22.再び村へ

「あっ!!」

 それまでのぴりりとした空気が薄れた頃、ゼフィアーが大声を上げた。全員が彼女に釘づけになる。

「どうした、ゼフィー」

「わ、私、大事なことを忘れていた!」

「ん?」

 大声で叫んだゼフィアーは、首をこてんとかたむけたディランにしがみついた。

「ディラン、ディルネオ! お主に訊かねばならぬことがある!」

 ディランの体をゆすりながら叫んだゼフィアーに、最初はみんなが戸惑ったような視線を向けた。けれど、これまで旅をしてきた五人は、すぐに目をみはった。

「《魂還しの儀式》……!」

 レビが叫ぶ。そしてマリエットがうなずいた。

「ディルネオが情報をにぎっているかも、という話だったものね」

 それを聞き、ディランは顔をしかめる。まいった、と心の中で呟いて、無意識のうちに頭をかいていた。

 強い視線を向けてくる四人と、無関心な一人を見てから、うなだれた。

「悪い。そこまでは、思い出せない……」

 言った瞬間、あたりの空気が重くなったようにディランは感じた。人数分のため息が聞こえてきて、さらに落ち込む。だがそこで、ふと顔を上げた。

「あっ、でも――書庫に行けば同じことだな」

 その言葉に落ち込んだのはゼフィアーだった。

「けども、あれほどかたくなに断られてしまっては、もう入れないのではないか?」

「大丈夫だよ」

 少し前であれば絶対に言わなかっただろう言葉を口にして――ディランは、不敵に微笑んだ。

「俺がいれば、大丈夫だ」

 少し意地悪かもしれないな。そんなふうに、思った。

 

 それから、五人から六人に増えてしまった一行は、《大森林》を後にする。彼らが当初考えていたよりもだいぶ時間が経ってしまったが、それでもまだ日が高い時分ではあるはずだ。それになにしろ森の守護者であり家主である水竜が少しだけ森をいじったので、帰り道はだいぶ短縮できた。

 森を出ると、銀髪の青年が見える。にこやかに手を振る彼に、チトセ以外が目を丸くした。

「おいおい、まさかずっと待ってたのか?」

 弓をかつぎながらトランスが呟く。声が聞こえたわけではなかろうが、フランツは穏やかに歩み寄ってきた。

「やあ、帰ってきたね、みんな。何か参考になるものがあったかい?」

「ええ。少し、ね」

 フランツの問いに、同族のマリエットが答える。彼女はディランを一瞥したが、言葉の意味は微笑の裏に隠したままだった。フランツも詳しいところを聞く気はないようで、ただ、意外そうに「それはよかった」と言う。そんな彼の目が、一行の中にまぎれる少女へ向いた。

「あれ? この女の子は、どうしたの?」

 当のチトセがびくりと震えた。だが、ディランはあっけらかんと返す。

「俺たちの知り合いでね。なんか、別のところから《大森林》に入って迷ったらしいから、連れてきた」

「ああ、そうだったんだ」

 フランツは疑いもせずうなずいた。本当は少し疑っていて追及しないだけかもしれなかったが、真相は本人にしかわからない。そのまま青年は、トランスやマリエットや、子どもたちと談笑する。

 その横で、チトセがディランの服のそでを軽くひっぱった。彼がチトセに目を向けると、彼女は半眼になってささやいた。

「……よく平然と、あんな嘘がつけるわね。入口なんて、そんなに多くないでしょ」

「わざわざ内緒話にしてまで言うことか?

……でも、ここ以外から入りこんでしまうことがまったくないわけじゃない。トランスがそうだった」

 ディランがおどけた顔で言うと、チトセは目をみはる。

「あんた、それは思い出せてるんだ」

「何せ、ここ数か月間、本人がそばにいたからな。まあ、あれだ、顔見てればいろいろ思い出す。本来は、記憶力はいい方だし」

 言ってこめかみをつついた彼は、フランツの呼び声を聞きチトセから顔をそむけた。チトセの方も何食わぬ顔で手槍を持ちなおす。

「彼女が、《神官》たちのところに寄っていきたいって言ってるんだけど」

 そう言うと、フランツはゼフィアーを手で示す。彼女はいつもどおり、胸を張ってなぜか得意気な顔をしていた。ディランはあきれたように笑いつつも、うなずいた。

「そうか。じゃあ、戻ってきましたっていう挨拶くらいはしておくか」

「うむ!」

 ゼフィアーは大きくうなずいた。横で、マリエットがフランツを見る。

「あなたは、どうするの? ずいぶん待たせてしまったようだし、お疲れなら戻っていても大丈夫よ」

「いやいや。あれは僕の勝手だし、大丈夫。僕も行くさ。万一、彼がつんけんしているようだったらなだめてあげないといけないしね」

「そう」

 マリエットが肩をすくめ、言葉の意味を察したディランたちも苦笑を交わした。ゼフィアーと、あれだけ張りあったあとなのだ。生真面目な若き《神官》が無愛想にふるまってきてもまったく不思議ではない。

