第六話:空戦騎『零』(後編)


試作九号機の後ろから、僚は電磁投射砲を最大出力で撃った。その弾丸を辛うじて回避する試作九号機。

そして、回避行動に合わせて試作三号機の後ろに付く。

だが、撃ってこなかった。

おそらく、先程躍起になって撃ち過ぎた為に電磁投射砲の残弾が尽きたのだろう。

否、僚はそろそろ弾切れだろうと見計らっていた。

だから、龍弥が回転機銃を撃つなり変形するなりするより先に行動できた。

試作三号機の電磁投射砲を後ろ、つまり試作九号機の方を向ける。

この機体の電磁投射砲は可動式の為、後ろに向けて撃てるのだ。

「王手、かな」

引き金を引く。

「───あ……」

そこで、僚は気付いた。最大出力のまま撃っていたことに。

次の瞬間、最大出力で加速された70.0mmの鉛弾が、音速に近い速度を出して向かってきている試作九号機の主翼の基部に直撃し、電磁投射砲ごと主翼を根刮ぎ穿っていく。

「やっちゃった……!!」

主翼を失い墜落する試作九号機。

パイロットの火野 龍弥は衝撃で気絶しているか、例え気絶していなかったとしても、機体は主翼を失っており、飛行することができないだろう。どちらにしても機体が身動きせずに落下していくのに変わりはない。

そして試作九号機は下に広がる海へと落下していく。もし落ちたら、それこそ大惨事となりかねない。

「間に合うか……!!?」

僚は全力で試作三号機を駆り、墜ち行く試作九号機の救援に向かう。

「───間に合わない……いや───!!」

そして、ある程度近づいたら僚は試作三号機を“兵士形態”へと変形させ、

「───間に合わせる!!」

機体の右腰部に装備されたワイヤーアンカーを射出し試作九号機に打ち込んだ。

牽引し、機体を受け止め墜落を阻止しようとしたのだ。アンカーが試作九号機の腰に当たって打ち込まれ、ワイヤーが伸びきった直後、コクピット内に物凄い衝撃が走る。

「ぐぅっ!!」

右手が無意識に力み、それから少し遅れて、視界がブラックアウトしかねない程の衝撃に僚は襲われる。

「───ぁあっ!?」

実際に一瞬だけ意識が飛んだらしく、機体がバランスを崩しかける。

だが、

「───まだだっ!!」

自分を鼓舞し、全身のスラスターを吹かして無理矢理体勢を立て直し、ワイヤー巻き取りの操作をして試作九号機を回収する。

機体の右腕を伸ばし、試作九号機の胴体部を抱えながら信濃へと向かっていった。


その頃、艦内では

「緊急着艦準備、急いで!!」

青ざめた表情の深雪が指揮を執っていた。

ごうー!

早く早くー!」

「うぅむ、着任初日から初仕事か……」

大柄な体格の大村おおむら ごうの事を、小柄な体格の早瀬はやせ 風太ふうたが手を叩きながら煽る。二人とも応急修理班に今日配属されたばかりの新人だ。

「ハッハッハ!新参は皆威勢が良いな!

なぁ聖!」

「全く……威勢が良いだけなら、良かったんだがな」

艦載機整備科だけでなく応急修理班までもが、あせあせとマットやらネットやらを運んでは繋げ乗せては繋げをバケツリレー方式で繰り返し、二機の緊急着艦の準備をしていた。

「ぁあんの、バカぁ……!!」


ボロボロになった試作九号機を抱えながら、試作三号機が帰還した。

緊急着艦用マットを敷き締められている後部飛行甲板に試作九号機を降ろすと、その反動で過負荷に何とか耐えきった試作三号機の右腕が肩の関節から外れマットからはみ出た甲板上に落っこちる。他の部位の装甲にも、大なり小なりの擦り傷や凹みが結構な数できていた。

そのまま試作三号機はその場で方膝立ちになり、双眼の光を落として沈黙した。

そこに一人、駆けつける少女がいた。

深雪だ。

試作三号機のコクピットを開き、一息吐こうとした僚に対して彼女は、コクピットに入り込んで彼の胸ぐらに掴みかかる。そして、彼が何事かと反応する暇すら与えずに彼の鳩尾に正拳突きを咬ました。

「ごふぁっ!!」

衝撃で気を失いそうになる。次の瞬間、

「バカっ!!」

罵られた。さらに、彼女は「バカバカバカバカバカバカバカぁっ!」と連呼しながら僚を殴り付けた。

正拳突き、裏拳、平手打ち、手刀打ち、様々な攻撃が僚に襲いかかり、右頬、左頬、眉間、側頭部と、散々彼女の拳で打たれる。ある程度して殴るのを止めた深雪は、息を荒げながら彼の胸ぐらに掴みかかりながら怒鳴った。

「あんた、ねぇ……また無茶して、こっちがどれだけ心配したと思ってんのよ!!

