か」

 悪くない策だ、と言って、相手は肩をすくめた。その姿をようやくまともに見た彼は、ぎょっと目を見開く。

 奇襲をしかけてきて、あっという間に彼から槍を奪ったのは、二十歳にも満たないであろう、少年だったのだ。青っぽい色みのまざった黒髪の下で、それよりずっと鮮やかな青の双眸が笑う。

「悪くない、んだけど。策に気づかれてしまったのが、あんたたちの敗因かな?」

「な、何を言ってる」

 うめくような男の声に、少年は答えない。ただ、別の岩に目を配る。すると、その陰から一人の少女が現れた。右手に手槍を持ち、刀を佩いた彼女は、剣呑な目で彼を見る。彼は、はっとした。少女は左手に、草を編んで作られた即席の投石具をぶらさげるようにして持っていたのである。

 彼が「悟った」ことに少女は気づいたのだろう。意地の悪い笑みを浮かべた。

同業者こいつらの思いつきそうなことだわ」

 とげを含んだ彼女の声は、そう吐き捨てた。

 

 

     ※

 

 

 チトセが同行してくれていてよかったな、とディランは思う。ディランたち五人でも、少し議論と推測を重ねれば「仮説」くらいは立てられただろうが、やはり経験者の意見は重みが違う。「世界各地で人と竜の話しあいの場がもたれているらしい」というディランの報告をすばやく記憶していた彼女は、シルフィエの前でこう言ったのだ。

『あたしだったら、その話しあいの場の周辺に張って、油断しきった竜を襲うくらいはするけどね』

 竜狩人の中でも抜きんでた強さをもつ『破邪の神槍』に属していた少女の言葉は、たちまち竜たちの危機感をあおった。六人と彼らで対策を話しあうも、前にも通った気流が常に乱れている空域に突入してしまったため、その話しあいは中断せざるを得なくなった。北大陸を眼下にとらえたとき、ちょうど、あからさまに竜たちを誘導するような光を見つけたのだ。そこで、ディランとチトセを乗せた者たちを含む何頭かは今の群からさりげなく離れ、光から少し西にそれたところに着地。残った竜たちが囮になっている隙に、竜狩人たちを見つけ出して忍び寄り、奇襲をしかけた――というわけだった。


 低くうなっている竜狩人の男を、ディランは冷やかに見つめる。さてどうしようか、と考えていたとき、人の気配がした。

「おいっ、何してんだ! おまえたちがちゃんと動かないから、竜に逃げられ」

 少し離れた場所から聞こえた怒声は、途中でぷっつり途切れた。ディランがその隙に振り返ると、息せききって走ってきたのだろう、数人の男たちがぽかんとして立っていた。自分の仲間と少年少女を交互に見つめる。

 状況をのみこめていなかったせいで呆然としていた顔は、じょじょに歪んで、赤黒く染まった。彼らはいっせいに得物を構える。

「な、なんだガキども! 何しやがった!」

 ディランは、隣のチトセを一瞥する。ちょうど、視線がかち合った。

「何って」

「奇襲」

 二人が声を合わせて答えると、竜狩人たちはいきり立って襲ってくる。ディランはやれやれと肩をすくめたあと、目の前で動けなくなっている男から奪った槍を、確かめた。

「実戦で使うのは久しぶりだな」

 ぼやいて、すっと槍を構える。しばらく剣しか使っていなかったので感覚を忘れていないか不安だったが、体は案外、おぼえてくれていたようだ。

 こちらへ飛びかかってきているのは全部で五人。距離、得物、体格、それらをざっと目で確認し、ディランは踏みこんだ。もっとも近くにいた一人が繰り出した短槍を、穂先をくいっと持ち上げることで受け流し、さらにそのままからめとる。押しこみ、使い手がよろめいた隙に、立ち位置を変えていたチトセが容赦のない回し蹴りを放った。相手は体を折り曲げて倒れる。それを見たほかの狩人たちはさらに怒った。チトセは、面倒くさそうに手槍を構えた。一瞬、刀と迷っていたが。

 その間にもディランは一人の男の剣を受けとめ、ねじこむように槍をすべらせておさえこんだ。そして途中でふっと力を抜き、滑らせるように槍を手もとへ戻すと、体勢を崩した相手に突きを繰り出す。槍頭をまともに受けて、相手の脇腹から血が噴き出す。それでも彼は退かなかったので、しかたなく距離をとったディランは、相手を撹乱かくらんするように走って左の死角に回りこむと、槍を回転させて逆さに持ち替え、力いっぱい振り抜いた。石突が相手のこめかみを強打し、あっというまに動けなくする。

 人が倒れる音を聞いたとき、ちょうどそのそばで、チトセが、壮年の男の腹になんと槍の柄を叩きこんでいた。

 彼女の一撃を最後に、あたりは急に静かになる。襲いかかってきた人々が、ぴくりとも動かないのを確認し、チトセは槍頭に鞘をはめた。ディランは少し悩んだあと、呆然としている男のそばに落ちている鞘を発見し、それを拾って先にはめた。

「あんた、槍使えたんだ」

 彼の動作をながめていたチトセが、感心した様子で言う。まあな、とディランはうなずいた

「傭兵団でひととおり使い方は教わったし、仕事でも使ったことがあって」

「へえ。なら今度、つきあってよ」

 みずからの手槍を示し、チトセはにやりと笑う。ディランは肩をすくめ――長槍を地面に置いた。

「ああ。でも、《魂喰らい》の武具は使いたくないから、どこかでいいもの見つけたときに、な」

 そう言った彼は空をあおぐ。竜の群は、いつのまにかいなくなっていた。

「あっちもうまく移動したみたいだな」

 呟いた彼は、チトセを振りかえる。追いかけよう、と言うと、少女は当然、とばかりに彼の後ろについた。

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