第四話:終わりと始まり(前編)
数刻前のこと。
横須賀上空を、六機の九六式噴進艦上戦闘機が駆けている。
その艦載機達は、最後の一機にトドメを刺すくらいはしたが特にやることもなく仕事を終えていた。
『なんやもう終わったんか。
えらい少なかったなぁ』
「そう、だな……良かったというか、なんというか……」
『こら、二人共。
街がメチャクチャ……っていうほどメチャクチャでもないけど、不謹慎だぞ』
『そういう小太郎さんだって!』
火野 龍弥、青雲 幸助が自分たちの無事を確認する建前で何事も無く終わったことに安堵し無駄話していると、城ヶ崎 小太郎、菅野 花梨の二人が割り込んできた。
なんだかんだ言って二人とも安心している様子である。
と───、
『───何や!!?』
突然龍弥が何かに反応した。
「何だ、どうした!?」
幸助が尋ねると、彼が予想してなかったというか予想できるはずがなかった返答が返ってきた。
『
「何だって!!?」
つられて見てみると、本当にそれがいた。
しかも二機。
そのうちの一機が飛び立ち、空中で宙返りしながら戦闘機に変形した。
『変形しおった、やと……』
龍弥と、幸助が唖然とする中、
『あれは……』
小太郎が反応した。
『今の機体……もしかして零か……?』
それに対し龍弥が『知ってるんか?』と尋ねるが、返したのは小太郎ではなく幸助だった。
「零……って、あの零!?
変形時にフレームが
『……前に資料で見た画像と似ている。
だが、噂の割りにはよく動いている様だ』
そう、小太郎が言うのを聞き流しながら、
『あれが、零……』
幸助はそれを目で追い続けていた。
時刻は午後五時過ぎ、病院の屋上にて。
いきなり「隊長になれ」と言われ呆然とする少年、有本 僚。
「……何よ、不満なの?
欲張りね」
少女、吹野 深雪は首を傾げる。
僚はその言葉に対しそういう訳じゃないという旨を伝えようと、
「いや、もっとなんか……厳罰的なものを想像して───って、え?」
言いかけたところで、彼女から言われたことの重大性に気付く。
「え、いや……え!?
航空隊の……隊長───僕が!!?」
「できるでしょあなたなら。
この機体を初見であれだけ動けたんだから適任よ、適任。
寧ろこんな人材、どう考えても軍上層部が放っておかないわよ。
今のうちにとっておかないと他の部隊に持ってかれたら嫌だわ。
機体ごととかだったらもっとやだ」
彼女の特技なのか、マシンガントークの如く称賛が降り注ぎ、僚の口から「えぇ……」と力無きぼやきが漏れる
「それに、国防大附属生なら義務教育の課程が修了していれば飛び級できるのよ。
高校の卒業証書だって貰えるから学歴だって心配ないわ。
まあ、軍に入っちゃえば学歴とかあんまり関係ないけどね」
そう、一押しする深雪。「そりゃそうですけど……」と言いかけ、ここで僚はふと思った。
「そう言えば貴女の名前、聞いてなかったのですが……」
「え?あ、あぁ。
そういえばそうだったわね……」
言われてようやく気づいたらしく、改めてと言わんばかりに彼女はそこで自己紹介した。
「私は吹野 深雪。
信濃の艦載機整備士主任よ。
今は人員少ないから代理で航空隊管制官と対空兵装管制官もやってるけど」
「吹野、深雪……?」
その名前に、ふと何かを感じる。
「……どうしたの?」
「……いや、別に何も……」
強いていうなら、幼馴染みの名前に似ていた。似ていただけ。それだけだ。
思考を纏めていたその時、通信が入った。
CICオペレーター席、優里からだ。
『御二人共、至急、CICに集合してください』
繋がれた回線にて、優里が伝えた。
『特に有本さん。
新任の艦長が、貴方に御会いしたがっております』
「え……?」
信濃の上空を飛翔していた九六艦戦 六機。浜松飛行場から来た者達だ。正規空母 雲龍から補給と簡単な整備を受け、今から帰投するところであった。
その頃、丁度どこかに行っていた新型戦闘機たる二機の零がどこからか飛んできて信濃後部飛行甲板上に降り立った。
『あ、コクピット開いとるわ。
折角やしパイロットの顔でも───』
そう言って零の方を見た龍弥は、
『───って、な……!!?』
