第6号線「ほんとうですか」

 「クソッタレ……!」


 俺は、今度は声に出して、この手紙を書いた男に対して悪態を吐いた。

 「ショウさん…」

 耳元でルリハが呟く。彼女は今、俺の右耳に取り付けているイヤフォンから声を出しているが、イヤフォンに付いている小型カメラを通じて、一緒に手紙の内容を読んでいたらしい。なんなら、彼女の場合はカメラから取り込まれた画像をスキャンして即座に解析が可能だから、俺よりも先に手紙の内容を理解していた可能性が高い。



 「ショウさん、手紙には何て書いてありましたか?」



 音読していたわけではないので、相変わらずララはこの手紙の内容を知らない。


 俺は声が震えてしまわないよう、冷静を装って、彼女に振り返った。


 「マスターは、伝説の茶葉を探して、旅に出たってよ。いつ戻るか分からないけれど、いつか必ず戻るから、それまで店を宜しく頼むって。それから、顔を隠したwalkerは店に入れるなって」


 「ショ!ショウさ…!!」


 大きな声を出すルリハを黙らせるために、俺はイヤフォンの外部スピーカーのスイッチを切った。ルリハの任意でオンオフの切り替えは可能だが、彼女は俺の〝黙れ〟と言うメッセージを察したのか、それ以上、何も言葉を発さなかった。

 これでいいんだ。



 「ほんとうですか」



 「えっ…!?」

 初めて聞く、ララの抑揚の無い声に、俺はドキリとした。その声はまるで、感情のないロボットのようで、いつものような、喜怒哀楽…というか主に喜楽に塗り潰されそうな声とは、余りにも掛け離れていた。


 「あ、ああ…間違いない、間違いないよ。間違いなくこの手紙には、そう書いてある」

 「よ…、良かったー!マスターは帰ってくるんですね!?その日まで、私はここで働いていていいんですね!?良かったー……!」

 彼女は、先程までの無機質さを感じさせないような声で、その場でぴょんぴょんと跳ねた。その動きに合わせて、頭の上の長い耳が揺れる。


 「…君は」


 声の震えは、もう止められなかった。

 「君は。この店でずっと働く。それで、本当にそれでいいか?」

 俺が弱々しくそう聞くと、彼女は対照的に、ハッキリとした声で、

 「はい、当然です。私は最期の時まで、この店と共にあり続けたいんです」

 と、満月の様な顔を上げて、強く、そう答えた。


 そうか…。


 君は、本当は…。




 その後、俺たちはララにお金を払って、店を出た。ララは手紙を読んでくれたお礼にと、支払いを拒んだが、俺はそれを強く振り切って、しっかりとドリンク代を支払った。


 「ショウさん」


 別れ際、名前を呼ばれて俺は振り返った。彼女は、開かれた鉄格子の門の向こうで、両手を前に揃えて、背筋を伸ばして立っていた。少し傾いた日差しが、彼女の滑らかな顔を斜め横から照らしている。

 「この店は、いかがでしたか?紅茶は、美味しかったですか?店内は、カラフルで綺麗でしたか?私とお話していて、つまらなくなかったですか?」

 彼女は立て続けに、不安そうな声でそう聞いてくる。それはまるで、〝私は本当にこのままでいいのか〟と、俺に最後の確認をしているように思えた。


 「紅茶は美味しかったよ。店内も鮮やかで、うさぎの置物が可愛かった。ララとの会話も、楽しかった。だから、また来るよ」

 俺がそう言うと、彼女は無言で一度、深くお辞儀をした。


 それから顔を上げて…、満月の様な綺麗な顔を上げて、


 「ありがとうございました、今日のこと、私、ずっと忘れません」


 そう言って。そして



 「あなたが優しい人でよかったです」



 と。


 悲しい様な優しい様な、何かを我慢している様な、何かから解き放たれた様な。

人付き合いが得意ではない俺には理解できない、そんな感情の声色で、彼女は、車に乗る俺たちを見送ってくれた。

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