3.盗賊狩りとジュメルの実

 町の片隅、古い家の軒先に腰かけてまどろんでいると、ふいに、意味もなく隣に座っていたアントンが、すくっと立ち上がった。その気配に目を覚まして、ディランは彼の視線を追う。人混みをかき分けて、明らかに場違いな荒くれ者たちが駆けてくるのが見えた。先刻、「先遣隊」として駆り出された人々だ。

「おう、どうだ。連中は、俺に出ろと言ってきたか」

 アントンは彼らに歩み寄りながら、潜めた声で話しかける。先遣隊の者たちは首を振った。

「いえ。首の受け渡しは、俺たちだけでなんとかなりやしたぜ」

「そうかい。そりゃよかった。おまえたちも、だいぶ慣れてきたな」

 そう言ってアントンが、報告してきた男の肩を荒っぽく叩くと、彼は子どものように喜んだ。その後、アントンは仲間たちにてきぱきと指示を飛ばす。自分はここに残る、と言っているのが聞こえた。ぱらぱらと散ってゆく男たちを見送ってから、アントンが、軒先にかたまっている旅の一行を振りかえる。

「さて、ご質問は?」

「山ほどある」

 トランスがきっぱり言うと、アントンはおおげさに首をすくめた。

 

 アントンたちが盗賊団を壊滅させたのち、五人は素性不明の彼らとともに、近くの町にやってきた。細い街道に沿って作られた町には、木造の家いえが立ち並ぶ。行き交う人々は大半が毛皮の上着をはおっていて、どこかいかめしい印象を少年たちの目に残していた。

 人の往来からやや外れ、今は誰もいないらしい家の前にたむろしていた彼らは、アントンに彼らの「仕事」のことを聞いていた。

「盗賊狩りと言っていたが、先のようなことをいつもやっているのか?」

 ゼフィアーが目に不安をちらつかせながら問う。アントンは、あっさり首肯した。

「まあな。街や村の人たちから直接依頼を受けて、盗賊たちを倒して、その首や奴らの持っていた財宝を『依頼主』に届けることで報酬をもらってるんだ。このあたりはさっきみたいな連中が山ほどいるから、仕事にゃ困らないぜ」

「そ、そうか」

 あっけらかんとしている彼の態度に戸惑っているのか、うなずくゼフィアーの目は泳いでいる。目を爛々と輝かせて盗賊たちを殺して回っていたときとは、あまりにもまとう雰囲気が違うから、どう接していいかわからないのかもしれない。実際、ディランもそうだ。だから黙りこくって剣の柄をいじくっていた。

 アントンは、彼らの態度などはじめから眼中にないかのように、寒空をあおいでのんきにあくびをこぼした。

「こうやって依頼を受けながら、俺たちは今、ノルドパテラっていう街を目指してるんだ」

「ノルドパテラ?」

 二人分の声が重なった。きょとんとしたアントンの視線を受け、声の主、ディランとトランスは顔を見合わせる。

 ディランは不思議な懐かしさとともに、街の名前を噛みしめていたのだが、そんな彼を見るトランスの目は、どことなく胡散うさんくさがるような雰囲気がある。どうしたのか、と問おうとして口を開いたのだが、ディランが何かを言う前に、アントンが訝しげな声を上げた。

「何なに、知ってんの?」

「……ノルドパテラってのは、俺の故郷でね」

 トランスが、苦々しげに答える。すると、アントンは大仰に目を見開いて驚いた。彼ほどではないにしろ、ゼフィアーやレビ、そしてマリエットも、目をみはって互いを見ていた。だが、ディランだけは、驚くほど冷静な心を抱えて彼らの反応を見つめていた。――最初から知っていたからだ。

 

 頭の奥で、何かがうずく。

 急かす心と、押しとどめようとする心が、拮抗きっこうする。

 理性と、感情と、本能の争いは、頭の芯に鈍い痛みを呼び起こすような気がした。

 

「ちょうどよかった!」

 闇に沈みかけた彼の思考を切り裂くように、男の陽気な声が飛び込んでくる。ディランがはっと目を見開いて、声の方を見ると、アントンが顔を輝かせて手を打っていた。――彼自身の後ろで、一人の少年が青い顔をしていることに、ディランは気づかない。

