第二章

9.激突

 武器を構えて立つ三人の『傭兵』は、いずれも静かな、あるいは穏やかな顔をしていた。敵意のひとつもないように見える。けれど、まとう空気は張りつめていて、殺し屋のそれに近かった。

 嵐の前の静けさ、とはこういうことを言うのだろう、とディランは頭の片隅で、のんきなことを考える。できの悪い脳みそがそれ以上余計な思考をする前に――体は自然と、戦う準備に入っていた。ちら、と背後を見やる。

 ゼフィアーはいざ戦いとなればいつもどおりに動けるだろうが、問題はその後ろ、二頭の竜だ。傷を負った生き物を守りながら、目の前の三人と渡りあうのは、はっきりいって無謀である。それに、彼らがどう出るか、まだわからない。

 ディランは一瞬、レビと目をあわせた。背後のゼフィアーとも目を配りあう。そして、ディランとレビは、手にしている武器を軽く振ってから、下げた。

 靴が土を踏む音がした。ゆっくりと、二人は一歩を踏み出した。敵が眉をひそめているが、気にしない。自然な動作で歩を進めながら、微妙に横へそれた。瞬間――

 前に立っていた三人のうち、センとチトセが弾かれたように動いた。ほぼ同時に、ディランとレビも走り出す。わずかな追いかけあいのあと、ディランとセンが、レビとチトセが相対するかたちになった。

 空気が切り裂かれる。センの剣を、ディランは己の剣をななめにして受けとめた。高音が響き、わずかに火花が散る。彼のすぐそばで、センがにやりと笑った。

「どうも、縁があるみてえだな、俺たち」

 ディランも負けじと、笑みを返す。

「ずいぶん、血なまぐさい縁だけどな」


 棒の先に刀がぶつかり、弾ける。レビ愛用のじょうぶな棒は、びくともしなかった。レビは素早く後退して、詰まりかけた相手との距離を広げる。チトセが、ちっと舌打ちをこぼした。

「年下のくせに、多少の戦いの心得はあるのね。――嫌な奴」

「その、変なひがみはなんなんですか」

「ひがみじゃないわよ。本当に嫌なのは、そこじゃないし」

 チトセが足をすらせるようにして、わずかに後ろへ下がり、曲刀を構える。助走をつけてレビに迫ると、刀を振りあげた。レビは棒を横にして一撃を受けとめると、なめらかに回して鋭く突いた。しかし、チトセは突きの直前に大きく飛びすさっていた。読まれていたか、とレビは苦々しく思いつつ、手は止めない。

「竜は、やらせませんよ」

 棒を下から上に回し、再び刃を弾いた。

「何も知らない奴が、えらそうに言わないで」

 チトセは両目に激情の炎を宿して、えた。


 長槍の使い手と一人の少女が、静かに向かいあう。周囲で繰り広げられている戦いの音に、わずかに意識を向けつつも、ゼフィアーは口を開いた。

「なるほど。お主の狙いはあくまで竜、ということか」

 男の目が鋭くなる。

「知れたことを。時間稼ぎのつもりか?」

 光る穂を見つめながら、首を振った。

「確認がしたかっただけだ。……ずいぶんと、『彼』を気にしておったようだから」

 男の目がわずかに動いた。諜報員と剣を交える少年を一瞥して、また少女を見る。

「なればこそ、だ。真実がわかるまで、あいつは殺したくない」

「真実」

 ゼフィアーは冷静に呟きながらも、胸の奥がすうっと冷えていくのを感じていた。男の言葉はつまり、今、自分とディランがやりあえば、ディランを殺してしまう――そういうことだ。

 寒気を押し殺して、彼女は問うた。

「お主が求める真実とはなんだ。『彼』の何を知っていて、確かめようとしているのだ?」

 男は答えず、ただ、槍頭をわずかにうわ向けた。それからまた、ディランの方を見てゼフィアーに目を戻す。

「娘。おまえは今……今のあいつと、たいそう仲がよさそうだな」

 ゼフィアーは首をかしげた。こんな状況にかかわらず、本気で、彼の言葉の意味を考えてしまう。手は油断なくサーベルの柄をにぎっていたが。

 そして考えても、意味がわからなかった。ゼフィアーがさらに追及しようとしたのを、男がさえぎる。

「であれば、おまえは知らぬ方がいい。あいつと今のままでいたいのであればな」

 言って男は、再び、短い刃を少女の鼻先を示すように突きつけた。彼女もまたサーベルを構える。

「それよりも今は竜だ。――娘、どけ。最後の忠告だ」

「……前言をくつがえすつもりはないぞ。第一、ここで私が逃げたら、二人の行動がむだになる」

 響き渡る金属音は、明らかに激しさを増している。あたりには、戦場独特の緊張感が満ちていた。もはや後には引けない。目の前の男もわかっているはずだ。その証拠に彼は、不愉快そうな顔をしなかった。ただ淡々と、そうか、と呟き、言葉を続ける。

