interlude

 その未知の『流星群』――


『X流星群』と呼称された流れ星の一群が発見されたのは、大型宇宙望遠鏡『エウレカ』が稼働して直ぐのことだった。まるで、大きな目を見開いて宇宙を眺めはじめた『エウレカ』に見つけてほしいと、ここにいるよと言わんばかりのタイミングで、その流星群は人類の前に姿を現した。


 それを発見した時、観測チームのメンバーは皆大声で「エウレカ(見つけた)、エウレカ」と叫んだほど。冗談ではなく。

 

 この『Ⅹ流星群』の特徴は、セーガンが言うように『放射点』が見つからないということも一つだったが――それ以上に、『公転周期』を持たず(あるいはまだ見つからないか、数千年以上の長周期を持つか)、ただ一直線に月と地球から観測ができる軌道を取っているということだった。

 

 通常、『流星群』は公転周期を持ち、数年から数十年、または数百年をかけて太陽の周りを周っている。三大流星群である『しぶんぎ座流星群』、『ペルセウス座流星群』、『ふたご座流星群』の公転周期は一年で、そのため毎年決まった時期に観測することができる。


『流星群』は、数百メートルから数キロの『母天体』一つと、その『母天体』から剥がれたり、崩れたりした星屑である流星物質によって構成されるのだが――この『X流星群』は複数の彗星から構成されており、そして、その中心にある『母天体』の大きさは過去最大規模の大きだった。

 

 約五十キロの彗星核をもっていた1997年の『ヘールボップ彗星』の約倍――百キロを超えるという観測結果が出ており、この大彗星の周りを、数キロメートルを超える数千の彗星が取り囲んでいる。


『流星群』というよりは――

 まるで『彗星群』と言ったほうが適切な現象だった。

 

 そして、その巨大な彗星の一群は、この月と地球を目指して、今この瞬間も行進を続けている。現在の観測結果では、月と地球の軌道を通り抜ける際に、人類への被害は予測されていないが――何か一つでも見落としや計算違いがあれば、人類とその文明に甚大な被害が出かねない状況なのは間違いのないことだった。

 

 場合によって月面開発始まって以降――初となる『宇宙軍』の出動や、核爆弾の使用さえ考えられる。

 

 セーガンが苛立っているのもそのためだった。

 せっかく羽を伸ばすために休暇を取って図書館に来たのだが、読んでいる本といえば天文学関連の物か仕事の資料ばかりで、リンが言った通り別の巣穴に移っただけ。一週間の休暇のうち、すでに四度この『静かの海記念図書館』を訪れているセーガンの顔色は、青白いを通り越して土気色だった。

 

 ずらりと並んだ書架に背を預けたセーガンは、床に積んだ山のような書籍に次々と目を通していく。放っておけば、彼は閉演時間まで平気でそうしていただろう。それが、さも当たり前といった顔で。


「あー、セーガンさんいたー」

 

 しかし、彼を放ってはおかない女性の一人が――セーガンを見つけて嬉しそうに声をかける。


「やっぱり仕事してますね。リンさんに怒られますよ」

「黙ってろ。わざわざ邪魔をしに来たのか?」

「ひやっ」

 

 セーガンはノンナの服を見て即座に、顔を丸めた資料のように顰(しか)めた。

 天文台にいる時とはまるで違う――白いブラウスに、黒のタイトスカートと黒のタイツ。バレエシューズに良く似たパンプスに、赤のベレー帽という装いだった。


「なんだ、その格好は?」

「仕事中じゃないんですから、これくらい普通ですよ。私だって年頃の乙女なんですからね? 今日だって、仕事をしに図書館に来たわけじゃありませんし」

「仕事以外で、どうして図書館に用がある?」 

 

 本気で意味が分からないと首を傾げるセーガンを見て、ノンナが重い溜息を吐いた。


「本当に仕事しか頭にないんですね? 今日もそんな白衣姿で」

「ほっておけ。で、何の用なんだ?」

「私は、ただ本を読みに来たんですよ。リンさんにセーガンさんの様子も見てくるように言われましたけど」

 

 ノンナは言いながら、手に持っている古くくたびれた紙の本をちらつかせる。

 そこには『イーリアス』と記されていた。


「ホメーロスの抒情詩か。またずいぶんと古臭いものを」

「セーガンさん知ってるんですか? いがいですー」

「アキレウスの怒りから始まるトロイア戦争の物語。ギリシアの抒情詩としては最古の詩だ。神話と天体は古くから密接な関係をもっているからな。地球にある、およそ全ての神話には目を通している。物語自体には興味も持てんが」

