O・ヘンリーをミステリ的に読み解く!『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編』O・ヘンリー 著 芹澤恵 訳

『1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編』プレビュー

 今回紹介する作品はミステリではありません。ですが、非ミステリの作品の中にも(作者が意図してかどうかは分かりませんが)ミステリ要素、ミステリ魂を見いだせるものは数多くあり、そのような作品をミステリ的視点で読み解いていくという作業も面白いのではないかと思い、今回この作品を紹介することにしました。


『1ドルの価値かち賢者けんじゃおくもの ほか21ぺんオー・ヘンリー 著 芹澤せりざわめぐみ 訳


 泣く子も黙る短編小説界の絶対王者、O・ヘンリーの登場です。本エッセイ初の「ミステリ」として世に出ていない作品の紹介であり、また、初の海外作品ともなりました。まさか初めて紹介する海外作品が、ドイルでもクイーンでもクリスティでもなく、O・ヘンリーになるとは、私も予想だにしていませんでした。

  O・ヘンリーの作品群は、これまで多くの出版社から様々な形体で出ており、ジュブナイルにリライトされたものなども含めたら膨大な数に及びます。それらの中から紹介する本書は、比較的新しく(2007年10月)発行されたもので、光文社の文庫レーベル「光文社古典新訳文庫」のひとつとして刊行されています。

 ちなみに、O・ヘンリーの短編集には、『O・ヘンリー ミステリー傑作選』という、犯罪がらみの作品だけを集めて日本で独自に編まれた短編集があるそうなのですが、なにぶん相当昔に刊行された書籍のため現在入手は困難です(私も読んだことありません)。

 数あるO・ヘンリー作品集の中から、これを紹介することにした理由として、まず、本作には私が個人的にO・ヘンリー三大傑作と位置づけている「最後の一葉」「甦った改心」「賢者の贈り物」の三編が一挙収録されていることが挙げられます。さらには、本エッセイの趣旨的に、訳文が素晴らしく読みやすいことも見逃せません(この「読みやすい」というのは、「光文社古典新訳文庫」のテーマでもあり、本レーベルには「いま、息をしている言葉で、もういちど古典を」というキャッチコピーがあります)。

 本書には上記三作品の他にも「赤い族長レッド・チーフの身代金」「千ドル」「警官と賛美歌」など、O・ヘンリー著作の中の「定番」が概ね収められている「O・ヘンリーベスト決定版」ともいえるラインナップで、「O・ヘンリーって興味あるけど、あまりに種類が多くてどれを読んでいいか分からない」という方は、まずこれを選んでいただければ問題ないかと思います。新刊で容易に入手できますし、文庫なので値段もお手頃(720円+税)です。全23編の短編小説が収録されていますが、ミステリの連作短編ではないので、最初から順番でなくとも、気になった作品から拾い読みしていっても全然問題ありません。

 有名な古典で、ミステリでもないので、ネタバレに気を使う必要はないかなとも思ったのですが、ミステリ的に読み解くという趣旨と、未読の方にも配慮して、これまで同様「ネタバレありレビュー」を隔離することにします。ですのでここでは、ネタバレに抵触しない程度に、全てではありませんがいくつかの個人的に好きな、あるいは気になる作品について、読みどころなどを書いていきます。


赤い族長レッド・チーフの身代金」

 まず目次を眺めて、私が「おや?」と気になったのがこの一編です。何が気になったかといって、そのタイトルです。私の記憶が確かならば、本作は長く「赤い酋長の身代金」という翻訳タイトルで親しまれてきていたはずです。「酋長」が「族長」に。本作は、インディアン(ネイティブ・アメリカン)ごっこに興じる子供が大人を翻弄するというのが話の骨子で、それならば「酋長」という呼び名がもっとも相応しいのではないかと思うのです。「族長」では暴走族の親分みたいで、どうにもしっくりきません。もしかしたら「酋長」という言葉が「言ってはいけない」「書いてはいけない」的な言葉として指定されているのでしょうか? だったら『ウルトラマン』に登場した怪獣ジェロニモンの別名「怪獣酋長」は今、どういう表記になっているのでしょうか? アニメ『伝説の勇者ダ・ガーン』において、味方ロボットのひとりガ・オーンは主人公のことを「酋長」と呼んでいましたが、「本作には穏当を欠く言葉が使用されていますが、時代背景を鑑み……」的な注意書きがDVDなどには書かれているのでしょうか?


