23 ヘミソフィア

『こんばんは、ムーン&テラ――今夜も宇宙から、そして地球の上に輝く月からお届けしています、『オールナイト・ムーン』。パーソナリティの――オブライエンです』


 

 私はベッドの上で仰向けになりながら、深夜ラジオに耳をすませた。

 

 ラジオのパーソナリティはアップテンポの曲をバックにしながら、低くて色気のあるナイスミドルっぽい声で、あれやこれやを早口でまくし立てる。



『さて、まずは本日のトピックス。月の行政府は本日の午後、火星への有人飛行の予算を承認しました。早ければ来年度、遅くても三年以内に、火星への有人探査のミッション「プロジェクト・アルタイル」が開始するとのことです。続いて、月の裏側に設置された大型宇宙望遠鏡「エウレカ」ですが、「宇宙観測センター」の発表では無事に運転を開始したとのこと。今後、遥か彼方の宇宙に人類の居住できる星が存在しているのか、「未知の知的生命体」が存在しているのかを探す、壮大な旅が始まるようですよ。これは、わくわくしてきますね』



 ラジオは小気味よく進んでいく。 



『さて、ここでお便りを一通紹介。ラジオネーム「月の光は全て明日」さん――常連さんからのお手紙だね。いつもありがとう――「ハロー、オブライエン」。ハロー、「月の光は全て明日」さん』



 オブライエンは軽快な口調でお便りに返事を返す。



『「ご無沙汰しております。私は、ここ最近でずいぶんと生活が変わってしまい、毎日てんてこ舞い。新しい環境に慣れるのに一苦労。上手くいかないことも色々あって、少し落ち込んだりもしたんですけど、良いことや、楽しいこと、嬉しいこともちゃんとあって、何とか新しい生活も軌道に乗ってきました。前々からこのラジオへのお便りに書いている、宇宙飛行士になるという目標のための活動もはじめたところです」』

 


 アスカが大好きだと言ったラジオ番組を聞きながら、私はぼんやりとアスカのことや――月や地球のこと、そして私のことを考えた。


 考えてみても、もちろん何一つ答えなんて出るわけもなく――

 私は、私の頭の中の小さな宇宙の中で迷子になっていた。

 

 私には、行きつくべき星も――

 

 目指すべき星もない。

 

 それなのに、この場所から――この見えない檻の中にいるような月から、逃げ出したいと思っている。

 

 宇宙に出られもしないくせに。

 

 私は、いったい何なんだろう?

 私は、いったいどうしたいんだろう?

 

 考えもも、悩んでも、問いかけても――

 答えが見つかるなんてことはなかった。

 

 あたりまえだよ。


 私には、何一つ分らないんだから。

 私は、ただ嫌なことから目を背け――そして、ただ駄々をこねているだけの子供だ。


「あーもー、あーあー」


 私はベッドの上をゴロゴロしながら、私のベッドでくつろいでいる毛玉たちに悪戯をした。


「にゃあにゃあ」

「にぎぁあ」

「ふしゅー」

 

 私の機嫌が悪いと知ると、毛玉たちはすぐさま退散して行った。

 薄情者たちめ。

 しょせん獣か。


 手持ちぶさたになった私は、アスカから借りた『幼年期の終わり』をパラパラとめくりながら、どこにもたどりつかない考えを――


 意味のない旅を終わらせた。

 

 めくったページの向こうでは――

 偉大なる宇宙人によって統治され、平和になった地球が黄金期を迎えている。


 アスカは、月が地球の幼年期を終わらせるかもしれないと言っていたけれど、私にはまるで現実味のない話過ぎて、まるで実感が湧かなかった。

 それに私たちルナリアンに、そんな特別なことができるとも思えなかった。

 


『――今回のリクエスト曲、――これはずいぶん古い曲みたいだね――、どうやら、日本のアニメの曲? それもロボットが登場するアニメ? わお、とてもクールだね。――、良しっ、さっそく聴いてみよう。それじゃあ、聴いてください――』


 

 いつの間にか、ラジオは普通のお便りのコーナーから曲の紹介へと変わっていた。

 

 私は流れてくる音楽に耳を傾けながら、何も分からない自分に苛立ち――この行き場のない感情をどこに向けていいのか分からずにいた。


 そして、どこにも行きつけない私にうんざりして――

 どこにも逃げ場のないこの月を恨めしく思った。


 もっと広くて深いどこかに行きたいと願っても、それは叶わない。


 だって、ここは――

 私を閉じ込める窮屈な箱庭。


 空も海もない――

 ただただ真っ白な正しさを押し付けられる檻の中。


 ほんと、私は私のことが知りたいよ。

 いったい、こんな私に何ができるっていうんだろう?



 この窮屈な箱庭の現実の中で。

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