「ならさ、あんたたちも、ノルドパテラまで俺たちと一緒に行かないか? ほら、地元の人がいると俺たちにとってもありがたいんだよ!」

 彼の明るい提案に、一行は困って顔を見合わせた。

 五人の目的地はあくまで《大森林》なのである。町に着いたところでどういう経路を通って目的地まで行こうか相談しよう、と、なんとはなしに考えていたところだったのだ。そのうち、トランスがため息まじりの声をこぼす。

「……まあ、ノルドパテラからでも、《大森林》には行けるけどな。地図を見る限り」

 彼がそう言うと、残る四人の中にさざめきのような笑い声が起きた。

「ならば、行ってみてもいいのではないか?」

 言い出したのは、ゼフィアーである。彼女の一言に、トランスが「はっ?」と素っ頓狂な声を上げる。立ちすくんでいる男の顔をつついたのは、槍を携えた女性だった。

「だって、あなたさっき、家に帰りたがってる子どもみたいな顔をしていたわよ?」

「んなっ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる美女にそう指摘されて、トランスが珍しくうろたえた。そんな彼を見て悪戯心が芽生え、ついにディランも「なら、少し寄り道するか」と言い出した。ゼフィアーが明るい笑い声をもって答える。レビも、呆れたようで微笑ましそうな、そんな顔をしている。

 見事に、若者たちにやりこめられたトランスは、乱暴に頭をかいたあと、アントンを振りかえった。

「どうも、そういうことらしい」

「やったねー。あんたのお連れさんたち、話がわかるなあ」

「……一応言っておくが、地元民とはいっても、俺は貧民街の人間だった。それも、あそこで暮らしてたのはガキのころだ」

「かまわねえよ。俺はそういうの気にするたちじゃないし、貧民街の人間の方が、案外街のことに詳しかったりするだろ?」

 盗賊狩りの男は、不敵に笑って、トランスのたくましい肩を乱暴に叩いた。それから、すぐに人懐っこい笑みを浮かべてディランたちの方を向いた。

「それじゃあ、俺はうちのモンと話つけてくる! あんたたちに宿屋紹介してやるから、しばらくはゆっくりしてくれや!」

 いつのまにか話の主導権をにぎっていた彼の一言に、一行はなんともいえない気分でうなずいた。

 

 アントンに紹介されたのは、町のまんなかに立つ小さな宿屋だった。そこもやはり木造で、塗料のひとつも塗られていないむきだしの壁が、風格を漂わせていた。部屋をとった彼らは、しばらくの間、この小さな町を思い思いに散策することにした。

 そんな中、ディランとゼフィアーは、どちらが言い出すわけでもなく二人で行動していた。低いざわめきの中に時折荒っぽい怒声が飛ぶ、そんな街路を言葉少なにそぞろ歩く。石畳を踏む靴の音が、高く、低く聞こえる中。少女がつぶらな瞳に好奇心をたたえ、足を止めた。道の脇を振りかえる。

「どうした、ゼフィー?」

「ディラン、あれ。なんだかおもしろそうだ」

 ゼフィアーが言って指さした先では、元気のよさそうな老人が、道端で箱を並べて座っている。箱の中には、薬草や野菜と思しきものがぎっしり詰まっていた。

 心のおもむくまま、そちらに足を向ける少女を、ディランはいつものように目を細めて追いかける。すると、老人が彼らに気づいたのか、顔を上げてにやりと笑った。

「おや、旅の方かい。こんな草売りに目をとめるとは、おもしろい」

「くさうり? やっぱり、薬草や野菜を売っているのか?」

「然り」

 ゼフィアーの無邪気な問いに、老人はゆっくりうなずいた。しわだらけの手で箱を示す。

「旅の方も見てきたと思うがね。北大陸ってのは、南部のほんの一部分でしか、作物が育てられんのだ。こんな気候だからね。だから、わしのように、よそから仕入れてきた草を売るやつはときどきいる。草は傷むのが早いから、それすらも難しいのだがね」

「なるほど。地元の人にはありがたがられそうですね」

 ディランがかがみこみながら言うと、老人は声高に笑った。

「それがそうでもないんだ。北大陸の人間は、野菜なんぞ見たことがない奴が多い。ってなもんで、わしがこうして売っていても、見たことのない変な草を売るじじい、と思われて素通りされるのだ」