無茶すんなって言ったじゃない!!

今度またやったら、シースパロー喰らわせるわよ!!」

深雪の顔が視界に入り、僚は、彼女が泣いていることに気が付いた。

「ごめん……」

僚は謝ったが、直後両肩を掴まれ、

「ごめんで済むかぁっ!」

鳩尾に二度目の盛大な頭突きを喰らった。

その一撃が爆ぜ、一瞬で彼の意識がブラックアウトした。


目が覚めたら、見たことない部屋のベッドで寝かされていた。

「ここは……?」

言いかけたとき、

「……起きた?」

女性の声が聞こえた。思わず「えっ?」と反応して声のした方を見ると、ベッドの隣で、深雪が椅子に座っていた。

「ごめんなさい……。

ちょっと、躍起になっちゃって……」

そんなことを言い出す深雪。

「気にしなくて良いよ。

それに、僕の方こそ……ごめん。

君が頑張って作った機体を、ボロボロにしちゃって……」

「そんなことは良いのよ……」

呆れる深雪。

「私はただ、あんたが無理したのを咎めたかっただけで───い……いや、何でもない!

……別に何でもないわ!」

「何が何でもないんだか……」

僚はそう言いながら、近くに置いてあった鏡を見る。顔中痣だらけだったが、人の顔の形は留めているから別にいいかと思う。

と、ふと思った。

「そう言えば、火野さんは?」

「ふぇっ?あ、あぁ。

火野兵長ならまだ医務室で寝てるわ。

命に別状はないけど、様子が気になるなら行ってみれば?」

そう言って彼女は部屋を出る。

扉を閉める前に「あーそうそう。ここ、あなたの部屋だから。いっつもコクピットで寝るのもアレだろうから用意しといたわ」とだけ言って彼女は扉を閉めた。

僚は時計を見る。もう数秒で一五五四を迎えるといったところだ。……四時間近く寝てたんだな。

「様子、見てくるか」

そう言って、僚はベッドから起き上がる。

まだ鳩尾辺りが痛むが、気にするほどではない。いや、気になるレベルだったが気にしないことにした。

靴を履き、部屋の扉を開いた。


部屋の扉が開いたその時、通りかかった二人の少女と目が合った。

僚は一瞬戸惑い「え?」と目を凝らした。その二人に見覚えがあったからだ。

「あら、僚の部屋ここだったの?」

片方が言ってきた。その声を僚は良く知っている。

「陸駆 雷華さん、と電子さん……?」

彼女達は双子の姉妹だ。陸駆 雷華が姉で、陸駆 電子が妹。

中学一年の時からの知り合いで、二人共僚の同級生だった。二人共、高校は飛び級で卒業していったけど。

ちなみに先程尋ねてきたのは姉の雷華だが、次に妹の方の電子が聞いてきた。

「僚さん、名前覚えててくれてたのですね!」

彼女の言葉に対し「まぁ、中学時代からの付き合いだし」と返した。

そして、ふと疑問が生じる。

「そういえば二人共、なんでここに?

確か二人共陸軍部の歩兵科だよね?」

彼女達は海軍部ではなく陸軍部のはずだ。まぁ、自分もそうだったが。

ついでに言うなら先程のブリーフィングの時にあの場に二人は居なかったはずだ。

「あー、それについてはね。

海軍の人に『新型艦載機のパイロットにならないか?』ってオファーが来て、航空機の訓練も一応やってたし断る理由もないから来ちゃったのよ。

新型機貰える、って待遇良さそうだし。

手続きしていたらブリーフィングに遅れちゃったけど」

「え、二人共?」

「え、まぁ……はい」

二人共陸軍から転属するというかたちでこの艦の航空隊に配属となっていた様だ。まぁ、可変機だし仕方ないね。

航空機の飛行訓練を受けていたという話はさすがに彼にとっても少々意外だったが。

と、「それにしてもさぁ」と話題を変えようとする雷華が、

「あの暴力女、なんなの?

