25 木端微塵

 私を底抜けに落ちませる出来事は、それだけじゃなかった。

 

 シマコ先生との面談が終わった後、私が教室に戻ろうと下を向きながら廊下を歩いていると、それはとうとつにやって来た。まるで、どこからともなく隕石がやってきて――それが衝突するみたいに。


「ちょっと話があるんだけど――いいわね?」

 

 私の前に現れたセシリーは、色鮮やかな赤毛を不機嫌そうにいじりながら言った。

 それがとびきり危険な隕石だってことは分っていたけれど、私にはそれを避けることも、防ぐこともできなかった。ただ空を見上げて、それが落ちてくるのを待つしかなかった。


「ポーラ――あなた、今回の『船外活動実習』は欠席するんでしょ?」

 

 人気のない廊下の端に移動すると、セシリーはいきなり本題に入った。

 この率直さが、彼女の個性でもあり魅力でもあった。いつだって言いことを言って、ストレートに自分のことを表現できる女の子。私がかつて憧れた彼女の魅力。できることなら、今はその素敵な個性と魅力は遠くの宇宙に飛んで行ってほしかったけれど。


「あのね、欠席じゃなく――見学しようと思ってる」

「ちっ」

 

 私が言うと、セシリーはなおさら苛立ったみたいに舌打ちをした。

 私よりも少しだけ背の高いセシリーが、腕を組んだまま真っ直ぐに私を見つめている。その突き刺すような鋭い視線に耐えきれず、私は気まずさで視線を反らした。


「ポーラ、アスカと仲良くするのはやめなさいよ」

「えっ?」

 

 私は、驚きのあまりそうこぼしてしまった。

 セシリーは真っ直ぐに私を見つめたまま、突き刺すような視線のまま――率直すぎる話を続ける。


「アスカは、優秀な生徒よ? 地球から上がって来たばかりとは思えないくらい月に馴染んでいるし、適応してる。成績だって申し分ないわ。たぶん、『船外活動実習』でも悪くない成績をとるでしょうね。あの子は月で暮らしていくことを受け入れているし――月社会のために貢献していきたいって思ってる。それは、分っているわよね?」

「うっ、うん」

「だったら、アスカの足を引っ張るようなことはやめなさいよ」

「足を引っ張る?」

「はぁ――」

 

 セシリーはどことなく芝居がかった調子で、面倒くさそうに大き過ぎる溜息を落した。

 

 セシリーの言いたいことは十分に分っていた。

 痛いほど――

 痛すぎて、今にも壊れてしまいそうなほど。


「あんたみたいに、臆病で、泣き虫で――ルナリアン失格な子と一緒にいたら、アスカのためにならないって言っているのよ。そんなことも分らないの? ポーラ――あんたと一緒にいると、アスカのためにならないだけじゃなくて、あの子の足を引っ張って、あの子の可能性まで閉ざすのよ? あんたは良いわよね? 自分で好きこのんで閉じこもってるんだから。月で生まれたことを嘆いて、宇宙に出るのを怖がって――勝手に一人で悲しんで、いじけて、目を背けて、自分は不幸だって嘆いているだけなんだから。それは、さぞ気持ちいいでしょうね? でも、アスカは宇宙に出て行こうとしてるのよ? 遠くに手を伸ばしてる。あんたの下らない悲劇のヒロインごっこに付き合わせるのは、あの子のためにならないから、やめなさいって言っているのよ――それに、」

 

 いっきに捲し立てられたその言葉を聞き終わった時、私の心はこなごなになっていた。衝突した隕石によって星が砕け――壊れてしまうみたいに。

 

 私の心を砕いた一番の理由は――

 私自身が、セシリーの言葉が全て正しいと思ってしまったからだった。


 ほんと、その通りだよ。

 私と一緒にいたって、アスカのためには何一つならない。

 それどころか、セシリーの言う通り、私は遠くに行こうとするアスカの足を引っ張ることしかできないと思う。


 その事実が、私の心をこなごなに砕いた。

 それはもう木端微塵こっぱみじんってくらいに。


 私は、もう自分がどうしたらいいのか、どうしたいのか、どうするべきなのか、どうしてほしいか――


 まるで分からなくなっていた。


 ううん。


 今までだって何一つ分ってなかったんだけど、それでも今回はそれ以上に――もうどうしようもないってほどに、わけが分らなくなっていた。溜息も出ないくらい。


 底抜けに落ち込むどころじゃなくて、私自身がバラバラに砕け散って宇宙空間をデブリのようにさまよっているみたいだった。


 どこにもたどりつくことなく。

 ただただ無意味に。

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