第33話『あらためて、あなたに。』

 地元の警察官と、羽賀、浅野さんと一緒に花園雪子達は第1会議室を後にした。そのことで、ようやく平穏な時間が訪れたような気がした。

 そういえば、花園雪子達が連行される際に、羽賀に協力をしていた警察官の人に会ったけど、物凄いオーラを放っていたな。銀髪で羽賀に匹敵するほどのイケメンだからだろうか。今回のような状況で羽賀が協力を要請するんだから、かなり優秀な警察官なのだろう。

 花園雪子達がいなくなり、外から楽しそうな声が聞こえてきて、ここは学校であることと、今は天羽祭の最中であることを思い出す。


「ようやく、今回の事件が終わりましたね、智也さん」

「一区切りついたって感じかな。花園雪子達が脱税の罪で再逮捕されて、裁判で判決が出たらようやく事件が終わったと言えると思うよ。ただ、これでまた天羽祭を楽しめるね」

「あっ、今って天羽祭の最中だったんだ。あたし、てっきり忘れてた」

「有紗さんもですか」

「ふふっ、天羽祭だから私はこのメイド服を着ているんですよ。……あっ、スマートフォンが鳴ってる」


 すると、美来はスマートフォンをメイド服のポケットから取り出す。乃愛ちゃんや亜依ちゃん達からメッセージでも来たのかな。


「美春ちゃん。眠らされただけでケガとかは特にしていないんだね?」

「うん。逃げようかと思ったけど、さっきみたいにボディーガードの男達がたくさんいたから、すぐに取り押さえられて」

「……そっか。本当にごめんなさい。母やうちのボディーガードのせいで恐い想いをさせちゃって」

「千秋が気にすることじゃないから。ここで千秋と会えたときは安心したし。それに、まさか青薔薇さんと会えるなんて。美来ちゃんに変装したこともあってとても驚いた」

「彼女なら、ここにいる人達と面識があるし、メイドとして接客する時間も分かっていたからね。ただ、朝比奈美来が氷室智也と一緒なら、赤城美春に変装するつもりだった。花園千秋さんがこの部屋に入ったことを知っていたから」


 もし、赤城さんに変装していたら、きっと分からなかっただろうな。ただ、本物の赤城さんが誘拐されたので、そのときに花園雪子と話すために自ら変装していることを明かしただろう。


「ねえ、千秋」

「うん?」

「……さっき、千秋のお母さんにあたしのことを訊かれたとき、一生を共に過ごしていきたいって行っていたじゃない。ということは、あたしが前に告白したことへの返事はOKってことでいいのかな?」

「……そうだね。でも、改めてちゃんと言わせて」


 花園さんは優しい笑みを見せながら、赤城さんの両肩を掴む。

 そんな状況に有紗さんは妹の明美ちゃんに、詩織ちゃんは美来にそれぞれ興奮した様子で抱きしめている。


「美春ちゃん。私に告白してくれてありがとう。とても嬉しいよ。勇気が出なくて返事が遅くなってごめんなさい。でも、私の体が元々男性で、心は今も男だって分かっても、千秋は千秋だって言ってくれたこと。そのことがとても嬉しくて救われたよ。……これからは恋人として私と一緒にいてください」

「……うん。ありがとう」


 赤城さんはとても嬉しそうな笑みを浮かべて、花園さんのことを抱き寄せる。そのことで花園さんは嬉し涙を見せた。


「ううっ、花園ちゃんの心が男だって分かったのに、誰かと付き合うことになってこんなに感動するのは初めてだぜ……」


 岡村はそう言って号泣。そういえば、好きな女の子に告白してフラれて、その後に別の男子と仲睦まじくしているところを見て号泣していたことが、高校時代までに何度もあったな。


「良かったね、花園千秋さん」

「はい。青薔薇さんと会ったからこそ何とかなった気がします。ありがとうございます」

「ううん、礼にはおよばないよ。ただ、そうだな……私に感謝の気持ちがあるなら、2人が付き合うことになった証としてキスしてほしいな。ここにいるみんなが、2人が恋人になったことの証人になるからさ!」


 青薔薇はニヤニヤしながらそう言う。その顔は僕のことをからかったり、とても厭らしいこと言ったりするときの顔に似ていた。


「キ、キスですか……」

「……恥ずかしいけど、みんなはあたし達の関係が分かっているんだし、いいか」

「そうだね。じゃあ、美春ちゃんからして。私からじゃ恥ずかしすぎて、とても時間がかかっちゃうから」

「そういったところも好きだよ、千秋」

「みんなの前で言わないでよ。恥ずかしいじゃない。でも、不意に好きだって言ってくれるところも好きだなって思うよ」

「……かわいい」


 そう言うと、赤城さんの方から花園さんにキスをした。

 その瞬間、僕の周りにいる美来達4人は「きゃーっ!」と黄色い声を上げる。そのせいか、2人のキスを見たドキドキが一瞬にして飛び去った。彼女達の声が頭の中で響き渡る中、僕は赤城さんと花園さんに拍手を贈った。