「そういうものなのか? 難しいなあ」

 ゼフィアーが眉をひそめると、老人はまた笑う。

「左様。商売とは、難しいものなのだ。

 だから、君たちのように興味を示してくれる者はわしにとってはありがたい。好きなだけ、見ていっとくれ」

 老人の言葉にうながされ、というわけでもないが、ディランとゼフィアーは、しばし箱に詰まった野草に見入る。その中で、少年の瞳がある野菜と思しきものをとらえた。

「これは……?」

 慎重に、手にとってみる。

 長くしなやかに伸びた葉の根元に、茶色くて固く、丸い実がついている。はイモの一種のようにも見えるが、それにしては表面がなめらかだ。はじめて見る物をしげしげとながめるディランに、老人の目が向いた。

「ああ、それはジュメルだな。西大陸の北部でよくとれる。こっちの南でも少し育つ。煮出すとあまーい汁が出るんで、それを使うんだ」

「ふぇー。何か料理に使えるか?」

 楽しそうにジュメルをのぞきこむゼフィアーに、老人がいくつか使い道を紹介している。それを適当に聞き流しながら、ディランはじっと、茶色い皮に覆われた実を見つめた。なめらかな皮が、何か温かいものを呼び起こすような気がした。思わず実をにぎりこむ。

「ディラン、それ、ほしいのか?」

「うぇっ!?」

 突然、顔のすぐそばで言われて、ディランは心臓が飛び出そうなくらい、驚いた。見ると、ゼフィアーがにやにやと笑っている。

「ちょうどいい。いくつか活用法を教えてもらったから、二、三個買っていこう。意外と日持ちするらしいし」

「い、いや、俺は……」

「おじいさん、これを頂けるか?」

「はいよー」

 ゼフィアーに老人はうなずいて、値段を告げてくる。西大陸で野菜や薬草を買うよりもだいぶ高かったが、土地柄なのだろう。ゼフィアーはにこにこ笑いながら、購入した三個のジュメルを、自分の鞄とディランの鞄に押しこんだ。少女の強引さに少年はため息をついて、けれど、鞄にねじ込まれるジュメルを拒みはしなかった。



     ※

     

     

 暗い空の下、白刃はやけにさえざえとして見えた。ディランは、振りおろされた刃を軽々かわすと、お返しとばかりに使い手の鳩尾にひざ蹴りを叩きこむ。あっさり剣を取り落とし、体をくの字に曲げて悶絶する彼の頭を剣の柄頭で殴りつけた。たくましい男の体は、痙攣けいれんしてから、ぐらりと倒れこんだ。横合から、大きなつちを振りかざして、巨人のような男が躍りこんでくる。彼が大ぶりな攻撃をかわし、空を切って振り抜かれる槌を見てぞっとしていると、男はふいに体の向きを変えた。その、無愛想に細められた目が、棒を振り回して三人を仕留めた少年へと向く。ディランはつま先で地面を蹴り、一心不乱にレビのもとへ走ると、彼の襟首をつかんで槌の軌道から離れさせた。ぶおっ、と低くうなる槌。レビもまた、その様に青くなった。

 大きく重い武器を振りかざす相手はやりにくい。どう攻めるかディランが思案していると、そこに、髭面の男が割り込んでくる。アントンの部下だ。彼は、信じがたいことに、丸太のように太い腕で槌を受けとめ、その軌道をそらした。そして、わずかによろめいた彼の胴へアントンが潜り込み、肩から脇腹にかけてを一息に斬った。

 彼らの力強い戦い方には、少し感動する。だが、いつまでも彼らばかりに気を取られているわけにはいかなかった。ディランはすぐさま意識を切り替え、横で噴き出る血を無視して、アントンたちにとびつこうとする別の盗賊たちに、剣と拳で向かってゆく。

 ひととおりの盗賊が倒され、あたりが静かになった時。息を吐いたディランは剣を収め、自分が殴った男の横で、まっさおになりながら棒を拾っている少年に、声をかけた。

「レビ、大丈夫か?」

「は、はい!」

 彼は、一瞬表情をこわばらせたが、すぐに答えてお礼を言った。

 

 前の町を出て以降、一行は、アントンら盗賊狩りの集団とともに、ノルドパテラを目指して北進していた。アントンの部下たちにもすぐに受け入れられ、彼らはいくつかの町や村を経由しながら、おおむね平穏な旅を満喫している。

 