開いたそれから出てきたパイロットのその姿に、豆鉄砲食らった鳩の如く愕然とする。
『あのパイロット、民間人なんか!!?』
搭乗していた人物は、
それを聞いてか聞かずか、否、聞いたからやったという訳ではなかったのだが、双里 真尋も「何となく」という理由で零の方へ視線を向けた。直後、
「───!」
その零とかいう機体のパイロットのうち一人の顔を
「あの、パイロット……!!」
二人いたうち私服姿の、まだ少年だろうか。
その男性の顔が、真尋とほぼ瓜二つだったのだ。
しばらく経ち、艦橋にて。
艦載機格納庫に二機の零を収容し終え、二人はすぐにCICに向かっていた。
近づくにつれて、聞こえてくる笑い声が段々大きくなる。
扉は開かれている。
「……何か、嫌な予感がするわ……」
嫌悪する様な様子の深雪。そんな彼女のことを少し気にしながら、僚は「失礼します」と一度断りを入れてそこに入室した。
そこには、少女が二名───片方はクラリッサ・能美・ドラグノフだ───と、青年が四名いた。
「あはは、それでな───ん?」
何かの話をしていたらしい室内が一瞬だけ静まり、その中にいた一人の青年が「おや?」という表情を向けた。
「もしかして君が、試作三号機に乗ってたって言う少年?」
青年がそう尋ねてきた。
「───え……はい……」
改まってしまう僚。
すると青年は「そうか、君がか!」と言って食い付いてきた。
「俺は神山 絆像。
年齢は今年で19になる。んで、そこにいる副砲砲手の武彦とは同期だ。
先日この艦の艦長に任命された」
緊張していた僚に対し、友好的な態度でそう自己紹介してきた。
思わず「え、あなたが艦長?」と聞き返してしまう。すると「あぁ。まぁ、この国の海軍は飛び級とか平然とやってるからあまり珍しいことじゃないさ」と返してきた。
「まぁ新人同士よろしく頼むよ、航空隊隊長さん」
そんなことを言いながら、絆像は僚の肩を押した。
呆れながら「あなたもそう呼ぶんですか……」と返すと、
「あはは。まぁ、いいじゃないか。
撃墜王だぞ撃墜王。
隊長にするのに相応しい!
それに、あの固いことで有名な吹野整備士長に認められたんだろう?
訳あってもう耳に入ってるんだ」
笑いながらそう返した絆像。
いつの間に通信が入れられていたのかは不明だが、「げっ、聞かれてたの……」と深雪が言ったところで、
「あーそれと、吹野整備士長。
これ、目通しておいてくれ」
そう言って、艦長は手元のタブレットを動かした。
直後、深雪のタブレットから着信音が鳴った。どうやら艦長が何かを彼女に送信した様である。
艦長は立ち上がり「それじゃ、少しはしゃぎ疲れたから、しばらく艦長室で仮眠取ってくる」といってCICを後にする。
タブレットを操作しながら深雪は「了解」と渋々な様子で返事し彼を見送った。
若い人が艦長に着任したのを意外に思った僚だったが、ふと、深雪が言ったことを思い出した。
「国防大附属生なら義務教育の課程が修了していれば飛び級できるのよ」
あの人も飛び級したんだろうな、と思っていると。
「有本君、っていうらしいな?」
斜め前から声を掛けられる。そちらを向くと、僚より少し高めの青年がすぐ目の前に来ていた。
「信濃 副砲砲手を務める菊池 武彦だ。
さっき居た艦長の絆像とは同期だ。
階級は曹長。
元は主砲砲手だったんだがな……。
まぁ、事情は良くわからんが君もこの艦に配属らしいからな、あいつ共々よろしく頼むよ」
そう言って、彼は手を差し出す。受け取り、握手を交わした。
続いて、オペレーターをしていた少女が座席から降り、
「オペレーターの桂木です。
通信兵科所属で、階級は上等兵。
以後お見知り置きを」
そう挨拶し敬礼を送ってきた。
「
信濃
新人班長同士、よろしく頼むぜ!」
「応急修理班 副班長、獅子谷 聖。
艦の応急修理が専門ではあるが、艦載機の整備と修理にもある程度心得がある」
後の二人、かなり大柄で筋肉質な男性二人が最後に自己紹介する。
その四人に対して、僚も返す。
「有本 僚です。
国防大学付属高校岩瀬校舎 陸軍部工兵科二年」
それを言った直後、驚愕に包まれる。
「何ぃ───ッ!?
