20.魂の真実

 狂う、というのは曖昧な表現だ。だが、ディランには目の前の男が言いたいことが、なんとなくわかっていた。オボロはそれこそ戦闘狂に似た熱を瞳に宿していたが、彼を諌めていたカロクもまた、冷徹ゆえの静かな狂気を身にまとっている。それはどこか、彼がかつて決別した男が漂わせていた、さびしげな気配を思い起こさせた。

「――今さら、それ?」

 苦りきった表情で、もう一人の竜狩人が言う。彼女はかつての同僚を鋭利な目でにらみつける。

「竜狩りやってる時点で、みんなもう、どこかしら狂ってるわよ。首領も、オボロさんも、あたしも、イスズも。――あんたが特別なんだってこと、わかってる?」

 それはどういう意味だろうと、ディランたちは首をかしげていた。だがセンは、へえ、とおもしろそうな声を出す。

「なんだ、気づいてたのか。おまえこそ、今さらそれを言うんだな」

「ばーか。今だから言うのよ」

 見下したようなチトセの物言いを意に介さず、センは肩をすくめる。それから、五人の旅人を見た。

「俺さ、あいつらの仲間じゃねえんだわ。カロクに金で雇われた流れ者でね。あるていど手柄を立てたら、とんずらするつもりだった。けどなあ、どうも、奴らを近くで見てるうちにそうもいかなくなったのよ」

「情が移った、というやつか?」

 ゼフィアーが、こてん、と首をかしげて問う。センは、ちがうちがう、と笑って首を振った。

「逆だね。この連中は放っておいたら、いずれすべてをかなぐり捨てて壊れちまう、ってな、流れ者の勘が冷たくささやいたのさ。そんな危ない怪物集団、放っておいていいわけないだろ? だから俺は、『破邪の神槍』に協力する体裁をとって、連中をみはることにしたわけだ。で、今になって、連中の狂気が少しずつ表に出てきてる。前にオボロとぶつかったなら、気づいてるだろ」

 彼はおもにチトセを見る。彼女が「あのときのオボロさん、普通じゃなかった」と呟くと、センは無情にも「――あれがあの人の『普通』だよ」と返したのだ。唖然とする少女から一度目を離すと、彼は次に青いついの瞳を見た。

「きっかけは……ディルネオが生きていたと、わかったことだ」

 ディランは何も言わなかった。センは、淡々と、言葉を紡ぐ。

「もう察してると思うけど、ディルネオはカロクの親父さんが狩り損ねた唯一の竜だ。で、カロクの親父さん、シグレは『破邪の神槍』のもととなる組織の長だった。だからディルネオは、あの傭兵団全体にとって特別な竜だ。カロクと、あいつの昔馴染みだっていうオボロが、やたら執着するのも納得だよ。執着が過ぎて、殺すことばっかりに目がいってんのもな。カロクはまだ理性的に考えてる方だが、自分でも気づかないうちに、その理性も薄れていってる。そばで見てると、よくわかる」

 剣を収める気配のないまま、センは淡々と語る。おどけた道化者の影は、奥の方へひそんでしまっていた。静かに語る彼が見せているのは、裏社会を生き抜いてきた者の、淡白で、冷酷で、無感情に近い雰囲気。今まで深いところにあった、彼の本性だろうと、ディランは察した。そして察したうえで、いつもと同じ調子で問いかけた。