「名を聞いておこう」

 唐突な言葉。だが、ゼフィアーはそれを不思議と感じなかった。ほんのわずかな間だけ、構えをとき、背筋を伸ばして相手を見つめる。

「ゼフィアー・ウェンデル。つたえの一族の末裔だ」

 男の目が見開かれた。「伝……そう言われれば、おまえの行動にも納得がいく」と――独白したあと、彼もまた、形式ばった名乗りを上げた。

「私の名はカロク。『破邪はじゃ神槍しんそう』の首領だ」

 形式は、そこで終わった。

 二人は互いに武器を構えて、対峙する。

 ゼフィアーは息をのんだ。ただでさえ、槍を相手に刀剣で挑むのは不利だ。そのうえ、この男、カロクの実力はセンを遥かに上回るだろう。センとまともに剣を交えることもできなかった自分が勝てるのか、という不安はある。

 だが、それがなんだ。

 今やることはただひとつ。背後の竜を守ることだけだ。

「さあ、来い。言っておくが、ここからは真正の戦だ。情けなど期待するな」

「無論」

 鋭くささやくような応酬を最後に――二人は言葉で語るのをやめた。

 地面を蹴って、相手めがけてとびだす。互いの信条をかけた大勝負が、はじまった。



     ※



 懐を狙って滑ってくる刃をぎりぎりのところで受けとめて、弾きあげる。使い手はわずかによろめくが、少年に攻撃の隙を与えはしなかった。突きこまれた棒に刀身を叩きつけ、力まかせに押しきる。彼は緊張に目を細めながらも、向かってくる武器そのものではなく、少女の脇のあたりを狙って棒を突いた。たしかな手ごたえを覚えると同時、少女が突き飛ばされた。それでもすぐ、体勢を立て直して構えをとるあたり、まったく油断も隙もない。

 レビは棒を回転させて先の方を持つと、そこで一度息を吐いた。

「ぼくも、ゼフィーも、ディランも、君とこんなことがしたいわけじゃないんですよ」

「だったら邪魔をしなければいい」

 吐き捨てるように言ったチトセは、刀を脇に構える。食らいつくような、鋭いまなざしがレビを射抜いた。わざと大げさにため息をついたレビは、細く空気を吸い込んで、棒を手の中で滑らせて突き出した。棒と刃の突きがぶつかり、火花が散る。

「なんで、そこまでして竜を狩ろうとするんです!? 竜が世界でどんな役割を担っているか、知っているんでしょう!」

 攻撃の間のわずかな「空き」を狙うように、レビは前へと棒を突きこんでゆく。それをチトセは器用に避け、棒の表面に刀を滑らせ攻撃をそらした。

「知ってるよ! あんたよりはずっと、よく知ってる!」

「なら、どうして!」

 刀を受け、弾き、そらし。どこまでレビが棒を操り、攻撃をしのいでみせたとしても、チトセは揺らがなかった。彼女はうっとうしそうに目を細めると――刀を逆手に持って駆けだした。レビが突き出した棒をすんでのところで避け、その棒を、左手で強く押さえる。

 レビは息をのんだ。とっさに相手を振り落とそうとするが、逆にチトセはその勢いを利用して棒を左手で押し、空中に跳ね上がった。わずかな滞空の間に、器用に体を回転させて、両手で刀をにぎりしめ、レビの真上から、落下しながら振り下ろした。

「だからこそ、許せないんだよ!!」

 レビはとっさにそれを受けとめようとしたが、棒は間に合わないと一瞬で判断した。得物を投げ捨てる勢いで地面を転がった。それでもなお、避けきれず、反りかえった刃が右腕をかする。

