第36話『再びの新生活』

 10月3日、月曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、そこには優しい笑みを浮かべながら僕のことを見ている美来の姿があった。美来と目が合うと、彼女はニッコリと笑って、


「おはようございます、智也さん」


 おはようのキスをしてきた。

 目を覚ますと笑顔の美来がいて、おはようと言ってくれて、キスしてくれるなんて。僕は何て幸せ者なのだろう。今週も仕事を頑張れそうな気がしてきた。定時で帰ることができるよう頑張ろう。


「おはよう、美来」


 憂鬱になりがちな月曜日の朝に元気をくれた美来に、お礼も込めて今度は僕からキスした。


「まさか、智也さんから口づけをしてくれるとは思いませんでした」

「いい月曜日の朝を迎えることができたからね。ちなみに、今って何時かな?」

「5時半過ぎです」

「そっか。いつもよりも早いけど、いい目覚めだし、もう起きようかな」

「それがいいですよ。私もいつもよりもスッキリとした目覚めです。昨晩は智也さんとたくさんしたのに。きっと、天羽祭も含めいい疲れだったんでしょうね」

「そうだね」


 今も美来は一糸纏わぬ姿だからか、昨日の夜のことを思い出す。あのときの美来は本当に可愛くて、綺麗だったな。


「おっ、体が熱くなってきましたね。昨日の夜のことを思い出しているんですか?」

「今の美来の姿を見たら、そりゃねぇ……」

「ふふっ、昨日の智也さんも積極的でしたね。色々なところにキスしたりしてきて。……まだ朝早いですし、やっちゃいますか? アレはたくさん買ってありますので、まだまだ在庫は残っていますよ」

「休日ならまだしも、今日は平日だから止めておくよ。時間を忘れちゃいそうだから」

「ふふっ、そうですか。では、朝食を作りましょうか。今日は私が作りますね」

「うん、ありがとう」


 僕は美来のことを抱きしめ、もう一度キスを交わした。3日ぶりの美来の作った朝食が楽しみだ。

 いつもよりも早いので、スーツではなく寝間着を着ることに。美来と隣り合って顔を洗ったり歯を磨いたりする。

 リビングに行ってテレビを点けると、平日ということもあって朝のニュース番組をやっている。ちょうどオープニングが終わったところだった。


『では、さっそく週末のニュースに参りましょう。まずは青薔薇が女子校にメッセージを送ったことについてです』


 やっぱり、トップのニュースは青薔薇のことについてか。

 天羽女子に送ったメッセージを僕らが解明し、別件ではあったけどターゲットの花園雪子が逮捕されたことで、青薔薇からマスコミに対してメッセージの答えが送られた。2枚の赤い紙は、花園雪子の子供である花園千秋さんの心と体の性差、裏側が黒く塗られた500円玉が花園化粧品の脱税を示していると。

 花園雪子達は昨日、誘拐や殺人未遂の疑いで逮捕されたけど、近いうちに脱税の容疑で再逮捕される方針だという。どうやら、圧力や忖度が働く心配はなさそうかな。

 当然、脱税のことも報じられているけど、幼い頃に花園さんが男性から女性へと性転換手術を受けていたことの方が詳しく解説されていた。きっと、手術を受けた理由が、会社の慣習を背景に、花園雪子が後継ぎを作るためであるからだろう。

 ただ、花園千秋さんのことについては、青薔薇自身が以下のコメントをマスコミ各社に送っていた。



『花園千秋さんは、母・花園雪子と花園化粧品という会社によって、幼い頃に体の性別が男性から女性へと変えさせられてしまいました。つまり、彼女は被害者なのです。

 現在、花園千秋さんは、私が昨日メッセージを送った天羽女子高校に通っており、楽しい毎日を過ごしています。

 今回のことを通じて、彼女は大切な人と一緒に前へ進んでいく決意をしました。どうか、その決意を尊重し、温かく見守ってあげてください。彼女が残りの高校生活、そして、その先の未来を平穏に暮らすためにも、マスコミ関係者の皆さまは執拗な取材をしないようお願いいたします。他の天羽女子関係者に対しても同じです。