「人様のキスを見ていると、私達もしたくなってしまいますね」


 美来はそう言って、僕の頬にキスをしてくる。今日か明日の夜は凄く誘ってきそうだ。

 花園さんと赤城さんは唇を離すとぎゅっと抱きしめ合った。


「美来!」

「美来ちゃん!」

「2人から青薔薇がまだいるって聞いたよ!」


 第1会議室の中に制服姿の乃愛ちゃん、亜依ちゃん、メイド服姿の青山さんが入ってきた。


「……って、あれ? 美来が2人いるよ」

「どちらかが青薔薇が変装しているんでしょうね。変装の達人というのは本当だったんですね」

「先生は……見ただけじゃ分からないな」


 青薔薇が美来に変装していることに驚いている3人の様子を見てか、青薔薇はニヤリと笑って美来の手を引き、3人の目の前に立つ。


「さて、どっちが青薔薇でしょう? 正解してもご褒美は出ませんが、間違っても罰はないのでご安心を」

「……あたしに任せろ。あたしは美来のある部分のことはよく分かっているんだから」


 乃愛ちゃんはそう言うと、右手で美来、左手で青薔薇の胸を鷲掴みした。


『んっ……』


 さすがの青薔薇も乃愛ちゃんの突飛な行動に驚いたのか、美来と同じように可愛らしい声を漏らした。

 美来のある部分が分かっていると乃愛ちゃんは言っていたけど、それって胸のことだったのか。女の子同士だとそういうところまで分かるのかな。


「分かった。美来に変装している青薔薇は制服姿の方! だって胸の感触が違うもん!」

「ははっ、さすがは親友の子だけあるね。正解だよ。それにしても、氷室智也には匂いでバレて、神山乃愛には胸の感触でバレて。立て続けに変装がバレたのは初めてだな。もっと変装の精度を上げないといけないね。ほら、胸に当てている手をさっさと離しなさい」

「これは失礼しました」

「……って、両手を私の胸に当てないでよ」

「ふふっ、ごめんね」


 乃愛ちゃんという親友だからいいけど、友人でも何でもない人だったら怒っていたところだな。

 青薔薇はスカートの中から青い封筒を取り出して、それを青山さんに渡す。


「これ、例のメッセージの意味と、さっき、警察に逮捕された花園雪子が犯した罪について書いてあるから。これを職員達に伝えておいて。彼女達を逮捕した警察官の中に、私のメッセージの意味を解いた警察官がいるし、いずれはテレビやネットで報道されると思うけれど」

「警察車両があって、外が騒がしかったのはそのせいだったんですね」

「……ええ。あと、花園千秋さんについて、学校としてできるサポートをよろしくす。彼女は何も悪くありませんし、この天羽女子高校に通っていて何の問題もない生徒だから。もちろん、私の方も私なりにサポートするから」

「分かりました。そのことを含めて職員達に伝えますね」

「ありがとう」


 青薔薇の言う通り、花園さんは何の罪も犯していないし、戸籍上は女性だから、これからも天羽女子に通うのは何の問題もない。僕も彼女のことを大人として、何かサポートできればいいな。


「それじゃ、私はそろそろここから立ち去ろうかな。今回の案件のことは一区切り付いたし、マスコミとかにメッセージを送らないといけないから。あいつら、利益とか忖度とか、メンツばかり考えて、花園千秋さんのことを批判する方向に舵を切るかもしれないし」

「あ、青薔薇さん!」

「どうしたの、花園千秋さん」

「今回はありがとうございました。青薔薇さんのおかげで母や会社の罪が暴かれて、美春ちゃんとも恋人として付き合うことができるようになりましたから。本当にありがとうございました」


 花園さんは笑顔でそう言うと、青薔薇に対して深く頭を下げた。もしかしたら、これが青薔薇の人気の理由の一つなのかなと思った。

 青薔薇は優しい笑みを浮かべて、


「母親や会社の罪はともかく、赤城美春と付き合うことができたのはあなた自身が彼女に向き合うことができたからだよ。その恋心を忘れずに、赤城美春と幸せに暮らすことができるように頑張りなさい」

「はい!」

「今後も主に脱税の罪について、必要に応じて関わっていくつもりだけど、ひとまずはこれでさようなら。またいつか会いましょう」


 青薔薇は美来の変装を解くこともなく、第1会議室から静かに立ち去ったのであった。

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