1 こんなバカなことってある?

 私をうんざりせるのは、なにも月に生まれたってことだけじゃない。

『ルナリアン』であるということも私を心底うんざりさせるけど、それ以上に私をうんざりさせるのは――


 私の周りのルナリアンたち。


 私と同じ頃に生まれた同世代のルナリアンたちの存在――“第一次世代”と呼ばれる同世代のルナリアンたちが、私を心底うんざりさせる。それはもう、深い井戸の底に突き落とされたみたいに。


 月に三つある『月面都市』では、どの都市でも月の植民者たちが結婚と出産を繰り返していて、ルナリアンが「産めよ、増やせよ、地に満ちよ」と言わんばかりに誕生している。まるで収穫祭みたいに。


 今現在、月面全体が結婚ブーム。

 そして、ベビーブームに沸いている。


 月のお姫さまが力を入れている医療事業――産婦人科や小児科を増やして、月の植民者たちが安心して子供を産めるようになったからというのが大きな理由だけど、それ以上に少しずつ発展をしてきた月面都市が、人が暮らすうえでそれほどの不自由を感じなくなってきたっていうのが、一番の理由と言えば理由だと思う。


 私が生まれた頃――ほんの十年くらい前は、月には本当に何もなかった。そんな砂と岩と穴ぼこだけだった月が、今では人が暮らすうえでは、それなりに不自由のない都市に生まれ変わっている。


 だけど、それだってそこそこ不自由しない――そこそこ物が揃っている程度のもの。たぶん地球の人たちから見れば、どうしようもないほどの田舎に“大型のショッピングモール”ができた程度だと思う。


 私のお父さんはイタリア系のアメリカ人で、お母さんは日本人。どちらも、かなりの都会に住んでいたって話をよく聞かされたから間違いないと思う。

 お父さんの住んでいたのは流行の最先端である『ニューヨーク』。お母さんは『神戸』っていう難しい漢字を書く上品な街に住んでいた。

 

 どちらも大きな港のある美しい都市――以前、父と母の昔の写真を見た時なんか、その都市のあまりの美しさや大きさ、青い空と広い海があるという事実に、私はとことんまで打ちのめされて、大声で泣きだしてしまった。


 その後、父と母を傷つけたと知って私はなおさら泣いた。

 それ以来、我が家では地球の話は少し気まずい話題。

 

 でも、仕方ないよ。


『ニューヨーク』や『神戸』の街に比べたら――この月の都市は、石でできた牢獄みたいなものなんだもん。


 月の建物の多くは、月の砂である“レゴリス”でつくられている為、無機質で白く、そっけなくて寂しい。お化けか墓石みたいな建物がずらりと並んでいる光景は、いつも私をうんざりさせる。

 

 なんだか話がずいぶん逸れてしまったけれど――

 とにかく地球と月では何もかもが雲泥の差。

 

 同じ都市でも比べものにならないし、たいした物は揃っていないし――当たり前だけど、空や海はない。

 何度も言うけれど、あるのは砂と岩と穴ぼこだけ。


 そして、月面都市を一歩でも外に出れば、絶対に人が適応できない冷たくて暗い宇宙空間があるだけ。

 月が地球にまさっていることなんて一つも無い。


 私たちルナリアンは、月で生まれたことを悲しむべきだし――私たちルナリアンは、もれなく不幸な星の下に生まれてきた棄民なのだ。


 それなのに、私の周りの同世代のルナリアンたちは、みんなもれなく自分たちが特別に選ばれた存在で――


 新しい人類だと思い込んでいる。

 それどころか、地球の人たちを馬鹿にして蔑んでさえいる。


 ルナリアンこそが、これからの人類と――人類の歴史を牽引する新しい人種だと、まるで宇宙の果てから謎の怪電波でも受信してしまったみたいに、完璧なまでに確信している。

 

 まるで洗脳でも受けたみたいに。


 ねぇ、ちょっと待ってよ?

 こんなバカなことってある?


 私たちルナリアンは、人類が宇宙に進出する過程で生まれた人類の予定にはなかった子供たちなんだよ? 

 

 言ってしまえば、私たちは不慮の事故かアクシデントでたまたま生まれてしまったようなもので、それこそ最初のルナリアン――私たちのお姫さまがいなかったら、存在もしなかったような曖昧な人種なんだよ?


 ほんと、バカなこと言わないでよ。


 私たちが特別だったり、選ばれたり――人類と、その人類の歴史を牽引してくような新しい人類なわけないよ?


 だけど私のまわりには、そのことを信じて疑わない純粋無垢で傲慢ちきなルナリアンがダース単位でうじゃうじゃといて、私のことを心底うんざりさせる。


 ほんと、あーあって感じで――

 毎日うんざりしちゃうけど、私にはどうすることもできない。


 だって、この月には逃げ場もないんだから。

 ほんと、あーあって感じだよね?


 やれやれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます