7 おめでとう

「――負けたぜっ」

 

 しばらく呆然としていたノリスは、ゆっくりと立ち上がり――まだホームベースから体を離さない小笠原さんに向けて、手を差し出した。

 

 ノリスが勝負の行方を受け入れたことも、敗北を認めたことも明らかだった。

 そして、和解を申し出たことも。


「キャッチャーミットだったら、ボールを落すこともなかったはずよ? あなたが出しゃばらなれば――ノリス、あなたの勝ちだったかも」

 

 小笠原さんはノリスの手を取ってゆっくりと立ち上がった。

 その足は震えているように見えた。


「それを言うなら、ふざけた走塁妨害がなけりゃ――そもそも接触プレーもなかっただろ?」

「そうかしら? それでも、けっこうギリギリだったと思うけど。それに、あなたがど真ん中のストレートだけで勝負しなければ、私はヒット一つ打てなかったと思うわ」

「かもな? そもそも一順目の――いや、もういいっ。俺の負けだ。言い訳するつもりはないぜ? もう二度と地球人を――いや、地球から上がってきた奴を、馬鹿にしたりはしない。いろいろと悪かった」

 

 ノリスはバツが悪そうに短く刈られた頭をかいた。

 お互いが健闘を称えあっていることは明らかだった。


「そうしてくれると嬉しいわ。私こそ――いい勝負ができた楽しかったわ」

 

 小笠原さんはにっこりと笑って見せた。


「賭けに負けたのは、俺だ。言えよ――お前の言うことなら何だって聞いてやる」

 

 ノリスは覚悟を決めた表情を浮かべた。

 小笠原さんは一瞬思案した後、意地の悪い笑みを浮かべる。


「――貸しにしておくわ」

「ハァ、貸し?」

「ええ。あなたには貸しをつくっておいた方が何かと便利そうだし。いつか返してもらうわ」

「ああ、わーったよ。それでいいっ。とにかく――俺の負けだっ」

 

 ノリスは不服そうではあったが、そう宣言した。

 

 これで、今回の勝負は完全な決着。

 月の代表と地球の代表が死力を尽くした、月の小さな一戦は――

 

 小笠原アスカの勝利で終わった。

 

 この結果に、誰一人として意義や異論を挟むものはいなかった。

 

 私は、感動で胸がいっぱいだった。

 私の両目からは涙がこぼれ続けていて、もうまともに前を見ることもできなかった。


 ただただ「良かった」と――

 心の中で小笠原さんが得た、小さくも大きな勝利に拍手を送り続けていた。



「ほんと、良かった。小笠原さん、ほんと――おめでとう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!