20 チューブ

 私たちは地下鉄に乗っていた。

 月面都市では鉄道が主な移動手段になっていて、私たちの日々の生活――通勤通学などに使用されている。


 その中でも『チューブ』の愛称で親しまれる地下鉄網は、まさに網の目を縫うように月面都市の地下に張り巡らされており、私たちの生活を支える基盤であり便利な交通手段。『チューブ』の他にも、各月面都市を繋ぐ『月面横断エクスプレス』や、レゴリスの採掘場への『直通列車』などもある。


 月の鉄道は全て電気をエネルギーとするリニアモーターカーなので、クリーンな上に騒音のない快適な運行が行われ――なにより、月の市民なら『チューブ』は無料で乗ることができるため、市内中ならどこに出かけても乗車賃がかからない。地球から上がってきた観光客のみなさまには、地下鉄が七日間乗り放題の『ルナ・レイル・パス』がおすすめ。

 

 鉄道は、月の市民の生活には欠かせないインフラ。


 地球の鉄道の運賃はとても高いらしいので、私の母やアスカは揃って――「電車賃が必要ないなんて信じられない」と驚いていた。


「月に来て思ったけれど、月面都市って本当に市民へのサービスが充実しているのよ? きっと、月の市民の一人一人が月面の発展に寄与しているからなんでしょうね」

「そうなんだね。私にはよく分らないけど」

 

 アスカと何気ない会話をしながら、ほとんど揺れの感じられない車内のシートに背中を預けていると、アナウンスとは違う軽快な音楽が流れてきた。


『月面FM1984――みなさん、こんにちは。こちら“フォン・ブラウン坂スタジオ”からお送りしておます――“素晴らしき月世界”。パーソナリティのmiachミアハよ』


「――あっ。私、月面FМ大好きなの」

 

 すると、急にアスカが声を弾ませた。

 

 月面FMとは、月のラジオ放送局のこと。

 まだまだ娯楽の少ない月面では貴重なラジオ局とあって、熱狂的なファンやリスナーが多くいる。地球でも電波を受信したり、ストリーミング配信などで放送自体は聞くことができるので、一部にマニアックなリスナーがいるとは知っていたけれど、まさかアスカがその一人だとは思わなくて私は驚いた。


「私、深夜ラジオの『オールナイト・ムーン』が本当に大好きなの。何度もメールを送っているし、電話で出演したこともあるのよ?」

「ええっ、うそっ。そんなに? それに電話出演まで?」

 

 私は、その告白になおさら驚いた。

 

 わざわざ地球からメールを送る熱心すぎるマニアリスナーが、まさか私の隣にいるとは――そんな気分だった。


 べつに、地球から月にメールを送ること自体は難しいことじゃないんだけれど、電話で会話となると少し特別な通信方法を使用しなくてはならならない。それに月と地球とでは三秒ほどのタイムラグも生まれるため、慣れていないと会話自体が難しかったりする。


 私も、父と母の両親――地球にいるおじいちゃん、おばあちゃんと電話で会話をしたことがあるけど、最初のほうはまるで会話にならなかったことを覚えている。


「こんばんは、ムーン&テラ――今夜も宇宙から、そして地球の上に輝く月からお届けしています、『オールナイト・ムーン』。パーソナリティのオブライエンです」

 

 私は、急に人気パーソナリティのモノマネをし始めたアスカにギョッとした。

 しかも、すごく上手だった。


 なんだか、私の中の――私が勝手につくり上げた理想のアスカ像が崩れていくようで複雑な気分。モノマネが上手いとか――なんか、やだっ。

 

 地球から月にやって来た日本人の女の子。

 大人びていて、常にクールな微笑を絶やさず――特別な勇気を持った大和撫子。

 

 そんなアスカが年相応の――十四歳の女の子みたいにはしゃいだり笑ったりする姿は、意外でもあり新鮮でもあった。


 でも、やっぱりちょっと残念でもあったりして複雑な気分。

 むーん。月だけに。


「ポーラ、呆れてるでしょ? 私がラジオ番組なんかはしゃいだりして、ガッカリしてるって顔してるわよ」

「そっ、そんなことないよ」

 

 私は、アスカにずばり指摘されて慌てて首を横に振った。

 まるで私の心が読めるみたい。


「うそっ。ガッカリしてるって顔に書いてあるわよ」

「ほんとにそんなことないって」

「ほんとに?」

「うっ、うん――」

「ほんとにほんと?」

「うん」

「嘘ついてたら許さないわよ?」

「えー?」

 

 私は、アスカにじろりと詰め寄られて白状した。


「ごめん、ちょっと複雑な気分になった」

「やっぱり。そうだと思ったわ。ふーんだ」

 

 アスカは、ぷいっと顔を背けてしまった。


「ごめん、ごめんね。でも、ガッカリじゃななくて――意外っていうか、新鮮っていうか。アスカのことが知れて嬉しかったっていうのも、ほんとだよ」

 

 私が泣きそうな声ですがるように言うと、アスカはくすくすと笑いながら私に向き直った。


「冗談よ。ポーラってすぐに本気にするんだから」

 

 そう言って、私の頬を指先でつんつんとつつく。


「ひどいよっ。私、本気で焦ったのにー。ばかばかっ」

 

 私がアスカをぽかぽか叩くと、彼女はなおさら楽しそうにくすくすと笑った。口を開けて笑ってはいるんだけど、彼女の笑いかたはとても上品で御淑やかで、やっぱりアスカは特別なんだなあと思わせてくれる私の大好きな笑いかただった。


「ごめんなさい。でも、私だって年頃の女の子なんだから。ラジオくらい聞くし、恋愛ドラマや恋愛小説を読んで頬を赤らめたりするのよ。なにも特別なことなんてないんだから」

「そうだよね。アスカも私と同じ十四歳の女の子なんだもんね。でも、ラジオは意外だったよ。おじさんとかマニアックな人しか聞かないと思ってた」

「あら、私ってけっこうマニアックなところあるのよ? 地球にいた頃なんて、周りの友達にオタクっぽいって言われて良くからかわれてたし」

「えー、アスカってオタクっぽいかなあ? どちらかと言えばお嬢さまって感じだけど」

「そうかしら? 私、機械いじりとか好きだし。それに、今どき紙の本でSFを読むなんてオタクだけなのよ。その中でもSF小説はとくにオタク度が高くて敬遠されてるんだから」

 

 私はアスカの貸してもらった『幼年期の終わり』ことを思い出した。

 貸してもらった本だからとがんばって読んではいるけど、なかなか頭に入ってこなくて苦戦中。

 

 そんな他愛もない、年頃の女の子っぽくなもない話をしながら――

『チューブ』は目的地に向かって進んでいく。

 

 いつの間にか地下から地上へと出た『チューブ』は、そのまま月面都市を抜けて宇宙空間の広がる月面へと出る。

“透明なトンネル”――まさに“チューブ”といった感じのレールが伸びた月面の大地を、列車は終点に向って音もなく進んでいく。

 

 車窓から見える月面の風景は夜の砂漠といった感じで、岩と砂と穴ぼこ以外は何もない物悲しい景色だった。


 そんな『チューブ』の向かう先には、月の静止軌道まで伸びる巨大な塔――広大な六角形の敷地から放射状に伸びたレールが一か所に集う月面の宇宙港があった。

 


『フォン・ブラウン月面宇宙港』。

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