君、工兵科だったのか!!?」
「いや、それ以前に君学生だったのかよ!!」
「は、はい……」
最初の一声は熱血漢らしい狼牙。立て続いて来たのは武彦。さらに彼らに続いて優里が問う。
「それでは、艦載機の飛行訓練は!?」
「実は……ほとんど───」
ないです、と言いかけたその時。
「……は───ちょっと、何よこれ!!?」
深雪の声に遮られた。
何事かと思い「どうかしたの?」と優里が尋ねるのだが、深雪はもの凄い形相で怒鳴り散らす様に「これ見なさい!!」とか言い、タブレット端末の画面を見せてきた。
「これ……」
僚も目を通してみる。信濃の人事ファイル───勿論、搭乗員についてのものの様だ。
だが……。
「クルーの八割が未成年って、一体どういうことよっ!
しかも、そのほとんどが今年の春に階級与えられたばかりの新兵じゃない!
何考えた結果こうなったのよ!
意味わかんない!
酒飲んで酔っぱらいながら考えたの!?
そうでもなかったら頭に蛆でもわいてんじゃないかしら!!?」
仮にも乙女が言う台詞か、と思ったが、これを言ったら次出撃する際に背後からミサイルでも食らわされそうだから遠慮した。対艦用であるハープーンやトマホークならまだ回避できるかもしれないが対空用のシースパローとかだったら回避できそうにない。多分。
笑えない冗談はさておくとしてだが、実際彼女が言うことも無理はない。
搭乗員四五〇名中四〇〇名という、ほぼ八割に相当するメンバーが未成年。自分も多分この枠に集計されるのだろうと思うが、飛び級した深雪や絆像、武彦、優里、さらに元々軍人であるクラリッサは別枠だと考えても、戦艦の搭乗員でこんな人事は確かに前代未聞だと言えた。
ちなみに、これ程の大型艦だが、ある程度の自動化及び機械化が進んだことによりこの少人数で動かすことができるのだが、それについてはまた別の話。
ついでに明記しておくと、航空隊についてのデータは現在載っていない。強いて言うなら主任の欄に深雪の名が入っていたくらいだ。
「え?吹野さん?
航空隊も兼任してたの?」
「あー、あくまで主任よ主任。
その下の欄が隊長。
そこに貴方の名前が入るわ」
「はぁ……」
呆れる様に、聞こえるかもしれないがそれ半分と、関心半分で反応しながらその欄を見つめる。
「ていうか、同い年だったんだ……」
と、ここで艦長がCICに戻ってきて「あーそういえば、二つほど言い忘れていたことがあった」と言ってきた。
「急に決まったことだが、一週間後〇九〇〇にてその名簿にある新人搭乗員を迎える。
その後、横須賀で二週間訓練に励んだ後、訓練最終日一二〇〇より本艦は『横須賀司令部 第一国土防衛師団艦隊所属 第一遊撃部隊』へ、旗艦として配属となる。
皆気を引き締める様に、以上!」
そう言って、またCICを後にする艦長。
「……第一……遊撃、部隊……」
軽く呟く様に繰り返した深雪は、
「───第一遊撃部隊!!?」
途端に叫び出した。
「第一遊撃部隊って、あの第一遊撃部隊!!?
何ふざけてんのよ!!?