 事情を知らないチトセだけが、首をかしげたあとにあくびをこぼしていた。

 彼らの足は《神官》たちがいると思われる丸太小屋へ向く。最初に訪ねたときのような緊張感はなく、人々は会話をさしはさみながら歩いていた。その道中、フランツにチトセの紹介もしておいた。もちろん、素性は伏せねばならなかったが。

 そうしているうちに覚えのある丸太小屋が見えてきた。フランツが二回扉を叩いたあと、開く。扉はやはり、すぐにでも外れそうな不穏な軋みをあげて開いた。

 朝に来たときと同じように、若い《神官》と老人の《神官》がいる。彼らは驚いた様子で来訪者を出迎えた。

「おや、みなさん。ひょっとして……本当に行ってきたんですか?」

 青年が淡々と、けれど少しだけずれた声で問うた。本気で《大森林》に足を運ぶとは、思っていなかったらしい。ゼフィアーが肯定した。

「うむ。迷子の知りあいにあったりして、なかなか忙しかったぞ」

「それは……」

「多少は意味のある道行きになったようですな、よかった」

 言葉に詰まる青年の横で、老人が穏やかに笑って言う。彼の顔を見たディランは息をのみ、そして思わず一行の一番前に出ていた。

 その瞬間――にこにこしていた老人の顔が、固まった。若い《神官》が、いぶかしげにそれを見上げる。だが、彼が声を上げる前に、老人が少年に向かって半歩踏み出していた。

 

「ディルネオ様……!?」


 放たれた声が震える。そばにいた五人が顔を見合わせたものの、彼らはまだ冷静だった。信じられないといった表情になったのは、フランツと若者だ。

 実際、若者は唖然としつつも老人に声をかけていた。

「な、何をおっしゃっているんです? ディルネオ様は、二十二年前に――」

 だが、ディランはそれを聞いていなかった。聞こえていなかった。思わず、息をこぼす。

「ヘルマン……」

 久しぶりに名前を口にして、じわりと、心にいいようのない感情が広がる。

 断片的な、感傷まじりの思い出の中にしか、かつての彼の姿はない。けれど、笑い方や話し方は、最後に会った時とまったく変わっていなかった。水竜である今、そのことに安堵してすこし泣きそうになってしまう。

 ただのディランであった頃には、そんな思いはまったくなかったのに、と不思議に感じつつも、ディランは老人と――ヘルマンと向かいあっていた。

「この御力は間違いなくディルネオ様のもの……帰ってきて、くださったのですね」

「――ああ」

 ディランはうなずいた。するとヘルマンは、崩れ落ちるようにして、その場にひざまずいた。わずかに伏せられた顔はくしゃくしゃに歪んでいて、けれど目はやわらかく笑んでいた。

 そんな老人の前に、ディランは黙ってしゃがみこむ。あの頃より色あせた青い衣にそっと触れた。

「二十二年間、知らせも寄越さずすまなかった。よくこの村に残って――《神官》として頑張ってくれたな。ありがとう、本当に……」

 この村にいたということは、主を失った水竜たちとの関わりもあったはずだ。それを思い、ディランは目を閉じる。その前でヘルマンは、強くかぶりを振った。

「いいえ、いいえ。村を守り、人と竜を繋ぐのは、我らの役目。本来、竜狩人どもの暴挙を止められなかった我々は、竜に――あなた様に罰せられてもいいほどです」

「馬鹿を言うな。私に人を罰する権利などない。そんなことをしたら、それこそ人々の反感を買うだろうしな。労いこそすれ、責めようとは思わぬ」

 ありがとう、と。もう一度彼がそう言って、困ったように微笑むと、とうとうこの老人は片手で顔を覆ってしまった。隠しきれなかった透明な雫がぽたりと落ちて、床に染みをつくる。

「ディルネオ様こそ、よくぞ生きてお戻りくださいました。村人一同、お待ちしておりました」

「――うん」

 ディランはそっと答えると、そのまま泣き崩れてしまった老人の背を優しくさすった。

 

 その光景を見ていた者は、しばらく身じろぎすらしなかった。だがやがて、すすり泣きが弱まると、フランツが肩をすくめる。

「これは驚いた。不思議なことが、あるものだね」

 そう言ったあと、彼は旅人五人を見回して、一番近くにいたゼフィアーへ声をかけた。

「君たち、知ってたんだろう? 今夜、詳しい話を聞かせてもらうからね」

 穏やかだが有無をいわせぬ言葉に、ゼフィアーは苦笑しながらも「無論、そのつもりだ」と答える。

 開きかけた扉の隙間から、薄い陽の光がさしこんで、小屋の中を淡く照らした。

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