「だから、俺を殺しに来たか?」

 毅然として微笑む竜を前に、センはわずかに顔をしかめる。ゆるやかにかぶりを振った。

「違うよ。結果的にはそうなるかもしれないけど、最初から殺しにかかる気はない。生かすか殺すか、選択するために君たちのもとへ来た」

「選択、ですか」

 レビがはりつめた声を返す。センは、そう、と軽く言った。

「そいつは、カロクたちを狂わせるきっかけになりかねない。けど、同時に、あいつらの目をさまさせる――希望にもなりうる。だから、今のそいつがどちらなのかを確かめる」

 彼は再び剣を突きつけた。今度はまっすぐ、ディランへと。彼もまた不敵に微笑んで、自分の剣を構えた。

「――見極め、ってやつだな?」

「察しがいいね、坊主」

――そしてセンが、地を蹴った。


 ディランめがけて飛びかかってくるセン。その剣の筋はほとんど見えない。ディランは風のうなりと勘だけで、剣を受け、とっさに力を下へ流した。剣が震え、その振動が手もとにも軽く伝わる。口もとを引き結んだ彼は、思いきって相手にめがけて飛びこんだ。勢いよく振りおろした剣をセンの刃がすぐにとどめた。こめた力に押されたのか、センの体はわずかにぶれる。だが、まったくひるまなかった。彼は俊敏な動作でディランの剣から逃れると、下から上へ容赦なく得物をぶつけてくる。耳障りな金属音が響き、センの鋭い一撃が叩きつけられた。

 耐えられそうにない。判断したディランは――剣を手放し、飛びのいた。

 男はきょとん、と目をみはる。いっさいの抵抗なく弾き飛ばされた剣は、遠くへ飛んだ。その軌跡を目で追いながら、ディランは身をかがめてまた彼の方へ走った。足払いをかけようとしたが見抜かれて、たやすくかわされる。お返しとばかりに振り下ろされた剣から、ディランは転がるように逃げた。

 センはさらに追ってくる。その瞳には迷いも慈悲もない。先程の剣撃も、本気でディランの首を落とそうとしていた。こみあげてくる苦みをこらえ、水竜はまた構える。

 だが、そのとき。センの真後ろでどちらのものでもない刃が閃いた。センは大きく踏み込み、横に跳んで一撃を避ける。ぐっと地面を踏みしめた後、体を半回転させ、刀をさばいた。闖入者ちんにゅうしゃは彼の攻撃を受けてなお、危なげなく着地する。舌打ちの音がした。

「俺に奇襲しかけるとは、あいかわらず度胸あるな」

 センがにやりと笑って言う。片手で刀を構えたチトセが、荒々しく鼻を鳴らした。

「そりゃ、傭兵団にいた頃から、どうやったらあんたの寝首を掻けるか考えてたからね」

「危険なお嬢さんだこと」

「わかりきったことでしょ。そっちこそ、とんだ道化じゃない。今まで実力隠してたでしょ」

 相手からの返答はない。それでもチトセは冷たい態度のままだった。どうでもいいや、と言わんばかりに息を吐くと、左手を無造作に振り上げる。彼女の手から離れた長いものは、大きく弧を描いて飛んだ。ディランはぐっと手を伸ばし、放り投げられた得物を受け取った。

「これはどうも。あとで拾いにいくつもりだったんだけどな」

「セン相手にして、そんな余裕あるわけ? あんたって、本当よくわかんないやつ」

 いつもと変わらず微笑むディランに、チトセがため息を返した。だが、彼女の視線はすぐセンへ向く。

「あんたが水竜に何を期待してるかは知ったこっちゃないけど。『裏切り者の始末』はしなくていいんだ」

「お? 大人しく殺されてくれるのか?」

 お使いを頼むかのような調子の質問を、少女は「そんなわけないでしょ」と両断する。厳しい扱いを受けてなお、若者はからからと笑った。

「せっかくだから、そっちはイスズにやらせるわ」

 こいつ、性格悪いな――とディランでも思ったほどだった。すぐにでも相手を殺しにかかりそうなチトセへ、思わず同情の視線を送る。もとは同じ『破邪の神槍』の一員であった二人は、にらみあったまま動かない。ふいに訪れたわずかな空隙くうげきに、ディランはまわりに視線を巡らせた。ゼフィアー達は少し離れた場所から、彼らの戦いに割り込む隙をうかがっているようだった。しかし、相手はあのセンだ。そう簡単に入ってこられるものでもないだろう。たまたま視線がかち合ったマリエットの瞳が、猛禽もうきん類のように光っている。ディランは思わず苦笑した。