やっぱり上層部って馬鹿なの死ぬの!!!?」
立て続けに謎の発狂を咬ます。実際、現在この場に居る中で僚とクラリッサ以外はなぜか窶れた様な遠い目をしている。
「あの、って?」
僚が優里に問う。
「その様子だとご存知ないですよね?」
聞き返され、僚は「えぇ、まぁ……」と答える。
一回溜め息を吐いた優里は「まぁ、無理もないか」と一人言愚痴った後、聞いた。
「有本さんは『紅蓮の艦隊』っていう都市伝説を聞いたことがありませんか?」
「紅蓮の、艦隊……?」
その名前は聞いたことがあった。国防軍で唯一他国の戦争への介入ができる艦隊、という都市伝説を聞いたことがある。あくまで噂とか都市伝説とかのレベルだったが。
「あの、それってもしかして……」
これを聞いた瞬間、クラリッサが反応した。
「知ってるの?」と聞くと、彼女は説明する。
「国籍不明で色々と悪名高い、ロシア陸軍でも危険視されていた艦隊がその名前で呼ばれていたのを覚えていますが……まさか日本軍だったとは思っていなかったので」
「そ、そうなんだ……」
「
そこに深雪が、何か含みのありそうなジェスチャーを交えながらそう付け加えた。
「その人達、よく軍に入れましたね……」
深雪の言いたいことを察し、呆れ半分で返すと「まぁこの軍、実力を認められれば身分とか関係ないから」と返ってきた。
返そうとしたが、あまりの事に「へぇ」とあっけらかんな返事になってしまう。
そんな僚に対し、優里は続けた。
「横須賀司令部所属の第一遊撃部隊は、通称で『紅蓮の艦隊』と呼ばれています。
由来は、所属艦に紅い塗装をしていたり愚連隊のぐれんと掛けてたり、等色々ありますが、この際捨て置きます。
海外派遣部隊で治安が安定しない中東、アフリカ等へ遠征に向かう唯一の部隊で、小規模の紛争程度らしいですが、我が国の艦隊で唯一実戦経験も……まぁ、我々を除けば、唯一の実戦経験のある部隊です」
「…………」
それだけ告げられ、静まり返る。
沈黙を破ったのは、深雪だった。
「……私達、戦闘を経験したからでしょうね。そこに配属になったの」
「……まぁ、他にも考えられるわね。
主砲に荷電粒子砲なんて装備してたり、人型に変形する新型艦載機持ってたり、実戦に出して見たいことのオンパレードでしょ」
優里が追加したその一言に「そうでしょうね」と返す僚。
それに対し、
「でも何でよりによって第一遊撃部隊!!?
っていうか第一遊撃部隊って、今ソマリアに遠征中じゃないの!!?
アフリカまで護衛無しで行けっての!!?」
散々ストレスがマッハ状態で色々気が狂いそうな深雪だったが、
「決まった以上はしょうがないだろう」
と武彦が、
「まぁ、それもそうだな」
狼牙が、
「取り合えず、一週間後には搭乗員迎え入れるんだったら、気を引き締めるとしよう」
聖が、
「そうですね」
各々そう言い席を立ち、それぞれの持ち場に戻る。と言っても僚とクラリッサを除けば半分はCIC要員なのだが。
「じゃあ、零の整備してくるわ。
二機分とか流石にヤバイけど」
煮え切らない様子の深雪は気まずくなったのかそう取り繕ってCICを後にしようとした。
「僕も手伝います」
そんな彼女に、僚はついていき手伝うことにした。
「良いわよ、貴方は休んでて」
「僕だって工兵です。アシスタントくらいできます」
「あぁ、そういえばそうだったわね」
格納庫に仕舞われた試作三号機及び試作四号機の元に向かうべく、二人はCICを出た。
信濃
その艦長用個室にて。
「……ふぅ……」
部屋に入った絆像は制服も脱がずにそのまま
息が荒い、のは自覚できる。
「……クゥッ……!!」
苦痛、もしくは悪寒に顔を歪める絆像。
「……さすがに、初めての艦では辛いか……」
俯せのまま、震えの収まらない手を握る。
「……馴れるしかないのは……わかってるんだけどな……」
そのまま彼は失神する様に眠りに就いてしまった。
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