(15)周囲の動揺
その日の夜。珍しく早く帰って来た昌典を交えて、家族揃って夕飯を食べ始めて早々に、昌典が美子に声をかけた。
「そう言えば美子。お前近々、俊典君と食事をしに行くそうだな」
「え、ええ。そうだけど……。どうしてそれを?」
軽く動揺しながら問い返した美子に、昌典が困惑気味に説明する。
「夕方、照江さんが上機嫌で俺の携帯電話に連絡してきた。『今後とも親族として、これまで以上に宜しくお付き合い下さい』との事だ」
「そう……」
(叔母さん。浮かれ過ぎです)
彼女の中では既に結婚までのスケジュールが組み立てられているのかもと、美子は些かうんざりしながら考えていると、その会話の意味が全く分からなかった美野と美幸が、怪訝な顔で問いを発した。
「え? 俊典さんが家に来るわけじゃなくて?」
「どうして美子姉さんと、二人で食事に行くの?」
「…………」
下二人とは対照的に、父と姉の会話でおおよその事情を察した美恵と美実は無言で顔を見合わせたが、昌典が顔を顰めながら美子に確認を入れた。
「美子」
「何?」
「はっきり他の人間に対して公表している訳でも無いし、俺としては照江さんと言えども余計な事は言えなかったから、取り敢えず頷いてはおいたがな。どうしてそうなった?」
「……なんとなく?」
父が暗に「あの男の事はどうするんだ」と尋ねているのは分かっていた美子だったが、正直あまり考えたく無かった為、投げやりに答えた。その態度を見た昌典は、盛大に溜め息を吐いて匙を投げる。
「もういい。俺はもう、何も言わん。自分で何とかしろ」
「そうするわ」
呆れられたのは分かったものの、下手に弁解する必要性も感じなかった美子は、そのまま食事を再開し、微妙な空気のまま皆で夕食を食べ終えた。
そして夕食が終わるやいなや、美恵の部屋でその部屋の主と美実が、当惑した顔を見合わせていた。
「ねえ、どうする?」
声を潜めて美実が尋ねると、美恵が苛立たしげに応じる。
「どうもこうも……。滅多に無い分、時々姉さんの無神経さには、どうしようもない位、腹が立つわね」
「ここは、知らなかった事にする?」
「馬鹿な事を言わないで! そんな事をしたら、後が怖過ぎるわよ!」
美恵が盛大に反論すると、美実は姉の肩に片手を置きながら、真顔で申し出た。
「そうよね。じゃあそう言う事だから、年長者として連絡宜しく」
「ちょっ……、冗談じゃないわよ! せっかくあれの親友と付き合ってるんだから、あんたが男を介してチクれば良いでしょ!?」
慌てて自分の肩からその手を払いのけつつ美恵が訴えたが、美実も必死の形相で言い返した。
「それこそ冗談じゃないわ! 淳を殺す気!?」
それから暫くの間、姉妹の間で激しい論争が繰り広げられたが、結局は「付き合いが長い方が、回避方法も熟知している筈」との結論に達し、一方的に淳に嫌な任務を押し付ける事になった。
「……それで?」
悪友からの電話に出た秀明は、相手の話を一通り聞いてから、短く、静かに問いかけた。それを聞いて、かなり危険な物を感じ取ったのか、電話の向こうから淳が、躊躇いがちに話を続ける。
「だから……、今の話をサクッと纏めるとだな……、近々美子さんが、従兄弟の一人と食事に行くって事なんだが……」
「上手く纏めたな。さすがだ、淳」
「は、はは……。そりゃどうも……」
穏やかな口調で褒め言葉を口にした秀明だったが、その顔から表情が綺麗に消え去っている事に、電話の向こうでも淳には分かっていたらしく、緊張を孕んだ掠れ気味の声が伝わる。
「良く分かった。じゃあな」
そこで話は終わったとばかりに秀明が声をかけると、淳が焦った声で言い聞かせてきた。
「あ、おい、ちょっと待て! あまり変な事はするなよ? 一応彼女とは血が繋がってる従兄弟で、倉田代議士の長男なんだからな!?」
「それ位分かっている。一々喚くな。切るぞ?」
淡々と言い返して通話を終わらせた秀明は、そこではっきりと面白く無さそうな顔付きになって吐き捨てた。
「前々から、父方に目障りな奴が何人か居たが……。美子にどうこう言う前に、この機会に目障りな奴らを一掃する為のネタでも集めておくか」
そう呟いた秀明は早速時間を無駄にせず、とある旧知の人物の電話番号を選択して電話をかけ始めた。
「光? 今大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。どうしたんですか? 白鳥先輩」
いきなりかかって来た電話に、後輩の一人である篠田光が不思議そうに問い返すと、秀明は彼を唆す様に話しかけた。
「またちょっと、ネタになりそうな奴が居てな。ちょっと調べてみる気はないか?」
そう持ちかけると、予想に違わず嬉々とした声が返ってくる。
「先輩の勘働きの恩恵に与れるのなら、幾らでも調べますよ。これまでだって、散々儲けさせて貰いましたからね」
「じゃあ、今回調べて欲しいのは倉田俊典だ。父親の倉田和典代議士の長男で、私設秘書を務めている筈だ」
しかしそれを聞いた光は、途端に当惑した声を上げた。
「はぁ? そんな典型的な二世議員を目指しているボンボンなんか調べて、埃なんか出てくるんですか?」
「二世じゃなくて三世だな。彼の祖父が倉田公典だ」
「父親も祖父も揃って与党保守派の、一見身綺麗な前職現職じゃないですか……」
忽ち面白く無さそうな声になって黙り込んだ相手に、秀明は宥める様に言い聞かせる。
「大した事が分からずに無駄骨に終わったら、かかった経費に関しては俺が倍額支払う」
秀明にしては珍しいそんな殊勝な物言いを聞いて、光は機嫌を直したらしく、明るい口調で快諾した。
「分かりました。今回も、先輩の話に乗ってみましょう。もし空振りに終わったら、先輩の連勝記録にストップがかかるだけの話ですからね」
「そう言う事だ。ちょっと急いで調べてみてくれ」
「分かりました。やってみましょう」
力強く請け負った光の言葉に満足しつつ、秀明は幾つかの世間話などをしてから、通話を終わらせた。
「無駄足に終わりそうで、悪いな」
そして(どうせ大したネタは上がらないだろうから、経費は最初から倍額を準備しておこう)と高を括って、秀明は一人密かに苦笑していたが、この事が後にとんでもない事態を引き起こす事となった。
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