流星群の夜に On The Radio

七瀬夏扉@ななせなつひ

アキレウスの盾 inner universe

intro

 あのうちの一番小さな星でも空をめぐりながら天使のように歌を歌っているんだ、嬰児みどりごの眼をした天使たちの声に合わせて。


         『ヴェニスの商人』第五幕一場――ウィリアム・シェイクスピア



『こんばんは、ムーン&テラ――今夜も宇宙から、そして地球の上に輝く月からお届けしています「オールナイト・ムーン」。パーソナリティの――オブライエンです』

 

 月の六分の一の重力にさざ波のようなラジオノイズと、色気のあるバリトンの声が伝わって――静かに空気を震わせる。


『さて、まずは本日のトピックス。月の行政府は、各「月面都市」を繋ぐ「月面横断エクスプレス」の拡張工事を発表。これにより、これまで「フォン・ブラウン月面宇宙港」を経由しなければならなかった三都市は、直接各都市間を行き来できるようになるとのことです。続いて――』


「――ラジオを消してくれっ」

 

 低く、艶のあるラジオパーソナリティの声をかき消すように――

 ガラスをひっかいたような声が響いた。

 

 ブロッコリーのような頭をかきむしった病的なまでに青白い男性は、苛立ちを隠さずにデスクを叩きつけて『観測チーム』のメンバーを睨みつけた。彼の好き放題に散らかったデスクの上から、書類が束になって床に落ちる。まるで太陽嵐でも起きたみたいに。


「ちょっとセーガン、思うような観測結果が出ていないからって――私たちに当たり散らすのはやめてくれる?」

「リン、君は黙ってろ。そもそも、なんで仕事中にラジオなんか聞かなくちゃいけない? ただ低い声で、意味のないことを並べたてるパーソナリティの話を聞くなんて僕はゴメンだ。地球の古臭いクソみたいなポップソングばかりを聞かされるなんて、なおさらゴメンだ」

 

 神経質な表情で、ブツブツと言葉をまくし立てるセーガンに――

 リンと呼ばれた女性は、やれやれと肩をすくめてみせた。

 

 集まっている他のメンバーは、そんな二人の様子を戦々恐々と見つめている。先ほどまで色気のある声で本日のトピックスを伝ていたラジオは、すでに沈黙していた。まるで冷たい棺桶のように。

 

 ここは、月の裏側の天文台。月面に設置された宇宙望遠鏡『エウレカ』が観測したデータを検証し、分析する――『宇宙観測センター』の『観測チーム』が勤務する最前線の現場。

 

 通称『チーム・エウレカ』とも呼ばれる。

 

 セーガンは『宇宙観測センター』のナンバー2で――観測と分析を専門に行う現場部門のトップ。リンは現場部門のナンバー2で――セーガンの助手を務めている。二人とも天文学の権威であり、その他多くの博士号を修める学者であり、研究者であり実務屋。


「あなた、もう一週間も天文台に籠りっぱなしでしょう? 少し気が滅入っているのよ。穴の中のネズミじゃないんだから、休暇をとってアームストロングに帰りなさいよ」

 

 赤いハイネックのセーターの上から白衣を着たリンが――まるで、暗い穴倉から這い出てきたみたいに薄汚れた白衣姿のセーガンをなだめる。セーガンは充血した目をいてリンを見る。まるで精神病の患者のような情緒不安定な表情で。

 

 二人の容姿は対照的で、まるで美女と野獣が向かい合っているかのような光栄だった。野獣とはいっても野ネズミだったけれど。


「こんな大事な時期にか? 観測中の『流星群』は――今この瞬間も、この月に、我々に迫ってきているんだぞ?」

「ええ、大事な時期だからこそよ。それと、あなたの言葉を補足させてもらうと――『流星群』が到達するのは、約一年後ね」

「もう一年しかない」

「それは、見解の相違でしょうね? 一年も――という考えもできるもの。私も、そろそろこんな穴倉にっているのにうんざりしてきたところだし、今週末は宇宙遊泳にでも行こうと思っているの――よかったら、あなたも一緒にどう?」

 

 彼女は頭の高いところでまとめていた黒髪をほどいて、『自分も息を抜く』といった仕草を取って見せる。長い黒髪が滝のように肩先にこぼれると、彼女の周りの弱い重力に甘い柑橘系のシャンプーの匂いが漂った。そこでようやく、セーガンは自分が数日シャワーも浴びてないことに気がついた。


「僕は、運動は苦手だ。いいだろう、アームストロングに帰る。久しぶりに羽を伸ばして、図書館にでも行って調べものでもするさ」

「それって、羽を伸ばすことになるのかしら? 今の巣穴から別の巣穴に移るだけなんじゃ――まぁ、いいわ」

 

