3 地球からの転校生

 小笠原アスカさんの編入は、私たちルナリアンにとってもとてもセンセーショナルな出来事だった。

 

 地球の子供が月に上がってくるというのは本当に珍しいことで、上がってきたとしても、“月の大学”に通えるようになる十八歳からが一般的。なので十八歳未満の、それも十四歳という一番多感で一番複雑な時期に、地球から月に上がってくる子供がいるなんてことは、まるで聞いたこともなかった。

 

 きっと両親の仕事の都合なのだろうと勝手に思い込んだ私は、彼女にたいしてある種の共感のようなものを抱いていた。

 

 きっと小笠原さんも――逃げ場のない理不尽にさらされて、この月に無理やり連れてこられた、不幸な星のもとに生まれた女の子なんだと。

 だけど、小笠原さんはそんな不幸を背負いこんで、さらには月なんていう未知で未開な場所に放り込まれたにもかかわず――常に堂々としていた。いつも御淑おしとやかな微笑を浮かべたままで、弱音や愚痴の一つも吐かなかった。


 清楚な見た目とは裏腹に――

 彼女はとてもタフな女の子だった。

 

 それは、彼女が常にさらされるルナリアンたちの無自覚な興味や、心無い言葉への対応を見れば明らかだった。小笠原さんは、私たちルナリアンたちの無邪気な興味、ある意味で残酷な好意にも、常に穏やかな微笑で対応した。


「ねぇ、地球って貧しい人たちで溢れてて、路上で生活している子供たちがいるって本当?」

「ええ、確かにそういう国もあるわね」

 

 小笠原さんはクールな表情を浮かべたまま、質問の答えを口にする。


「地球の人たちって、ものすごく冷たいのね? だって路上で暮らしている子供がいるなら、誰かが引き取ってあげればいいじゃない」

「複雑な問題なのよ。一人二人を引き取ればそれで解決するってわけじゃないの」

「でも、月には路上で暮らしている子供なんていないし――そんな子供がいたら、きっとお姫さまが黙ってないわよ? きっと怒り狂ってお役人に命令して解決しちゃうと思うな。『コペルニクス』の野良猫なんて、あっという間にいなくなったんだから」

「地球では、物事を一つ決めるにも色々な手順を踏まなきゃいけないのよ」

「ふーん、地球って遅れてるのね?」

「たくさんの人が暮らしているから、できるだけ多くの人の意見を聞かなくちゃいけないのだと思うわ」

 

 私は遠巻きに小笠原さんの回答を聞きながら、耳を塞ぎたくなった。そして、「今直ぐそんな質問やめてっ」て叫びたかった。


「ねぇ、地球人っていつも戦争をしてばっかりで、毎日たくさんの人たちが死んでいるって本当? それに、テロっていうとても危ないことをする人たちもいるんでしょう? 地球人はみんな凶暴で乱暴な人たちなの?」

 

 ことさら“地球人”という単語を強調した質問をクラスの誰かがした時、私は心が引き裂かれるような気持ちになった。


 それは地球と月とを――地球人とルナリアンとを、見えない線で区切ってしまう残酷な言葉と質問だった。


「そんなことないわよ。私は凶暴でも乱暴でないでしょう? 地球の人だってそうよ。でも、たまにおかしくなっちゃうことがあるの。きっと色々なものを抱えすぎているのね」

「でも、この月ではそんなことないわよ? たまに事故や事件はあるけど、建物に爆弾を仕掛けて吹き飛ばしたり、飛行機でビルに突っ込んだりなんて誰もしないわ。地球人って、やっぱり野蛮なんじゃないかしら?」

「複雑な事情があるのよ。長い歴史とか文化をもっていると、譲れない一線みたいなものがあって、それでお互いが違いを受けれられなくなってしまうの」

「違いって?」

「たぶん――国家とか、人種とか、宗教とか、肌の色とか、だと思うわ」

 

