27 一瞬の星をつかむ

 目を開けた時――


 私の瞳に映ったのはまぶしすぎる星ではなくて、姿勢の乱れたアスカの姿だった。


「きゃー」という彼女の短い悲鳴を聞いて、私が慌てて目を開いた時には――アスカはリンクの天井に向って急速に上昇していた。両手両足をバラバラに動かしながら、グルグルと横に回転をしながら速度を上げる。


 私は即座に、それが推進剤を噴射するノズルの故障だと理解した。


『船外活動ユニット』は推進剤の噴射をコンマレベルで微調整できる精密な機械であるため、誤作動や故障も起きやすい。リンクで貸し出しているユニットは払い下げの旧型なので、整備不良なども多いと聞いたことがある。


 無重力空間では必ずテザーを使用して船外活動を行うので、ユニットの誤作動や故障が命の危険に発展するようなことは少ないけれど――今のアスカは、命綱であるテザーを使用していなかった。


 リンクの内壁はクッション性の反発素材なので命の危険があるとまではいかないけれど、それでも高速でぶつかれば体への衝撃はすさまじい。捻挫や骨折の可能性は十分に考えられる。


「アスカ、きこえる? 船外活動ユニットの機能を停止させる緊急停止ボタンがあるから――急いでそれを押してっ」


 私は声を荒げて無線でアスカに呼びかけたけれど、彼女からの応答はなかった。

 無線の故障か――それとも私の声に反応できないくらい彼女が焦っているのか?

 

 緊急停止ボタンの存在はもちろんアスカも知っている為、私は後者だと理解した。

 最悪、気を失っている可能性もあると。

 

「――アスカっ、待ってて」

 

 私は床を強く蹴ってリンクへと向かった。

 

 私の体は――腕や足、全身の筋肉は、何の疑問を覚えることなくスムーズに動き出して、前に前にと進んで行った。それはとても自然でスムーズな動作だった。考えるまでもなくすでに体が知っている、そんな動き。


 私がリンクに入ると、ほぼ同時に――

 アスカはリンクの天井に到達して、その勢いのまま衝突した。


「――アスカっ? アスカっ? アスカっ?」

 

 私はアスカの名前を大声で呼び続けたけれど――彼女からの応答はない。

 

 アスカの船外活動ユニットはでたらめに推進剤の噴射を続けていて、まるで荒れ狂う嵐のように彼女の体を飲みこんでいた。アスカの意識は完全に失われて、体がバラバラになってしまったんじゃないかっていうくらい、両手両足はあちこちを向いている。無邪気な子供が、おもちゃの人形を振り回しているみたいに。


 そして、アスカを包み込む嵐は、リンクの天井を滑るように移動した後――最悪の事態へと発展した。


 嵐は両足の裏から噴射した推進剤の影響で進路を変えて、アスカは意識を失ったまま真っ直ぐに急降下を始める。ユニットを身にまとった重量で。まるで地球に隕石が落ちるくらい、それは危険な落下だった。このままの速度で、この勢いのまま落下をしたのなら――


 間違いなく、アスカは無事では済まない。


 その瞬間、私のやるべきことはわかっていた。

 考える必要もないくらい、そのことだけしか頭にはなかった。


 私は、彼女の落下速度と落下軌道を即座に予測して、頭の中で自分がたどるべき進路を思い描く。そして速度と角度を計算して、頭の中の軌道で、目の前に広がる空間の軌道を重ねる。


 あとは、おもいきり膝を曲げて――床を踏む足に力を込める。

 先程まで強く組み合わせていただけの二つの小さな手を、願うためではなく――つかみとるために、前につき出す。


 チャンスは、たった一度。

 一度だけ。

 

 流れ星に願いをかけられるのが一瞬しかないように。

 その一瞬にかけるしかなかった。


 私は、そのチャンスに向って――

 流れ星に向って手を伸ばし、力強く地面を蹴った。


 遠くまで行けるように。

 宇宙の果てにまで飛び出すように。


 私の体は勢いよく斜めに飛んで、私はアスカに向かって一直線に進んでいく。

 迷うことも、躊躇うことも、臆することも――

 恐怖することもなく。


 私は、ただそのためだけに存在しているんだと思えるくらい。

 ただ真っ直ぐに。


 私は両手を大きく広げて、アスカを迎えにいった。

 一瞬で消えてしまう流れ星をつかむように。


 絶対につかむんだと――自分に言い聞かせて。


「――アスカ、アスカ、アスカ、アスカ、アスカ、アスカ、アスカ、アスカ」


 心の中で彼女の名前を呼び続ける。


 彼女の軌道と、私の軌道が重なる――

 そのたった一瞬を目指して。

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