 リンは、上司を上手くコントロールしたことを隠す様子もなく――二人のやりとりを見つめていた他のメンバーに、とびきりのウィンクで戦果を報告してみせた。

 

 休暇いう名の戦利品を高く掲げるように。

 

 しかし、この瞬間も天体は自転と公転を続けている。

 宇宙は、ものすごい速度で膨張を続けている。

 

 セーガンが見つめていたコンピューター画面の向こう側。宇宙望遠鏡『エウレカ』によって今も観測されている遥か遠くの宇宙では――数億を超える『流れ星』が『一つの群体』となり、長すぎる行進ロンゲスト・マーチを続けている。


『流星群』となって――

 この月と、地球に向ってきていた。


『星の歌』を響かせながら。



 ☆



 人類が月に進出してから、もうずいぶんと時が経っていた。

 かつて、たった一人の宇宙飛行士の小さな一歩でしかなかった足跡は――その後に続く多くの者たちの足跡によって、大きな飛躍を果たした。

 

 現在の月には、三つの『月面都市』と大規模な『宇宙港』が存在する。ただの衛星だった月は、地球に存在するどの都市や国家よりも経済規模の大きな星となって一大経済圏を築き上げている。

 

 月の経済圏を支えるのは、月面を覆う月の砂である『レゴリス』。

 この『レゴリス』という砂には、『ヘリウム3』と呼ばれる地球にはほとんどないエネルギーが含まれていた。そして月には、人類が数千年使ったとしても使い切れない膨大な量の『レゴリス』が――『ヘリウム3』があった。

 

 かつて人類は、地球から宇宙船を打ち上げることによって宇宙に進出をしていたが、『軌道エレベーター』の開発と建造によって、コストをかけることなく宇宙に出れらるようになり――その結果、人びとは競うように月面への進出を果たした。

 

 月の金貨である『レゴリス』を求めて。

 

 その後、月面への大規模な『植民計画』を経て、宇宙開発の最前線は地球から月へその場を移した。そして現在、『ルナリアン』と呼ばれる新しい人類が月に誕生していた。

 

 新しい人類であり、成長した『ルナリアン』たちの多くは――宇宙開発の最前線で働き、今日の人類の宇宙進出の未来を担っている。

 

 ノンナも、そんな『ルナリアン』の一人。


「セーガンさん、今地球に近づいている『流星群』の観測結果のなにがそんなに不満なんですか?」

 

 ノンナは、短く切り揃えられた黒髪をかきながら質問をする。森の小動物のようにつぶらな灰色の瞳と、雪原のように白い肌。茶葉を散らしたような愛くるしい雀斑そばかすの少女。またあどけない表情を残す彼女は――月の大学からのインターンだった。


「そんなことも分からないのか? 次から天文台に来なくていいぞ」

 

 セーガンは資料に目を落したまま、ノンナを冷たくあしらった。


「そんなー? セーガンさんはいつも冷たいんだから。たまには分りやすく指導してください。あと、できれば優しくがいいです。良くできたら、褒めてもほしいなあ」

「黙れっ。この出来損ないがっ」

「ひやっ」

 

 セーガンはアメリカ人のくせに気さくさも、愛嬌もない――およそ面白味のない男だった。もちろんジョークの一つも言わないし、言えない。かなりの偏屈で、病的なまでに神経質な性質たち。同僚や部下からも変人として扱われている。優秀な天文学者ではあったが、優秀すぎる故に回りがついていけず、その気性や性格もあって距離を置かれている。

 

 しかし、ここにいる二人の女性は違っていた。

 セーガンの弟子を自称するノンナは、生来の人懐っこい性格で彼に冷たくあしらわれても気にせず、罵倒や嫌味もものともせずに彼に真正面から向かっていく。

 今も、セーガンからの助言をもらおうと果敢に挑んでいる。


「うるさい奴だ。『流星群』とは――そもそも何だ?」

 

 セーガンに短く尋ねられたノンナは、再び髪の毛をかきながら考える。


「『流星群』とは? その軌跡が天球上の一点を中心に放射状に出現する一群の流星のこと。流星現象を引き起こす『流星物質』を放出した『母天体ぼてんたい』があって、『母天体』の周囲には一群の『流星物質』が細い帯状に伸びている。これを『ダストトレイル』と呼んで――」

「センスのない解答だ。そんな教科書に乗っている説明が、今必要だと思っているのか?」

「えー、ちょっと待ってください。えーっと、そもそも『流星群』とは――とわ? とわ? とわ?」

 

 ノンナはパニックになりながら必死に頭を回転させる。

 星の輝きのような閃きを求めて。


「少し落ち着いて整理してみましょう」

 