 小笠原さんは、いつだって努めて冷静に――そして、いつだって根気強くルナリアンたちの質問に答えていた。


 おそらく、彼女にだってほとんど理解できてない、そしてまるで分かりもしない、それどころか関わり合いさえない問題を――それも、ものすごく難題の解答を、それでも彼女は、この場にいる唯一の地球人として、立派に答え上げた。


 まるで地球を代表する大使のように。


 私は小笠原さんが回答するたびに、立ち上がって大きな拍手をしたい気持ちに駆られさえした。


 きっと小笠原さんは、地球の人があらぬ誤解を受けぬよう、間違った受け取られかたをしないよう、細心の注意を払っていたんだと思う。自分の一挙手一投足に気を配り、それがルナリアンたちにいらぬ誤解を招いて、地球人のエラーになってしまわないように。


 ルナリアンたちが、どこか意地の悪い視線で地球からやって来た自分を見ている空気を――まるでこっそりと監視されているような視線を、彼女はこの教室に入った瞬間から、敏感に感じ取っていたんだと思う。


 圧倒的にアウェイのこの月の教室で――

 地球がスリーアウトにならないように必死に気を配っていたんだと思う。


 それでも、小笠原さんに襲い掛かる無自覚な悪意のようなものは、どうしようもなかった。


 月は地球に比べると六分の一の重力しかなく、地球の人からすると普通に歩くのも、飛び跳ねるのも、物を掴むのも非常に難しくて困難な環境。


 小笠原さんは、月に上がってくる前に一通りの訓練を――宇宙空間と月面に上がるための準備をしてきたようだったけれど、それでも、やはり多くの失敗やつまずきをした。歩く時に力を入れすぎて大きく飛び過ぎてしまったり、不注意で教室の扉に激突してしまったり、投げられたものをうまくキャッチできなかったりと、些細な失敗を繰り返した。


 失敗とはいっても、小笠原さんは地球から上がってきたばかりにしては十分すぎるほど月面に適応できていて、私のお母さんなんかよりも、ぜんぜん上手に歩いたり物を掴んだりできていた。

 私のお母さんなんて、いまだにそこら中にぶつかってたんこぶを作っているのに――月の建築物や建物の中は、全て角が丸みを帯びていて、そしてクッション材が使われているので、そんな大事になったりはしないんだけど。


 でも、みんな自分の両親をそんなふうに笑ったりはしないはずなのに、それなのに小笠原さんが失敗をする度に、クラスでは小さな笑い声が起きて、コソコソと地球人であることを馬鹿するような発言が聞こえたりした。


「やっぱり地球人ってネズミなんだな」

「モグラは土の中にいたほうがいいんじゃないか?」

「ギャハハ」

 

 こんな調子。

 

 私は、自分がこんな下らない人たちと同じルナリアンであることに心底うんざりして――心底落ち込んだ。


 いったい、何がおかしいんだろう?


 私たちルナリアンなんか、地球に降りたら一歩も歩けなくて、そのまま潰れちゃうんだよ? 少し飛び跳ねすぎたり、うまくものを掴めなかったからって、いったい、それがなんだっていうんだろう? 


 そんなひどすぎる光景を見るたびに、私は今直ぐ地球に降りてぺしゃんこになりたい気分になった。地球行きの宇宙船にクラス全員を詰め込んでカタパルトで発射したい気分。

 

 でも、小笠原さんはそんな状況でもいつだってクールにやり過ごした。

 失敗したり、ルナリアンから心無い発言が飛び出すたびに、より力強い微笑を浮かべて、そんな小さな失敗や些細なつまずきが何でもないことのように振る舞った。


 彼女のその微笑は語っていた。


「それが何か?」

「大丈夫、これくらいまるでなんともないんだから」

 

 私は、いつの間にか小笠原さんのその微笑みを見るのがつらくなって――彼女が些細な失敗やつまずきをする度に、その光景から目を背けて小笠原さんを見ないようになっていた。目と耳を塞いで、口を閉じるみたいに。

 

 ほんと、私って――

 

 あーあって感じだよね?

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