2-2 甘い夕餉

 旅から旅の生活。ときには宿なし。そんな人々の道行きは、決して甘いものではない。食糧事情もお財布も、厳しく寒いときの方が多い。ただ、五人と一羽の奇妙な御一行に関しては、幸いにも、全員が物騒な世の中を渡り歩いていける程度の腕っ節と知識と技術を持っていた。そのため彼らは、旅の資金を、傭兵用の仲介所で斡旋されている仕事をこなして稼いでいた。荷運びから盗賊退治までを幅広く請け負うとあって、仕事の量には困らない。放浪生活の割に安定した収入も得られる。

 けれど、それでもままならないことは、あるのだ。


「なかったな」

 道のまんなかで同行者と合流したディランは、かぶりを振った。問いを投げ返すように四人を順繰りに見渡せば、みんなそれぞれ両手をあげたり首を振ったり、ため息をついたりしている。ディランも、肩の上のルルリエも、深刻な事態を悟ってうなだれた。

 たいへん珍しいことに、誰も仕事にありつけなかったようだ。

 炎竜の領域たる砂漠を抜け、二日ほどかけて東に移動したところで入ったこの街は、それなりに大きな、いわば地方都市とも呼べる場所だ。貴族と思われる品のいい人々から、物々しい気配を放つごろつきまで、さまざまな人が通りのまんなかで入り混じっている。困っている人などいくらでもいそうで、事実、仲介所も複数あったのだが、そのどこにも今は依頼がほとんど入ってきていないという。

「まあ、原因はわかってるんだけどな」

 ディランは呟きながら、指でルルリエの頭をなでる。

 彼らが向かった仲介所で聞いた話によると、五人が来る数日前に傭兵たちが抗争とも呼べる大規模な揉め事を起こして、いくらか憲兵隊に捕縛されたのだという。それにより、人々は流れ者を怖がって頼みごとをしようとしない、というわけだ。

 簡単な仕事が数件入ってきてはいたのだが、先に来た別の人にとられてしまった。ディランが他の四人から話を聞くと、彼らも似たり寄ったりの理由で仕事を取り逃がしていた。

「ったくよー。揉めたのがどこのごろつきか知らねえが、後から来る奴らにとっちゃ、いい迷惑だよな」

 頭をかきながらぼやいたトランスが、ふと心もとない表情になって、担いでいる布袋を一瞥する。その視線に気づいたわけではなかろうが、レビが眉を曇らせた。

「ど、どうしましょう? もう、お金があんまりないんですよね……」

「うーん。宿屋に泊まれるかどうかも微妙だな。次の町までしばらくあるし、この辺ではところどころで通行税を払わなきゃいけないから、いくらか残しておかなきゃいけないし」

「街の中で野宿か? 頑張るぞ!」

 不安をささやきあう少年たちのかたわらで、ゼフィアーがなぜかはりきっている。謎の気合を入れる彼女に、トランスが冷やかな目をくれて「むなしいな、それ」と呟いた。

 暗い雰囲気になりつつある一行。その中で、マリエットがすっと挙手した。「ちょっといいかしら」という声に引き寄せられ、四人と一羽が彼女に注目する。

「仕事はなかったけど、おもしろい宿屋を見つけたの」

「おもしろい宿屋?」

「ええ。なんでも、自分たちでご飯を作ったら、宿賃を安くしてくれるんですって。厨房は貸してもらえるそうよ」

 飛びこんできた情報に、彼らは目を瞬く。ゼフィアーが「いくらだ?」と訊くと、マリエットは小声で値段を言い、ディランとトランスがすばやく計算する。

「それならぎりぎり……払える、かな」

 語尾を濁してディランが言ったのち、彼らは無言で顔を見合わせた。

 全員、料理はできる。少なくとも食べられるものを作るだけの腕はある。だから、悪い条件ではないのだが、その宿屋を選ぶということに、なぜかわずかなためらいがあった。

 四人が黙りこんでいると、声が聞こえた。

「そこにするなら、今日は私が夕飯を作ろうと思ったのだけれど」

 マリエットは、あっけらかんとそう言った。

 四人はきょとんとし、それから、真剣に考えこんだ。まだ、彼女が旅の中の食事当番をしたことはない。なんでもそつなくこなす印象ではあるが、料理の方ははたして、どうか。

 彼らはいつになく真剣に悩んだすえ、その宿に泊まることを決めた。

 

 泊まる部屋は狭かった。五人が入るとぎゅうぎゅうになり、熱がこもって暑いほどである。今日は、夕食をそんな部屋で食べることになった。

 部屋の中心に鎮座するテーブルに、マリエット作の料理が並べられていく。増えていく皿をのぞきこみ、四人とルルリエは知らず、感嘆の声を上げた。

 パンと、豆と野菜の煮込み、豚肉の香草焼きと、変わった色の肉団子。並んだ料理はいずれもおいしそうな見た目をしている。子どもたちがうきうきと席につく横で、トランスがまじまじと銀髪の美女を見た。