「すごいー」

「当然のことだ。で、どうして『イーリアス』なんてものを?」

「私、大学で天文学を専攻するか、文学を専攻するか悩んでたんです。結果、天文学を専攻しましたけど、文学は今も好きで最近は抒情詩や神話を読むのにハマってるんです。シェイクスピアとかプルーストとかトルストイなんかも好きです」

「文学を専攻したほうが良かったんじゃないか? 今からでも遅くはないぞ」 

 

 セーガンの辛辣しんらつな物言いにも動じることなく、ノンナはにっこりと笑ってみせた。


「私、そんなに才能とかセンスがないですか?」

「どうして天文学を専攻した?」

「隣、良いですか?」

 

 ノンナは彼の隣を指差し、セーガンは構わないと視線で合図をした。

 彼女は書架に背を預けた。図書館は森の中にいるような静けさに包まれていて、紙やインクといった本の匂いが充満している。ノンナはまるで無限の星のように広がった知識の宇宙を眺めて、ゆっくりと口を開いた。


「天文学を選んだのは――私の中の星が、そうささやいたからです」

「星? ルナリアンの直感というやつか?」

「かもしれません。よく分りませんけど。地球の人はルナリアンには特別な直感や、空間を俯瞰ふかんして認識する能力はあるなんて言いますけど、ルナリアンの私たちはそれほど意識したことはないんです」

「だろうな。私も、地球人とルナリアンとでそれほどの差異があるとは思ってはいない。そもそも、君たちルナリアンが宇宙に適応するための進化をしたとして、それが目に見える変化になるのは数世代先の話だ。君たちのアドバンテージは宇宙で生まれたという以外には何もない」

「ですよね」


 ノンナは少しだけ安心したように、そして少しだけガッカリしたように頷いた。


『ルナリアンは生まれながら宇宙に適応した人類』という定説は、ルナリアンにとって誇りや自信でもあると同時に、疎外感や孤独を感じてしまう要因でもあった。

 まだ地球から上がってきた植民者が多くを締めるこの月では、ルナリアンたちの地位や権利は曖昧な部分も多く、ルナリアンという新しすぎるアイデンティティに悩むことも多い。

 ノンナの表情は、そんな複雑な感情が生んだものだった。


「話しが逸れたな。それで、どうして天文学を専攻した?」


 しかし、セーガンはそんなルナリアンの繊細な心の機微など興味もないといった調子で答えを要求した。セーガンにとって必要なものは常に答え、ただ一つだった。そんな率直さが――シンプルすぎる思考回路が、ノンナにとっては心地良かった。


「私は、この宇宙で一番ロマンチックなことを仕事にしたかったんです。地球の文学を研究するのもとても素敵だけれど、それだと私は過去にしか行けない。重力井戸の底に潜って行くことしかできない。でも、天文学は違う。私を未来に、そして遠くに連れて行ってくれる。この宇宙で一番遠くまで行ける天文学が、一番素敵でロマンチックだなって――私の中の宇宙で、星がそう囁きました」

「『私の中の宇宙』か」

「おかしいですよね?」

「いや、おかしくはない。先程はああ言ったが、僕はルナリアンの直感の鋭さを何度もこの目で観てきた」

 

 ノンナの話を聞いたセーガンは、ノンナの言葉を否定せずにそう言って続けた。


「僕は、宇宙飛行士になりたかった。憧れだった。でも、僕の運動神経は最悪で、運動はクラスで一番苦手だった。過酷な訓練に耐えられる肉体も持って生まれてはこなかった。スプラウトなんて影で言われているが、その通りだ。しかし、僕が生まれた時代は誰でも宇宙に上がれる時代で、僕は運が良かった。僕は誰よりも優秀で、僕の頭脳は人類の発展に貢献できるレベルの知性を備えていた。天文学は宇宙に上がるための手段に過ぎなかった」

「嫌味な話ですね」

「世の中には――初恋の女性との約束や、星の囁きなんかを原動力する人間がいるが、そんなものはどうでもいい。始まりが何であるかなんて全く関係ない。才能やセンスがあるかもどうでもいい。大事なことは――常に探究心を持ち続けるということだ」 

 