僚のこと滅茶苦茶殴ってさぁ……少し懲らしめてあげたいわねぇ───」

とか言い出した。心無しか若干表情が怖い。

「気にしなくて良いよ。

やり過ぎたって謝ってきたし、僕だって機体二機も壊しちゃったこと反省してるし」

そう言って雷華を宥める。

「そう?……なら、いいわ」

そう言って和らぐ雷華。

時計を見やる僚。時刻は一六〇二だった。

「それじゃ、ちょっと医務室行ってくる。

龍弥さんそろそろ目覚めたかな」

そう言って、二人と別れた。


目覚めたら信濃の医務室だった。

時計を見たところ、時刻はもうすぐで一六三〇になる辺り。

そこに「あ、火野兵長」と呼ぶ声が掛かった。

彼を呼び止めたのは衛生兵科の久々利 奈々緒くくり ななお。階級は上等兵だった気がする。

そこで龍弥は奈々緒に事情を聞くことにした。

主翼を失い墜落する試作九号機に対し、試作三号機は機体の腰部に装備されたワイヤーアンカーを機体に打ち込んで牽引し、機体を受け止め墜落を阻止したらしい。

ちなみに当の本人は「また無理をした」と深雪にフルボッコにされたらしい。「『また』ってなんや」と突っ込みかけたが何となく察することができたので止めた。

そこまで話したところで奈々緒は「それでは私は鏑木中尉に呼ばれているので、これで」と言って、退室していった。

そろから何分間か横になっている。

「……暇やな」

あまりにやることがなく、そうぼやいた。

「気が付きましたか?」

丁度その時、僚が部屋に入ってきた。

その顔は痣や紅葉跡だらけである。本当に殴られたんやな、と思った龍弥はさすがに痛々しかった為に、

「怪我、大事か?」

尋ねてみたが、僚は「いえ、大丈夫ですよ」と返すだけだった。

しばし、沈黙する。

沈黙を破ったのは───龍弥だった。

「何で、受けたん?」

「はい?」

すっとんきょうな返事が返ってくる。

質問が悪かったか、と、龍弥は聞き直した。

「なんでお前さん、隊長になるん?

言うてたんから察するに、本当ホンマはやりとうないんと違うか?」

質問に対し僚は「……さぁ……何ででしょうね」と呟いた。

自分でもようわかっとらんのか、と突っ込みかけたところ、

「なんとなく彼女が……似てるからかな、って……」

そう、僚は返してきた。

「彼女?」

一瞬考えてしまったが、すぐに『彼女』が吹野 深雪だと察することができた。

「……似とるって誰に?」

「幼馴染みです……あそこまで尖った性格じゃないですけど、幼い頃一緒にいた女の子に」

「……これまたメルヘンな話やな」

聞いた龍弥は、中々に呆れていた。

「で、なんや。

吹野はんに惚れとんのか?」

「べ、別にそんなんじゃ……!!」

「ハハハ、まぁ、何となく分かったわ」

吹野 深雪の期待に応えたい、ということだろうと龍弥は察していた。

あえて言わずに軽く苦笑した龍弥は、そこまでで少し咳き込み、

「……認めたるわ」

その一言を、気恥ずかしそうながらも言った。

一瞬、「えっ?」と僚がすっとんきょうな反応をしたが、あまり気にせず龍弥は続ける。

「お前さんを隊長って、な」

「……ありがとう、ございます」

そう言って、手を差し出した。

そうして、二人は握手した。


次の日のことだが、陸駆 雷華及び陸駆 電子には専用機として零式艦上空戦騎 試作型が配当された。より正確にいうなら、当初から配当予定だった機体が搬入し終わった為受け渡された。

それぞれ試作型七号機と、試作型十一号機。

深紅色に塗装されているのが七号機で、対照的に濃紺色なのが十一号機。

一方で試作三号機と試作九号機は演習の結果を見れば一目瞭然であろうがどちらも破損してしまった為に、格納庫奥にある艦載機用簡易整備工敞で修理することになった。

試作三号機は右腕と肩部機関砲が右肩から脱落したのを含め全身各所の関節部の修復のみで一週間もあればなんとかなる様だったが、一方で試作九号機は両翼を完全に失った為、替えのパーツができなければしばらく飛ぶことが許されない状態だった。

そんなこんなな状況の中、TCテクノ・クレイドルより届いた零式艦上空戦騎 二一型 二十機の搬入もその日の午後から開始された。

時間も押している為、試作型二機が欠けたまま、その日より信濃航空隊の訓練期間が始まった。

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