 ディランが気絶させた男を、アントンの部下が礼をいいながら、縛って担ぎあげていく。筋骨隆々とした背中を見送ったディランは、ふと振りかえり、眉を寄せた。

 視線の先にはレビがいる。茶色い草の上に佇む彼は、棒を拾った直後の姿勢のまま、ぼうっとしていた。

――最近、レビはディランと一緒にいるとき、様子がおかしくなることがある。おびえたように彼から距離をとったり、今のように、うわの空になったり。不審に思いつつ、ディランはなかなかそのことを切り出せずにいた。話そうとすると、レビがむりやり話題を変えるので。

「おい、レビ」

 ディランはいつものように、少年の肩を叩く。彼は分厚い頭巾の下で、顔を凍りつかせた。それから、つくろったような笑みを浮かべる。

「あ……ごめんなさい、ぼうっとしてました」

「そうか」

 うなずきながら、ディランは自分が苦々しさを隠し切れていないことに、気づいていた。

 ああ、またこの顔か。

 レビの不器用な微笑みを見るたびに、胸がざわつく。

「なあ、レビ。おまえ、どこか悪いのか?」

 おもいきって訊いてみた。するとレビは、きょとんとして返す。

「いえ。このとおり、元気ですよ?」

 このとおり、と言われても、ディランの目にはレビが元気なようには見えなかった。ただ、体の方は本当になんともなさそうなので、反応に困る。

 ディランが鉄壁とすらいえる少年の笑みを前にせめあぐねているうちに、遠くからアントンの呼び声がして、レビはそちらへ駆けていってしまった。しかたなく、ディランも荷物を確かめて、小さな後ろ姿を追った。

 走っていくと、ゼフィアーたち三人と、アントンとその部下が焚火を囲んでいた。ほれ来い、とアントンは手招きする。ディランとレビが首をかしげながら適当なところに腰かけると、ゼフィアーが改まって切り出した。

「それで――お主たちは、なぜ、盗賊狩りをやっているのだ?」

 どうも、二人が来る直前に、そういう話が出たらしい。アントンは待ってましたとばかりにうなずく。胡坐あぐらをかいて、切り出した。

 

「俺たちはな、もともと盗賊だったんだよ!」


 陽気な声に頭を殴られた気がした。ディランは思わず前のめりになってから、仲間たちを確かめる。

 彼らも似たような衝撃を受けたようで、唖然としてアントンを見ている。あのマリエットですらも。

 アントンと部下たちは、五人の反応がよほどおもしろかったのか、粗野な笑い声を響かせた。

「クゼス全土をまたにかけて暴れ回る、けっこう大きな盗賊団だった。俺が十八のときに、先代の頭領がおっんじまってな。先代の遺言と、仲間たちの指名によって俺が頭領になった。それからも、それまでと変わらず、クゼスの街道や小さな村を荒らし回ってたんだ」

 とんでもない過去を明るく語るアントンの声に、ディランは吸い寄せられるように聞き入っていた。盗賊狩りの頭目は、近くにあった木の枝を、ぞんざいに火の中へ投げ込む。炎が、ばちん、と大きな音を立ててぜた。

「けど――あれ、どのくらい前だっけ」

 かしらの問いに、そばにいた禿頭とくとうの男が返す。

「二十年くらい前じゃないっすか?」

「そうそう、そのくらい前にさ。俺たち、ほかの盗賊団と獲物の取りあいになってよ。そのとき、揃いもそろって殺されそうになったんだ。俺と、いくらかの部下はからくも逃げのびたんだが、いつまで生きられるか怪しい状態だった。そんときにさ、変な男に助けられたんだ」

「変な男……ですか?」

 レビが問い返すと、アントンはうなずいた。

「なんというかさ、全体的に青っぽい、変なしゃべり方をする兄ちゃんでさ。俺たちをかついで近くの洞窟に運ぶなり、手当てして、メシ食わしてくれたんだ」

 それを聞き、ゼフィアーとレビ、トランスとマリエットが、それぞれ変な顔をした。

 彼らの視線は、自然にディランの方を向く。

「……なんで俺?」

「いや、なんとなく」

 トランスが棒読みで言う。彼らのやり取りを聞き、アントンは腹を抱えて笑った。それから、話を続ける。

「たぶん、あんたじゃないよ。確かに似ちゃいるが、年齢の計算があわない。

 で、とにかく、その兄ちゃんに命を助けられたんだけど。そいつ、俺たちが盗賊やってるって知ったら、いきなり説教たれてきたんだよ。説教ほど、悪党に効果がないもんはないって、知らなかったのかね?