 痺れるような痛みが走る。久しぶりに経験する、戦いの痛みに、少年は顔をしかめた。

 それでもすぐに起きあがって、棒を手にして構えなおす。着地をしたチトセが、少年をにらみつけていた。

「――自然を保つ力があるから? 奴らがいないと世界が壊れるから? だから、そいつらにぜんぶ壊されて、奪われても、あきらめて泣き寝入りしろっての?」

 レビは息をのむ。

 少女の瞳は、憎悪にぎらつき、悲しみをたたえて揺れていた。

「あたしはそんなの、認めない!」


 槍が迫る。ゼフィアーはとっさに腰を落とし、下にもぐりこむようにして駆けた。槍がひっこむのを感じると同時に、一気に速度をあげて踏みこむ。そうしてカロクの胸を狙い振りおろしたサーベルは、けれど槍の柄に弾かれた。ゼフィアーは素早く距離をとって、続く一撃を受けとめ、弾いた。

 その後、間髪かんはつ入れず二回、突きがくる。ゼフィアーは一撃を受けとめ、一撃をあえて身を低くして転がることでかわした。砂利が全身にまとわりついても気にしない。転がった勢いで相手の足を狙って刃を振るってみるが、後ろにさがってかわされた。すばやく手をついて横にとび、降ってくる石突いしづきをかわした。立ちあがって、頭の砂を払う。

「なかなか、えげつないことをしてくれるな」

 石突をにらんで呟く。あの勢いで脳天に直撃したら、間違いなく即死だ。考えるだけでぞっとする。ゼフィアーはかぶりを振ると、再び走ってカロクの正面に立った。竜を攻撃する余裕を与えてはいけない。

「物好きだな。自分から串刺しになりにくるとは」

 槍が突き出される。

「勘違いするな。そんな気は毛頭ない!」

 ゼフィアーは穂先にサーベルを叩きつけ、槍頭をはたき落とすつもりで力をこめた。当然、そんなことにはならないが、さすがに手がしびれたらしく、カロクは顔をしかめて、槍をひっこめた。

「お主らは、竜が嫌いか」

 ゼフィアーはふと、思いついて問うた。けれど、カロクは答えなかった。無言で、もう一度槍を突き出す。ゼフィアーはそれを跳んでかわすと、彼が前のめりになっているところを狙い、また走った。少しでも傷を負わせるには、相手の懐にとびこむしかない。彼女は必死だった。

 サーベルを振る。刃は相手の腹を狙った。そして、。ざっくりあいた傷口から、鮮血が飛び散る。カロクは動揺したかのように、大きく後ろによろめいた。

 しかし、ゼフィアーは喜ぶよりも違和感をおぼえ――その意味に気づいたときには、腹に強い衝撃を受けていた。

 息が詰まる。目の前がまっしろになって、体の感覚も消えた。ああ、蹴られたのか、と思ったころには、砂地に叩きつけられていた。視界がめちゃくちゃに回転し、天地がわからなくなる。

 体まかせにせき込んでいるうちに、まわりが見えるようになってきた。ゼフィアーが顔を上げると、すぐ横にカロクの姿がある。彼は腹の傷をまったく気にせず、槍を静かに構えていた。

 槍頭が狙うのは、ゼフィアーではなく、二頭の竜。

「なっ……!」

「あくまでも竜狙い、そう言ったのは、おまえだろう」

 愕然とする少女に、男は冷水のような声をかけた。

 切れ長の目が竜をにらむ。よほど傷が深いのか、どちらもまだ、動けなさそうだ。

 ゼフィアーは歯を食いしばった。体が思うように動かない。サーベルは飛ばされて遠くに落ちていて、それを拾っている時間はない。彼女は決断した。気力をふりしぼり、手をついて体を起こすと、這うようにして竜の前へと行ったのだ。

 カロクが踏み込み、突きの力をためたとき、少女はよろよろと立ちあがり、竜たちをかばう。動じたような気配が伝わってきた。それがどこからのものかは、もはやわからない。

 槍が迫る。陽光を反射して、白く光った穂先は、目を焼くほどにまぶしかった。

「ゼフィー!!」

 どこからか声が聞こえる。けれど、誰のものか確かめるより前に、槍が目前に迫った。

 肩と脇腹に、何かが叩きつけられた。彼女はまた地面を転がされて、砂まじりの息と唾を反射的に吐きだした。痛みにうめく一方で、焼けつくような衝撃も、生温かい血の感触もないことに疑問をおぼえる。

 目の端に、灰色の鉱山が映りこむ。ゼフィアーは薄目を開けたまま、体を起こそうとして、自分に何かが覆いかぶさっていることに気がついた。

 ぽたり、と落ちた血の雫が、砂に染みをつくる。

 嫌な予感がした。

 頭をあげて、目を向けて――少女は凍りつく。


「ディラン……?」

 苦痛にゆがんだ少年の顔が、そこにあった。

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