 セーガンは、かつての自分を思い出すように遠くを見て言った。

 これまで読んできた数々の本の背表紙を眺めながら。


「ノンナ、確かに君には才能やセンスがない。その上、私のように優秀でもない。しかし、未知にたいして臆せずに向かっていく勇気と探究心だけは備わっている。後は、ルナリアン独特の直感がある。今のところは、それだけ備わっていれば十分だろう。君が諦めずに未来に進もうとすれば、星はいつか君の頭上で輝くかもしれない」 

 

 セーガンの言葉を聞いたノンナは、目に星屑のような涙を浮かべながら彼を見た。


「セーガンさんって、たまにすごく優しいですよね」

「黙ってろ、この出来損ない」

「ひやっ」

 

 会話を終えた二人は、それぞれの宇宙に戻って行った。

 弛まぬ探究心を胸に灯しながら。

 


 ☆


 

 それから三カ月が過ぎても――


『X流星群』の『放射点』はおろか、この星たちがどこの宇宙から来たのか、なぜ複数の彗星を伴っているのか、そして、なぜこのような有意とも思える軌道を取っているのかを、観測チームはまるで解明できずにいた。

 

 そのことで、セーガンの苛立ちは頂点に達していて、剃刀かみそりのように鋭い神経質さは他人を切りつけんばかりだった。ノンナでさえ、声をかけるのを躊躇ちゅうちょするほど。


「せっ、セーガンさん、頼まれていた資料持ってきました」

 

 ノンナが声をかけるが、セーガンはホワイトボードに張り付けられた『X流星群』の『ダストトレイル』――『流星群の空間分布の全体像』を映した画像を眺めながら、まるで呪詛じゅその言葉を呟くようにブツブツと言っているばかり。充血しきり瞳孔の開き切った小さく細い目は、彼を知らぬ人が見たら薬物使用者だと勘違いして通報をしていただろう。


「いったい、この『母天体』と彗星群の位置関係は何なんだ? まるで『母天体』を中心に据えた円を描くように配置されていて、さらに、その周囲を『流星物質』が取り囲んでいる。通常、『ダストトレイル』は尾を引くように、その名称の通り『ちりの通り道』のように見えるはずだが――この『ダストトレイル』はなんだ? まるで完全な円を描いているようじゃないか? それに、これによく似た映像をどこかで見たことがあるような気がするんだが、まるで思い出せん――」

 

 ノンナもセーガンの隣に並んで『X流星群』の画像を眺めてみる。

 すると、あることに気が付く。


「これ、『アキレウスの盾』みたいですね」

「――何っ、今なんて言った?」

 

 セーガンが顔色を変えてノンナに詰め寄る。


「『アキレウスの盾』ですよ。英雄アキレウスが、トロイア最強の戦士ヘクトールと戦う時に用いた盾です。その盾の装飾は、中心から外側にかけていくつも階層に分けられていて――大地や海や空、太陽や月や星など、まるで宇宙全体を閉じ込めたように描かれているんです」

「宇宙全体を閉じ込めたような盾?」

 

 その瞬間、セーガンの脳裏に閃きが生まれた。

 まるで、彼の中の宇宙で星が囁いたみたいに。


『私の中の宇宙』と言ったノンナの言葉と共に、その星は輝きを増す。


「『私の中の宇宙』? そうか、この『流星群』自体が一つの宇宙を形成していると仮定すれば? 移動する銀河のようなものだとしたら? だとしたら、『母天体』が彗星群を留めている力は何だ? 万有引力が働かない状態で、いったいどうしてこの一群は――ノンナ、君はあの列車の中で、この『流星群』にたいしてなんと言っていた?」

「列車? アームストロングに帰る時のですか? えーっと――『流星群』に意志があるみたい、ですか?」

「意志?」

「ほら、『星の歌』ですよ」

 

 ノンナの言葉を聞いて、またしてもセーガンの宇宙で星が囁く。

 そして、アームストロング行きの鉄道で交わした会話を鮮明に思い出した瞬間――まるで流星が降り注ぐように、彼の中で閃きの連鎖が起こった。


「星の持つ固有の振動数か? 星同士の振動――つまり、共振によって互いを引き寄せ合っているとしたら? リンっ、今直ぐにレーザー照射の準備をしろっ」

 

 セーガンは、巨大な列車が動き始めたことを理解した。

 おぼろげながらも見え始めたレールの先の終着駅に――期待で胸を震わせる。

 

 探究心という名の列車は、大きく前に進みだす。

 

 人類の未来を乗せて。

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