 でも、なんでかな。その兄ちゃんの説教は、嫌な感じしなかったんだ。言ってることは月並みだったのに、心に響いた。兄ちゃんと別れてから、俺たちは考えに考えて……そのすえ、足を洗って、今度は盗賊を『狩る』方に転向した」

「もともと盗賊だったからな。奴らの考えることや、とる行動は手に取るようにわかるってわけだ!」

 アントンの語りを、今まで何かの木の実をかじっていた部下が引きとる。それから、盗賊狩りの人々の間には、さざ波のような笑いが流れた。

 感心しきったようにうなずく五人。彼らを見てから、アントンは、遠い目で曇り空をあおぐ。

「いやあ……本当に、変わった奴だった。あんとき、ジュメルを食わされてびっくりしたよなあ」

「ジュメル?」

 以前買ったジュメルを、まだ鞄に忍ばせているゼフィアーが、身を乗り出した。アントンは首を縦に振る。

「知ってるか? ジュメルは煮出すと甘い汁が出て、それを加工して砂糖つくったりするんだけど、生で食うとすっげえ渋いんだ。

 でも、たぶん、兄ちゃんはそれを知らなかった。切ったジュメルを生で出してきてな。腹減ってたから俺たちも食ったけど」

「すっげえ渋かったよな」

「ああ。でもうまかった!」

 かつて盗賊だった男たちはしみじみ言って、思い出話に花を咲かせる。

 存在をなかば忘れられた旅人たちは、幼子のように無邪気な彼らの姿を、温かい気持ちでながめる。

「ジュメル、ね」

 呟いて、ディランは鞄に手をやる。そして、これから進むであろう細い道に目をやった。

 遠くに都市の影が見える。あれがノルドパテラだろう――と、言われずとも、わかった。

 

 

 街道を歩いていくと、大きな河が見えてくる。大河を北西方向に辿っていくと、ほどなくして海が見えるはずだ。北大陸で二番目に大きいルドム河。その河の西沿いに発展したのが、北の交易都市、ノルドパテラである。

 背の高い家並みを視界にとらえ、アントンとその部下たちは陽気に振りかえった。

「いやあ、ありがとうな、あんたたち! おかげで、いつもより盗賊狩りがはかどったよ!」

 そう言うと、彼は一人ひとりと律儀に握手をかわす。ディランも、まめだらけのごつごつした手をにぎった。上下にちぎれんばかりに振られたので腕が少し痛かった。

 早くもお別れのつもりでいるアントンに、弓をかついだトランスが呆れたような視線を向ける。

「気が早いな。まだ、俺の仕事が終わってないだろ」

「おおそうだ! 実は俺たち、ノルドパテラに来るのが初めてでな! ぜひ、仲介所まで案内してほしいんだよ!」

「なるほどねえ」

 トランスは、乾いた笑いをこぼした。一言ふた言、アントンと言葉をかわしたあと、ディランたちに向けて言った。

「じゃ、俺はこいつらを案内してから合流するわ。宿だけ確保しておくか」

 四人はそれぞれに返事をして、アントンたちとトランスのあとに続く。

 ディランは少し軽くなった手縫いの鞄を持ちなおし、街の門をくぐった。

 

 

「あのー、お頭?」

 遠慮がちに呼びかけられ、アントンは眉を上げた。困ったふうにしている部下と目があう。

「どうかしたか?」

「なんか、懐、えらいふくらんでますけど……」

「ん?」

 言われて気づいた。アントンはふくれた懐を手でまさぐる。指先に、何か固い物があたったので、それをつかみとってみた。

 ひっぱりだして、目を瞬く。彼の手の中にすっぽり収まるほどの茶色くて丸い実の先から、少ししなびた葉っぱが伸びている。

「こりゃあ、ジュメルじゃねえか」

 アントンははっと振りかえる。けれど、石畳の道、雑踏ざっとうの中に、探し人の姿は見つからない。

 男はしばらく呆然としたが――やがて、ふっと微笑んだ。

「ま、いいか」

 呟きだけを街の中に残し、彼は一人の男を追って歩きだした。

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