 また、私・青薔薇は花園千秋さんと、彼女の大切な方のことを応援しています。


青薔薇』



 マスコミは被疑者だけじゃなくて、被害者にも過度な取材をすることがあるからな。虚偽の事件ではあったけれど、6月の事件のときは美来の実家の前に報道陣が多く集まっていた。

 青薔薇はとても影響力があるし、こうしてメッセージを公表することで、花園さんなどに対するマスコミの取材も大きく減るんじゃないだろうか。

 あと、昨日の声楽部コンサートのサプライズ出演でも花園さんは泣いていたけど、このメッセージを見たことで花園さんや赤城さんは元気をもらうことができそうかな。


「こうしてニュースで見ると、青薔薇さんが送ったメッセージについてのことが解決に向かっているんだなと実感しますね」

「そうだね。羽賀達も協力したから、脱税についても早いうちに逮捕できるみたいだし。今のような状況に持っていくことが狙いで、ああいったメッセージを文化祭中の天羽女子に送ったんだから、青薔薇はたいしたもんだよ」

「そうですね。ただ、そんな青薔薇さんが私に変装しても、匂いと胸の感触ですぐに分かっちゃうんですから智也さんも凄いです」

「前夜祭と本夜祭で美来とたくさんイチャイチャしたから、美来の胸の感触と匂いははっきりと覚えていたよ。それに、普段からお風呂に入ったり、寝たりするからね」

「ふふっ、嬉しいことを言ってくれますね。これも愛の力でしょうか」


 美来は嬉しそうな様子で僕に体をすり寄せてくる。うんうん、この体の感触を匂いは間違いなく本物の美来だ。


「そういえば、誰かに向けた応援コメントをマスコミに公表するのは、多分これが初めてだと思います。花園先輩や赤城先輩はこれを見たら、元気がもらえそうですね」

「そうだね」


 ただ、花園さんとは親しい感じもしたし、彼女の近況を確認するなどの理由で、こっそりと会いに行きそうな気がする。そのときはまた美来に変装するのかな。



 早起きしたこともあって、僕はいつもよりも早く美来と一緒に朝食を食べ始める。


「……あぁ、味噌汁美味しいね」

「ありがとうございます。これからどんどん涼しくなっていきますし、温かいものが恋しくなりますね」

「そうだね。そういえば、今日は文化祭の片付けなんだよね」

「そうですね。授業もありませんし、今日は文化祭の余韻に浸れそうです。昨日の文化祭が終わって、後夜祭が始まるまでの間にある程度片付けちゃったので、今日は早く終わりそうです。クラスの打ち上げもありますが、多分、夕方くらいには家に帰ると思いますから、夕ご飯も私が作りたいと思います」

「分かった。クラスの方の打ち上げも思う存分に楽しんできてね。それで、夜になっちゃったら、一言メッセージくれればいいからさ。今日は月初めだけど、特に残業になりそうな気配はないし」

「分かりました」


 個人的には美来の作った夕ご飯を食べたいけれど、クラスでの打ち上げは文化祭や体育祭の後くらいしかないから、美来にはたっぷりと楽しんでほしいと思う。


「10月になりましたし、明日からは制服も冬服になりますから、新生活が始まる感じがします」

「夏服から冬服に変わると、学校の雰囲気も変わる感じがするよね。あと、天羽女子の冬服の制服を着るのは明日が初めてなのか」

「6月の終わり頃に転入しましたからね。あとは、声楽部の方がコンクールに向けての練習が再開します」

「今度は本選か。19日だよね」

「そうです。それを通過することができたら、いよいよ12月の全国大会です。乃愛ちゃんや花音先輩と一緒に出場できるように、明日から練習を頑張ります」

「うん、頑張ってね。ただ、頑張り過ぎて体調を崩さないように気を付けて」

「そうですね。文化祭の練習で学んだことの一つです」

「その様子なら大丈夫そうかな。もう有休は取ってあるし、当日は有紗さんと一緒に会場に行くよ」

「ありがとうございます!」


 健康あってのことだし、コンクールの本選に向けて僕も何かしらのサポートができればいいな。

 美来とそんな話をしていたら、僕も何だか今日から新生活が始まる感じがしてきた。部署の異動もなければ、担当している案件が変わることもないけれど。

 僕は会社で。美来は学校で。それぞれの生活が今日も始まるのであった。

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