 すると、二人の様子を眺めていたもう一人の女性――リンが、助け船を出す。セーガンの優秀さと勤勉さを誰よりも知っている彼女は、いつだって彼と周囲の人間との軋轢あつれきを軽減するための緩衝材かんしょうざいの役を買って出ていた。まるで、セーガンと周囲の人の間を渡る一艘いっそうの小舟のように。

 

 男勝りな性格で、さらに我の強いタイプの女性ではあったが、日本人らしい細やかな気配りができるのも彼女の特徴だった。


「まず、今回の『流星群』の特徴は?」

「えーっと、これまでの『流星群』とは比べものにならないくらい『母天体』が放射した『流星物質』の空間分布が広いことですか?」

「そうね。この『流星群』は、かなりの広範囲にわたって『ダストトレイル』が伸びている。あまりに広範囲なので、私たちは『流星群』の全体像をつかむのに苦戦していて、今も解析と分析を続けている。そうよね?」

「はい。なので『仮想マッピング』を用いて、『流星群』の全体像をシミュレーションしました」

「なら、全体像が見えた『流星群』から、私たちが理解できることはなにかしら? その解答と――セーガンの質問の解答は一致すると思うけれど」

「そうかっ」

 

 リンは優しく道を照らして、ノンナを導いて見せた。

 まるで星と星を繋いで星座を描くように。


「『放射点ほうしゃてん』ですね? 『流星群』が飛び出してくる一点に見える場所――そこを探しているんですね? ああ、どうしてこんな簡単なことに気が付けなかったんだろう?」

「ようやく分ったか。そうだ。その『放射点』がまるで見つからないから苛立っているんだ」

 

 セーガンは言葉通り苛立ちながら言った。


「でも、『流星物質』は万有引力が働いているわけでもありませんし、恒星の引力や磁場なんかで『放射点』がズレたりすることもあるので――」

「知ったような口きくな。そんな単純なことを、我々が計算に入れてないとでも思っているのか?」

「ひやっ」

 

 セーガンから落ちた隕石で、ノンナは泣きそうな表情を浮かべた。


「マッピングした『流星群』の全体像をいくら分析しても『放射点』はおろか、この『流星群』がどこから来たのかも分らないから苛立っているんだろうが? 通常、『流星群』には『放射点』に近い星座から名前をとるが、この『流星群』は出自が全く分からない為、未だに『X流星群』のままだ」


『X』とは――


 つまり未知であるということ。この未知の『流星群』がどこから来たのか、観測チームはまるで手掛かりもつかめずにいて、そのことがセーガンを苛立たせていたのだった。


「途中で大きく進路や軌道を変えているってことでしょうか?」

 

 ノンナは負けじとセーガンに質問をぶつけた。

 隕石が降り注ぐことを覚悟して。


「その可能性も考えられるな」

「ええっ、でもそんなことってあるんですか?」

 

 隕石が落ちずに、自分の意見が肯定されたことにノンナは驚く。


「あくまでも可能性の一つだ。この『流星群』は、これまでの『流星群』とは、まるで性質が違う。まるで我々人類にその姿を見せるためだけに、真っ直ぐこちらに向かってきているかのような軌道だ。有意とでもいうべきか――何者かの意志が介在している気さえする」

「有意? 何ものかの意志? 『流星群』自体に意志があるとか?」

「それが分れば苦労はしない。『アームストロング』に帰ろうとも思わん」

 

 そう吐き捨てながら、セーガンは車窓から月面の景色を眺める。

 三人は現在、月面都市アームストロングへの直通列車の中にいた。


「どこから来たのかまるで分からないなんて、ほんと不思議な『流星群』ですね? まるでレールの轢かれていない列車みたい。流れ星たちは不安じゃないのかなあ?」

「『流星群』に不安を感じるような意識があるわけないだろが? この出来損めが」

「ひどいっ。セーガンさんが有意って言うから、星に意志みたいなものがあるのかと思ったのに」

「バカかっ? 『流星群』の全体像や、これまでの軌道、『ダストトレイル』を見ての分析結果だ。あまりにも有意――人工的すぎるといういう意味に決まっているだろうが」

「でも、星が歌うって知ったました? もしかしたら意識みたいなものがあるかもしれませんよ」

「星が歌う現象は、すでに解明されている。あれは歌っているのではなく、星が固有の振動数をもっているだけという話だ。それも強力なレーザー照射しなければ発見もできない代物だ。さらに言えば宇宙は音を伝播できないので、我々がその音を聴くことは叶わない」

「もしかしたら星同士には聞こえているのかも。そう考えるとロマンチックじゃありませんか?」

 

 セーガンは、ついに呆れてノンナへの説明を止めた。

 ノンナは、進んでいくレールの先を眺めながら――遠い宇宙から向かってくるレールの轢かれていない『流星群』に思いを馳せた。

 

 星の歌に耳をすませるみたいに。

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