「やるな」

「昔から料理は好きなのよ」

 マリエットの微笑も、楽しげなものだ。

 全員が席につくと、食事はにぎやかに始まった。すぐ、歓声が響く。

「あ、この煮物、懐かしいです! ナタリアさんが作ってくれてたものに似てるかな」

「ひょっとしてこれ、パンも自分で焼いたのか? すごいな」

 頬を染めて喜ぶレビの横で、ディランはほどよく焼けたパンに感心する。マリエットはいつもどおり、穏やかな笑みをたたえていた。

 和やかに進んでいく夕食のさなか。ゼフィアーが、テーブルの中心に置かれた肉団子の皿に目をとめた。

「これ、ちょっと緑がかってるな」

「野草が混ぜてあるからね。薬草にもなるものを使ってるから、体にいいのよ。私の故郷の料理なの」

「へえー」

 興味津々で肉団子を見ていたゼフィアーは、ついにそれに手をのばす。ためらいなく一口食べて――固まった。

「……ゼフィー?」

 無言になったゼフィアーへ問いかける声が重なる。目を見開いて凍りついた彼女の様子に恐れをなしたレビとトランスが、そっとマリエットを盗み見るも、彼女は笑みを崩していない。いつもどおりのマリエットだ。

 息をのんだ二人が、おそるおそる、肉団子に挑みかかる。なんでそんなに緊張してるんだ、とディランは言いたくなったが、はりつめた空気の中、口を閉ざさざるを得なかった。肉団子の端にそうっとかじりついた二人は、しばらく口をもぐもぐ動かす。妙な沈黙の中、彼らの眉間に一本ずつしわが刻まれてゆく。やがて、我慢の限界とばかりに、かろうじて肉をのみこんだ二人が、詰めていた息を吐きだした。


「甘っ!」

 ついでに、心からの大声も吐きだされる。


「……あま?」

 ディランは首をかしげ、はじめて言葉を発する赤ん坊のように、彼らの一言を反芻した。反応の鈍いディランを置いて、三人が騒ぎはじめる。

「なんだこれー! なんで、こんなに甘いんだ!?」

「塩と砂糖を間違えた、どころの話じゃないぞ!」

「ま……マリエットさん……どうしたらこんなものができあがるんですか……?」

 涙目のレビが問うと、マリエットは穏やかな表情のまま頭を傾ける。

「昔、教えられたとおりに作っただけだわ。甘いのは、そういう味なのよ」

「うそだ! というか、嘘と言ってくれ!」

 両手を小刻みに震わせながら、ゼフィアーが絶叫する。あまりの騒ぎに、窓辺でくつろいでいたはずのルルリエが飛んできて『なになに、どうしたの?』と言っている。料理を作った張本人を前にして、失礼なくらいの騒ぎっぷりだが、それがかえって少年の好奇心に火をつけた。

「どれ。そんなに甘いのか?」

 彼は臆することなく、肉団子をひとつ、木のフォークでとった。それを見た三人が、肩を大きく跳ねさせる。いつもと変わらぬ所作で肉の塊を口に運んだ少年を、彼らは緊張の面持ちで見守っていた。ルルリエは、呆れ顔で浮いている。

 咀嚼そしゃくして、しばし。

 ディランはひとつ、うなずいた。

「――あ、懐かしい味。これ好きだ」

 一瞬の沈黙のあと、「えええええっ!?」と、これまで以上の絶叫が響いた。

 唖然とする三人をよそに、ディランは一個の肉団子をあっという間に平らげた。彼を見て、マリエットが嬉しそうに目を細める。

「気に入っていただけたようでよかったわ」

 その直後、呆然としていたゼフィアーが我に返り、ディランの上着のそでをつかんだ。

「ほ、本当に食べられるのか!? 無理をしているわけではないのか!?」

「無理ならそう言ってる。甘いのは、そういう味なんだろ。俺は平気。無問題」

 平然として少女に返したディランは、このままではあまってしまいそうな肉団子の山を征服しにかかる。作り手の上機嫌な笑い声が、小さな部屋を漂った。

 特異な料理を前に意気投合しつつあるディランとマリエットを見ながら、残された三人は青い顔でささやきあう。

「おい、ゼフィー。少年は味覚がおかしいのか?」

「いや……今までは、そういう感じは受けなかったが」

「ぼくもですよ。ディランは、甘い物に強いんですかね」

 真剣にあれこれ推論をかわす人々を、白い鳥が見下ろす。

『何やってんだか』

 この場において、もっとも冷静な一言は、誰にも聞かれることはなかった。


 結局、「甘すぎる謎の肉団子」のほとんどは、ディランとマリエットの手によって片付けられた。

 翌日、レビがさりげなく「ディランって甘い物好きですか?」と尋ねたところ、彼は「苦手な方だ」と答えたという。

 謎が深まった。

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