 助けてくれるならありがたい。けれど、無理をして怪我をしてほしくはない。そういった意味をこめ、ディランはひとまず仲間たちを目でおさえた。

 それに何より――センは、彼と剣を交えたいようなのだ。

 うなじのあたりに軽い痺れを感じて、ディランは剣をにぎった状態で体を回転させる。横から伸びてきていた刃が、高い金属音を立てて飛ばされた。踏み込んできたセンを、ななめ後ろからチトセが攻撃しようとする。だが、彼女の刀はあっさりとあしらわれた。センの表情は少しも動かない。チトセも、まったく、あきらめる気配がなかった。よろめいたもののすぐに踏みとどまって耐え、体をばねのように使って相手へ飛びこむ。聞こえた舌打ちはどちらのものか。刀と剣の間で火花が散った。

 そのまま始まったつばぜり合いの中、センの表情がわずかにゆるむ。

「あーあ。やっぱり『裏切り者の始末』してからじゃないと、落ち着いて決闘もできないか」

「これが決闘だなんて、聞いてないわよ」

 刃と鍔が激しくこすれあう。二人は大きく跳躍し、互いから距離をとった。そのとき、センの目が、少女の持つ刀をとらえた。

「なあチトセよ。おまえ、この武器がどうして竜を殺せるか――それだけの力を持っているか、知ってるか?」

 突然の質問に、チトセは目を丸くする。それでもすぐ、いつもの仏頂面に戻り「知らない」と吐き捨てた。センは彼女の答えを予想していたようで、笑っているのか真顔なのか判然としない表情のまま続ける。

「……そこの娘っ子がかつてカルトノーアに運んだ小包。あれを考えてみろ」

 そう言って、センはゼフィアーを指さした。いきなり会話に引きこまれたゼフィアーは、虚を突かれて固まっている。チトセは無表情で『伝の一族』の少女を振り返ったが、少し経ってから、驚きに顔をこわばらせた。

「竜の、魂の、石」

 うつろに呟いた彼女は、それから慌てた様子でディランを見る。ディランは、あえて何も言わなかった。

「まさか……!」

「そ。この武器の、刃だとか槍頭だとか、敵と接触することの多い部分にはな……竜の魂を定着させてあるらしいんだ」

 センは、自分の得物を軽く持ち上げた。

 彼の目はチトセとディランを順になぞる。唖然としているチトセとは対照的に、ディランはどこまでも静かな無表情でいた。

「七百年以上前、竜とけんかをはじめてしまった人間は、どうにかして竜を倒せないかと考えた。魂だとか目に見えない力だとか、そういう怪しいことを専門にしている奴らが、研究に研究を重ねた。どういう研究結果が出たか、俺は知らないしどうでもいいけどな、竜に竜魂の力をぶつけたら、生きてる竜の魂を砕いて殺すことができる、とわかったらしい。では、どうやってそんな武器を作りだすのか? 連中は、ある現象に着目した」

「竜の魂の、無生物への定着?」

 チトセが冷たい声で返す。センは、「お、よく知ってるな」とおどけ、少女のにらみなどものともせず、話を続ける。

「死んだ竜の魂が、なんの偶然か鉱物などに固着する。これを、人為的に引き起こせないかと、連中は考えた。また研究を重ね、ときには竜と関わりの深かった一族の知識をむりやり盗みだして、やがてその方法を編み出した。で、作り出されたのが竜を殺す武器の第一号。それは、めちゃくちゃ巨大な槍で、どっかの水竜に振り落とされるまではそのまま使われてたんだってな」

 彼は、持ち上げていた剣を、もう一度対峙する二人へ向ける。

「かわいそうなこった。竜狩りで死んだ竜は、お仲間さんの力で殺されたんだ」


 言葉とは裏腹に、竜の死をなんとも思っていないような声音。

 それに少女は動揺し、水竜の少年は眉のひとつも動かさなかった。

 ただ、泣いているかのような若者の目の奥を、じっと見つめる。


 センはそれきり言葉を切る。たたずんだまま動かない彼は、何かを探っているかのようだった。

 木の葉がざわざわ揺れる。それは、ディランに、似ても似つかない北の地の風景を想起させて――彼は無意識に、呟いていた。

「最初の《魂喰らい》の武具、か」

 そこにいる全員が、ディランを見る。けれど彼自身は、向けられる視線になど気づいていなかった。

「それを作るために、かつての『北の大水竜』と、彼女の眷族は、殺されたんだな。……確信がもてて、よかったよ」

 ひどく冷やかなディランの言葉に、今度はセンの方が目をみはった。

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