「千ドル」

 これも私は好きな作品のひとつです。「この話、何をどう決着として終わるのか?」と読者が疑問に思いながら読み進めた最終盤、意外な形で「オチ」が付いて決着します。主人公の言動があまりにクールなため、さらっと読み流しただけでは分からない「すぐには効かない考えオチビーム」的な話ですが、じわじわきます。ミステリの「ホワットダニット(何が起きているのか?)」に通ずる先の読めなさがあります。


「伯爵と婚礼の客」

 これも「考えオチ」的な話ですね。オチを知ってから読み返すと、主人公の台詞や言動の端々に彼の思考、思いが垣間見え、印象ががらりと変わってきます。


「1ドルの価値」

 O・ヘンリー作品の中でも異色の一編といえるのではないでしょうか。読み終えて私は「『魁!!男塾』かよ!」と突っ込んでしまいました。なぜこれを表題作に持って来たし。


「甦った改心」

 三大傑作のひとつ。本作は、そのプロットがあまりに優れているため、多くの模倣作を生み出しています。子供の頃に初めて読んだときは、「主人公のジミーがかっこいい」という単純な感想しかありませんでしたが、歳を取るごとに、そのかっこよさの裏にある様々な想い、人生の悲哀を読み取れるようになり、「かっこよさ」のカテゴリーの中に「泣けるかっこよさ」というものがあることを知った名作です。


「十月と六月」

 多くは書きませんので、ぜひ読んで、この「オチ」を味わってみて下さい。ある意味もっとも「本格ミステリ」っぽい一編かもしれません。


「心と手」

 これも好きな作品です。これを加えて「四天王」にしようかと思ったほどです。人によっては、物語が動き出した時点で違和感に気付き、「オチ」を察することも可能かと思います。そういった意味では実に「フェア」に書かれているといえるでしょう。本格ミステリマインドが溢れる一編です。


「水車のある教会」

 王道の感動作と位置づけられていますが、極めて私見を承知で書かせてもらえれば、O・ヘンリー作品の中ではそれゆえに悪い意味で異色で、「別にO・ヘンリーが書かなくとも……」と思います。ですが、本作の魅力はそこにはありません。「水車のある教会」最大の魅力、それは文章の美しさにあります。本作の舞台となるレイクランズという名の山村は、奥深い山中を走る鉄道の沿線に位置しているのですが、それを表現した以下の文章を、マア、読んでご覧なさい。


 見ようによっては、この鉄道が松林のなかで進むべき道筋を見失い、恐怖と孤独感から逃れようとレイクランズに駆け寄ってきたとも見えるし、レイクランズのほうが迷子になって鉄道の線路の脇に寄り集まり、家に連れて帰ってくれる列車を待っているようにも見える。


 どうですか、痺れませんか。具体的な地形や位置関係を一切明かすことないまま、見事な擬人化表現だけでもって、風景を俯瞰しているかのようなビジュアル的イメージを読者の頭の中に描かせます。言葉のリズムも抜群によく、翻訳者のセンスも光っています。他にも、


 歳月が悲しみの切っ先を鈍らせ、今ではあのころのことを思い出しても苦痛ではなくなっていた。


 悲しみの記憶を刃物に見立てて、歳月の経過が悲しみを和らげることを比喩的に表現しています。これも素敵です。

 全くの想像ですが、本作はこれといって気の利いたオチもない感動作のため、「せめて文章を凝らせて売りにしたろ」と、O・ヘンリーは思ったのかもしれません。


「二十年後」

 これも有名な人気作ですね。私も好きです。これも加えて「五人衆」もしくは「短編戦隊O・レンジャー」にしようかと迷ったところでした(「オーレンジャー」ってもういますけどね)。これもオチを知ってから読み直すと、また別の見方で読める作品です。この作品に現れている「人生の皮肉」もO・ヘンリー作品に多く出てくるテーマのひとつです。


「最後の一葉」

 三大傑作のひとつ。子供向けにリライトされたものも多く、恐らくO・ヘンリー作品中、最も知名度のある一編なのではないでしょうか。この一編には「人生の皮肉」「献身」「市井の人々のドラマ」「意外な展開」といったO・ヘンリー作品の主要テーマ全てが盛り込まれており、人気が高いことも頷けます。

 さらには、意外にも「ミステリ的な文章ルール」について問題を投げかける作品でもあります。ネタバレありレビューで詳しく解説しています。


「警官と賛美歌」

 これも有名な作品です。「人生の皮肉」というテーマに絞れば代表選手といえる一編かもしれません。これ、コントや舞台喜劇だったら、最後のシーンは全員そろってずっこけるはずです。私も読み終えて「どないやねん」と突っ込みました。


「賢者の贈り物」

 三大傑作のひとつ。数奇な運命、人の死、犯罪絡みといった派手な舞台装置もなく、主な登場人物は二人だけ。なのにここまで心を揺さぶられる(しかもこれほど短い分量の)作品というものを私は他に知りません。本短編集の掉尾を飾るにふさわしい一編で、これをラストに持って来た訳者(編集者かも)のセンスは抜群に優れているといえます。



 ここに紹介しなかったものも含めて、笑いあり、涙あり、驚きありの名作がぎっしりと詰まった、まさに「短編の宝石箱」である本書。じっくりと味わい終えたら、またネタバレありレビューでお会いしましょう。

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