第18話『焼きそばの天使』
チョコバナナを食べ終わったので、今度は焼きそばの屋台へ。焼きそばも定番の屋台だからか多くの人が並んでいる。
そういえば、お茶会の前に赤城さんがクラスで焼きそばの屋台をやっていると言っていたな。ということは、
「例の花園さんも、焼きそばの屋台にいるかもしれないんだね、美来」
「その花園さんっていうのは美来ちゃんの知り合いなの?」
「はい。さっき、茶道部に赤い着物を着た赤髪の人がいましたよね」
「うん。その人はお茶会を始める前に、美来ちゃんや智也君に話しかけていたね。確か、赤城さんだったっけ」
「そうです。実は数日前に赤城先輩から恋愛相談を受けていて。花園千秋先輩という1年生からのクラスメイトで友人でもある告白をして、返事待ちをしているんです。告白をした後から距離ができたことに悩んだことで相談されて。この文化祭の準備を通して、距離が再び縮まってきたそうですが」
「へえ、そうなんだ。そういう話を聞くとドキドキしちゃうな。あたしの母校でも、文化祭中や後夜祭で告白する子や、付き合ったりするカップルがいたっけ。あたしも告白されたことがあるけど、タイプじゃないから振った」
「そうですか。そういうことはどこの高校でもあるんですね。僕らの母校でもありました」
「文化祭は一年の中で一番って言っていいほどのイベントだもんね。それを機に関係を発展させたいって考える子はいるよね」
もしかしたら、今回の天羽女子の文化祭でも何人も告白して、何組もカップルができるかもしれない。
「その赤城先輩と花園先輩のクラスが、この焼きそばの屋台をやっているんです」
「なるほどね。それで、智也君はさっき花園さんがいるかもって言っていたんだ。それで、今はいるのかな」
「ちょっと見てみますね」
美来は列の横から顔を出して屋台の方を見ている。花園さんは屋台にいるのかな。
「いました。接客をしていますね」
僕も列の横から屋台の方を見てみる。接客をしているのは、黒髪の綺麗な女の子だ。青いTシャツを着ているからか爽やかな印象もあって。
「黒髪の子が花園さんか。綺麗な女の子だね」
「そうね。赤城さんが恋をして告白するのも納得しちゃうな。雰囲気も柔らかくて、笑顔も素敵だからまるで天使みたい」
「そうですね。笑顔で焼きそばを手渡している姿は本当に素敵です」
そう言うと、美来は僕の手をぎゅっと握ってきた。
「一応、赤城先輩が告白のことについて私に相談したことは、花園先輩には秘密にしておいてください」
「うん、分かったよ」
「分かったわ、美来ちゃん。あたし、こう見えても口は堅い方だから」
有紗さんはペラペラと喋るタイプではないと思っている。ただ、口が堅いと自ら言う人は大抵そうじゃない気もする。
長い列だけど、順調に流れていきあまり時間も経たずに僕達の番になった。
「あら、朝比奈さん。メイド服姿可愛いね」
「ありがとうございます、花園先輩」
「こちらの帽子を被っている男性が朝比奈さんの彼氏さん?」
「そうです」
「へえ、素敵な人と付き合っているんだね」
花園さんは僕に優しい笑みを見せてくれる。この笑顔を1年生から見続けていたら、赤城さんも恋をするのも納得だ。
「初めまして、氷室智也といいます。隣にいるこちらの女性は僕の仕事仲間で、美来の友人の月村有紗といいます」
「月村有紗です」
「初めまして、花園千秋といいます。社会人の彼氏さんだと、大人の女性とも友達なんだね。同棲もしているから、朝比奈さんは家で氷室さんとイチャイチャしているのかな?」
「ええ、おかげさまで!」
美来、本当に嬉しそうな様子で言っちゃって。そんな美来に花園さんも声に出して笑う。その姿はとても美しく、可愛らしい。
「それはいいことだね、朝比奈さん。私は部活に入っていないから、文化祭が始まってからずっとここにいて。あと30分くらいで今日の担当は終わるから、そのときには美来ちゃんのメイド喫茶に行くね」
「ありがとうございます。その時間は私も接客担当していますので。お待ちしています。あと、もしよろしければ2時からの声楽部のコンサートも遊びに来てくださいね」
「うん、楽しみにしているね。ところで、何パック買いますか? 1パック400円です」
「3パックでお願いします。ここでも割り勘ね、智也君」
「分かりました」
「今回もありがとうございます!」
「ふふっ、では3パックですね。1200円になります」
僕と有紗さんでそれぞれ600円ずつ出すことに。せめて、一緒にいるときくらいは美来のために奢りたい。彼女はクラスではメイドとして働き、午後には声楽部のメンバーとして歌声を聞かせてくれるのだから。
「1200円ちょうどですね。焼きそば3パックどうぞ。ありがとうございました!」
花園さんから焼きそばを受け取り、僕らは屋台から少し離れたところに行き、焼きそばを食べることに。
「いただきます。……うん、美味しいですね!」
「よくできてる。美味しいな」
「美味しいよね、美来ちゃん、智也君。毎回思うけれど、どうしてこういうところで食べる焼きそばって美味しいんだろうね」
「屋外で立ちながら食べるからでしょうか」
「あぁ、なるほどね。普段はやらないもんね」
「あとは、智也さんに奢ってもらったからかもしれません」
「ははっ。でも、奢ってもらったものを美味しく感じるのはいいことだよ。焼きそば食べて、この後の接客を頑張ってね」
「はい! 今は……11時15分ですか。では、この焼きそばを食べたらメイド喫茶に戻りますね」
そう言って、美来はモグモグと焼きそばを食べている。和菓子を食べて、チョコバナナを食べて、この焼きそばを食べればこの後の接客も大丈夫そうかな。
「そういえば、こういうところに青薔薇さんって来るのでしょうか」
「唐突にどうしたの、美来」
「前に乃愛ちゃんや亜依ちゃんと青薔薇さんについて話したことがありまして。青薔薇さんは学生や若い世代を中心にファンが多いので、文化祭に来ればより盛り上がりそうだって」
「なるほどね。調査とかが一段落していれば、こういうお祭りに遊びに来ているかもね。今の僕らみたいに美味しいものを食べているかも」
ただ、今も結構盛り上がっているのに、青薔薇が天羽女子の文化祭に来ていると分かったらどうなることか。
「でも、今日みたいに文化祭だからこそ、一般の人に紛れて調査できることってあるよね。確か、変装の達人っていう噂もあったよね、美来ちゃん」
「ええ。それについても乃愛ちゃんや亜依ちゃんと話しました。姿だけではなく声まで瓜二つに似せることができるとか」
「声もか。それはフィクションだけかと思っていたけど、実際にできたら本当に凄いね。じゃあ、今日、天羽女子に来てから視界に入った人達の中に青薔薇がいるかもしれないってこと?」
「ふふっ、噂通りならゼロとは言いきれないですね。ただ、正体は分からないけれど、ここにいるかもしれない。そういうところがまた、青薔薇さんの人気の一因かもしれませんね」
「青薔薇は正義のヒーローって感じもするし、ワクワクするよね。この文化祭を楽しんでいたらいいね」
「ですね」
「おーい、美来ちゃーん」
亜依ちゃんの声が聞こえたので周りを見てみると、彼女がこちらに向かって走ってくる。その後ろには、羽賀と明美ちゃんと詩織ちゃんが歩いてきている。
「どうしたの、亜依ちゃん」
「次の接客担当まであと10分くらいですから。美来ちゃんの姿を見つけたので一緒に行こうかと思いまして」
「そういうことね。この焼きそばもあと一口だからそれを食べてから。……うん、美味しかった。智也さん、これも捨ててもらっていいですか?」
「うん、いいよ。美来も亜依ちゃんも接客を頑張ってね」
「ありがとうございます、氷室さん」
「ありがとうございます。2回目の接客の後も智也さん達と一緒に回りたいですが、声楽部の方で本番前の最終調整をするので、そういった時間は取れないかもしれません」
「分かった。ただ、大切なコンサートなんだから、そっちの方を優先していいからね。僕らもコンサートを楽しみにしているから」
「分かりました。じゃあ、亜依ちゃん、一緒に行こうか」
「ええ。羽賀さん、さっきはたこ焼きと綿菓子を奢っていただきありがとうございました。失礼します」
美来と亜依ちゃんは急ぎ足で教室の方へと向かっていった。
この後、美来と亜依ちゃんは1時間接客の仕事をして、美来の方は乃愛ちゃんと一緒に午後に1時間の声楽コンサートに臨む。僕が高校生のとき、こんなにも文化祭に取り組んでいただろうか。
「屋台を回ると懐かしい気分になるな、氷室」
「そうだね。羽賀も奢っていたんだ」
「ああ。3人の女子高生が側にいるのに奢らないわけにはいくまい。それに、岡村にたくさん奢らされるかと思って、金をたくさん持ってきたからな。このくらいは何てことない」
「ははっ、そっか」
その岡村は今ごろ、何をやっているんだろうな。2度目の接客担当の時間が近いから、乃愛ちゃんとは離れたはずだけど。そうなると、浅野さんと2人きりか。どんな感じなのか想像できないな。
「あっ、智也お兄ちゃん達だ!」
結菜ちゃんと仁実ちゃんが僕らの方にやってきた。速くも仲良くなったのか、2人は手を繋いでいる。
「焼き鳥とイカ焼き美味しかったね、仁実お姉ちゃん」
「そうだね、結菜ちゃん」
「智也お兄ちゃん。お姉ちゃんと亜依ちゃんは? 接客のお仕事に戻ったの?」
「そうだよ」
「そっかぁ。特にお姉ちゃんと乃愛ちゃんは午後にコンサートもあるし大活躍だね」
「そうだね」
大活躍である代わりに疲れが溜まりそうで心配だ。特に美来は先週にコンサートの練習を頑張りすぎて体調を崩してしまったし。ただ、さっきまでの美来の様子を見ている限りでは大丈夫かな。あとで美来にメッセージを入れておこう。
「さて、その声楽部のコンサートまで2時間はあるが、これからどうするか」
「そうだな……」
「メイド喫茶に行く直前に、智也君と羽賀さんがそれぞれナース喫茶と妹喫茶の子に勧誘されていたじゃない。そこに行ってみるっていうのはどう?」
「それがいいかもしれませんね、有紗さん。みんなはどうかな」
僕がそう訊くと、仁実ちゃん達はみんな賛成してくれた。
パンフレットを見ると、ナース喫茶も妹喫茶も教室棟にあるので僕らは教室棟へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます